家電量販店のノジマが日立製作所の白物家電事業を約1100億円で買収する。これは、日本の家電業界の歴史的転換だ。家電業界はメーカーが製品を企画・製造し、量販店が売る構造だった。しかし今回の買収は、主導権がメーカーから小売業者へと移りつつあることを、示している。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2026年7月号より)
日立にとっては構造改革の完成
ノジマが買収するのは、日立の子会社「日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)」が国内で手掛ける白物家電事業。日立GLSは冷蔵庫や洗濯機を展開し、「日立ブランド」として根強い支持を得ている。
具体的には日立GLSが家電事業を新会社に移し、ノジマが特別目的会社(SPC)を通じて新会社の株式の約80%を取得する。日立GLSは残り約20%を保有し続ける。
既に日立は海外の白物家電事業を、トルコ企業と作った合弁会社に売却している。この合弁会社を今回の新会社の100%子会社とすることで、ノジマは、日立の国内外の家電事業を傘下に収めることになる。
ノジマの狙いは、製造から販売までを統合する「製販一体」モデルを作り上げることだろう。
これまで量販店は、メーカーが決めた卸価格と市場の販売価格の板挟みになり、利益率が低い「薄利多売」を強いられてきた。
だが、ノジマ自らがメーカーの機能を持てば、中間マージンを排除できるだけでなく、「顧客の声」を製品開発に直接反映させることができるようになる。
一方、日立側から見れば、白物家電事業の売却は、長年の悲願だった「構造改革の完成」を意味している。
2009年3月期の巨額赤字をきっかけに、日立は「社会イノベーション事業」への集中を掲げ、IT、鉄道といったB2B事業を中核に据えて、安定した収益を稼ぐことに注力するようになった。
今回の白物家電事業の切り出しは最後の非中核事業の整理を意味し、17年という歳月をかけた改革の総仕上げをすることができたと言えるだろう。
ところで、「売り場が主導権を握る」モデルを進めているのはノジマだけでない。先行し、既に成功を収めているのが、家具大手のニトリホールディングス(HD)だ。
ニトリは自らを「製造物流IT小売業」と称し、「商品の企画」から「原材料の調達」、「製造」、「物流」、「販売」までを一貫して自社でプロデュースしている。
自社サイトでは「これからも『お、ねだん以上。』の価値を創造していくために、お客様を起点としたビジネスモデルの進化に挑戦していきます」とうたう。
家電も自社で企画し、海外の企業などに製造を委託してプライベートブランド(PB)として販売。ラインアップは冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、掃除機などさまざまだ。白、黒、グレーといった、部屋の雰囲気を「圧迫」しない無彩色を基調とし、装飾を抑えたシンプルなデザインの、コンパクトな設計となっている。
ユーザー目線と住空間への馴染みやすさを徹底し、住まいの事情に精通している家具メーカーならではの強みを発揮していると言えるだろう。
「売り場主導」での製品開発は他でも進んでいる。
家電量販店で進む 製販一体の商品開発
例えば家電量販店首位のヤマダHDはアマゾンジャパンと共同で、アマゾンのネット動画配信機器「ファイアTV」を内蔵した「スマートテレビ」を開発している。
店頭とECサイトで製品を販売。製造を委託していた企業が破産手続きに入ったため一時供給をストップしていたが、別の国内メーカーと契約を結び、昨年7月、再び新製品を打ち出した。
このほか、10万円台のドラム式洗濯機も開発し、販売。大手メーカーより大幅に安い価格帯を打ち出し、実用性を重視する層を取り込んでいる。山田昇会長はメディアのインタビューに対し、ニトリが約10万円の洗濯機を出し、売れていることに対抗して開発を始めたと話している。
一方、ビックカメラは今年4月、それまでの3つのPBを統合し、新ブランド「ビックアイデア」として本格的に販売を始めた。店頭とECサイトで売り出している。
自社サイトではビックアイデアを、「物欲を科学する」ことから生まれた「オリジナルブランド」としている。軽量で扱いやすく、掛けやすく収納しやすい設計のドライヤーなど、家電や生活雑貨を展開。大手メーカーの製品と比べても引けを取らないデザインと使い勝手を追求しており、30年8月期までにPBの売上高を年間1千億円まで引き上げることを目標としている。
このほかエディオンも、PB「イーアングル」を展開。ニトリHDがエディオンに出資し、家電を共同開発するなどしている。
では、家電の「製販一体」化が加速すれば、どんな影響が出てくるのだろうか。
まず、消費者にとっての大きなメリットは、「不満の解消」に特化して開発された製品が増えるだろう。
メーカーの設計者は、時に「最新技術を搭載すること」自体を目的にすることもあるが、量販店などの小売業者は「このボタンは使いにくい」「このサイズでは入らない」といった顧客からのリアルな苦情や要望を時時刻々と最前線で受け取っている。
小売業者が委託先の製造会社の高い技術力を使ったり、独自のサプライチェーンを利用したりして「売り場の知見」を設計に注ぎ込めば、過剰な機能が省かれた、本当に便利な製品が提供されるようになるはずだ。
サプライチェーンが効率化されることによる価格メリットも大きい。自社で開発・生産し、自社の販路で売ることは、物流コストや中間手数料を削減できるということを意味している。この結果、大手メーカーの製品と同じレベルのスペックを持つ、より安価な「ジェネリック家電」が、ますます増えていくことが期待される。
一方、小売業者がメーカーとしての顔を持つことはリスクも伴っている。
まず、在庫リスクが大きくなることだ。
メーカーの機能を持てば、工場の稼働率や原材料の調達リスクを自ら背負うことになる。売れ残れば損失はすべて自社に跳ね返る。これまで「売れなければ仕入れを調整すればよい」という姿勢で臨めばよかった小売業者にとって、製造業特有の責任は大きな負担となるだろう。
次に、メーカーのブランド名を引き継ぐことによる責任の重さだ。
例えばノジマは日立のブランド名を残すが、これまでなら、日立の製品に不具合が出てリコールとなるような事態が起きても、ノジマは「日立の製品が悪かった」と言え、自身は「あくまで販売店として誠実に対応する」という立場を取れば信頼を守ることができた。
だが、今回の買収でノジマは日立ブランドの「主」となった。今後、もし製品に欠陥が見つかったような場合、「メーカーとしてのノジマ」の責任になる。これは、製品の失敗が本業である量販店全体のイメージダウンに直結する「一蓮托生」の状態になりうることを意味している。
また、小売業者は家電メーカーの誇ってきた「モノづくりの規律」を維持しつつ、自社の販売のスピード感とどう融合させるかも課題となる。
伝統ある大手メーカーには、数十年にわたって築かれた厳しい品質管理基準がある。
一つの製品を世に出すまでに、膨大なテストと時間をかけ、安全性を担保し、「絶対に故障させない」ことを徹底してきた。
一方で小売業者、例えば家電量販店は、流行やライバル店の動きに合わせて、昨日決めたことを今日変える「スピード感」を重視している。
もし量販店の感覚で「お客様がこう言っているから、来月には仕様を変えて発売しよう」と製造を急がせすぎれば、メーカーが大切にしている「慎重な品質チェック」が疎かになるかもしれない。
量販店として「早さ」を優先するあまり、メーカーとしての「品質」を落としてしまったら、せっかく手に入れたメーカーのブランドへの価値も、量販店自身への信頼もすべて失うことになるだろう。
家電からのデータが企業にとっては宝の山
では今後、家電市場はどう変わっていくのか。おそらく、家電市場ははっきりと「二極化」の道をたどるだろう。
一つの「極」は、電機メーカーとして圧倒的なイノベーション(技術革新)や体験価値、ブランド価値を提供する層で、ソニーグループやパナソニックHDなどがこれに当てはまる。
もう一つの「極」は、ノジマやニトリのように、製販を一体化し、生活者の実利に特化した高いコストパフォーマンスを提供する層だ。
また、家電を通じた「データビジネス」の覇権争いも起きるだろう。スマート家電が普及する中、家電の稼働データはあらゆる人の生活習慣を映し出す情報の「宝の山」となる。これまではメーカーがそのデータを握ろうとしてきたが、今後は、既に顧客の購買履歴やライフスタイルを把握している小売業者が、家電によってさらに情報を集め、消耗品の自動配送やメンテナンス、住まいのリフォーム提案といったサービスにつなげていくことだろう。
ノジマによる日立家電事業の買収やニトリの家電事業の躍進は、日本の家電産業が大きな転換期にあることを示している。
消費者が驚くような最新技術も出尽くした昨今、家電市場で重視されるのは「いかに人々の暮らしを理解し、寄り添えるか」。
いわば、消費者が単に「メーカーが作った物を買う」時代から、「自分たちの生活に必要なものを、信頼できる売り場と一緒につくる」時代へと変わっていく。
この変革がうまくいけば、消費者の選択肢が多様化し、生活の質の向上につながるだろう。家電量販店などの小売店が、単なるショールームや倉庫ではない、生活文化の創造拠点へと進化できるのか。真価が問われるのは、これからだ。