5月7日現在、中東に平和は訪れていない。ホルムズ海峡封鎖もあって、日本の原油輸入は厳しい状況にある。しかし本当にエネルギー危機は日本のピンチなのか。かつての2度のオイルショックを参考に日本の活路を探ってみる。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2026年7月号より)

日本の省エネ車は世界で引っ張りだこ

 ホルムズ海峡が封鎖されたことで、日本の原油輸入は危機を迎えている。連休中に出光興産のタンカーが海峡を通過するなどの朗報もあるが、40隻もの日本向けタンカーが足止めを喰らっている。

 海峡封鎖が解かれれば、やがて日本に戻ってくるだろう。ただ問題はそれからで、中東の緊張関係が続いていけば、日本で原油を積み降ろしたタンカーが、再びリスクを冒してペルシャ湾に向かうとも思えない。

 つまり、中東に平和が訪れない限り、日本の危機的状況は続く。

 今のところ政府の補助金もあってガソリン価格などは落ち着いているが、財政的な事情からそれも限度がある。備蓄油を放出した後でも原油が入ってこなければ、いよいよ第三次オイルショックが日本を襲う。

 最初のオイルショックは1973年のこと。第四次中東戦争をきっかけに、中東の産油国が一斉に値上げを通告したことに端を発する。

 これにより、原油価格は4倍に跳ね上がる。石油製品のみならず、砂糖、トイレットペーパーなどが品不足となるとともに、物価も大きく上昇。2年間で消費者物価は約35%上昇した。

 その結果、50年代から続いていた日本の高度成長は終焉を迎え、74年の企業倒産数は1万件と戦後最悪となった。

 ただし、日本にとっては決して悪いことばかりではなかった。むしろオイルショックがあったおかげで、日本は世界の主要プレーヤーになったと言える。

 その代表が自動車だ。オイルショック前まで、日本のクルマの世界市場における評価は、「安いけれど小さくて遅い」というもので、ガソリンを大量消費する大型車に多くの人が憧れた

 ところがガソリン価格が高騰したことで、日本のクルマは効率がいいと、人々の評価は変わっていく。しかも同じタイミングで排ガス規制が強化され、いち早く日本車が対応したことが、それに拍車をかけた。

 以来日本車は世界中で人気となり、80年には、米国を抜いて世界一の自動車生産国となり、日本経済を牽引していく。

 クルマだけではなく、電化製品でも日本の省エネ技術は世界をリードしていく。例えば今では常識のインバーターエアコンや、エネルギー効率の高いヒートポンプエアコンを世界で最初に実用化したのはいずれも日本企業だった。

 商品だけではない。各企業の改善活動により、工場での排熱回収など、生産現場でのエネルギー消費量は世界最小水準となる。これが日本の国際競争力を高めていった。

 79年には第二次オイルショックが起こる。これはイラン革命に端を発したもので、世界経済は再び大きな打撃を受けることになった。しかしそれに比較して日本経済の落ち込みは小さく、相対的に世界経済における存在感は増していった。

 それというのも、第一次オイルショックの教訓と、それにともなう生産効率向上が浸透していたためだった。そしてこれが日本経済の黄金の80年代へとつながっていく。

いまだに衰えない「技術こそ国力」

 同時に日本および国民に浸透するのは「技術こそ国力」という考え方だった。

 高度成長時代の日本経済は、増え続ける人口と、安い労働力、それでいて長時間労働を苦にしない国民性、そして1ドル360円という今の水準から見れば超円安により、日本からの輸出品の価格は安く抑えられていた。しかもその割に品質がいいため輸出が拡大した。今の東南アジア製品や少し前までの中国製品と同じだった。

 それがオイルショック、その前年のニクソン・ショック、さらにはその後の為替の変動相場制移行を経て、安さだけでは通用しないことがはっきりした。それに代わる日本の切り札が技術だった。

 先のクルマやエアコンの例以外にも70年代から80年代にかけて、日本の技術が世界を席巻する。

 日本ビクター(現JVCケンウッド)が開発し世界のデファクトとなった家庭用ビデオ「VHS」。音楽にポータブル化とパーソナル化をもたらしたソニーの「ウォークマン」。テレビゲームの世界を大きく変えた任天堂「ファミリーコンピュータ」。CD(ソニーとフィリップス)やDVD(東芝とソニー)なども世界標準規格となった。

 また鉄に替わる「産業のコメ」である半導体でも、DRAMを中心に日本は世界の6割ものシェアを獲得した。

 こうして技術立国ニッポンは世界経済の主要プレーヤーとなり、80年代半ばには「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれるまでになる。オイルショック後の国と企業の努力がこの地位をもたらした。

 もっともバブル崩壊とその後の失われた30年で日本経済は見る影もなくなった。だからこそ、三度目のオイルショックを契機として、日本は再び自らの立脚点を再構築すべきだろう。

 技術においても、世界の最先端を走るものは少なくない。次稿で紹介する省エネ技術もその一つだが、それだけではない。

 トランプ米大統領の再登板で、EV市場は激変したが、それでも地球温暖化とそれに伴う異常気象は進んでいく。それを考えればいずれガソリン車は淘汰されていく。EVというと米テスラ、中国BYDが市場を牽引するが、それでも優れたハイブリッド車や電動車技術において日本企業は依然として高い競争力を持つ。

 さらには日本には高性能素材産業がある。半導体材料、電池材料、炭素繊維などは脱炭素社会に不可欠であり、エネルギー危機によるグリーン投資拡大は日本企業の利益増加につながる。

 グローバル化の推進で世界は水平分業へと移行したが、国際情勢が不安定化した今、川上から川下まで自国内で賄うことのできる日本はサプライチェーン上、他国以上に強みを持っていると言える。

 もちろん今度のエネルギー危機は日本経済にとっても脅威だ。今は落ち着いてきているインフレも、今後どうなるか分からない。それでも長期的視点で国の方針を決め、戦略・戦術を実行していけば、日本の国際競争力は間違いなく増していく。決して悲観するばかりではない。