ペットの家族化が進み、フードにも質が求められる時代になった。犬猫向けフードを手掛けるロイヤルカナン ジャポンは、獣医師の推奨に基づく食事療法食の流通制度を整え、栄養で犬猫の健康を支える仕組みづくりを進めている。改革の狙いと、食が果たす役割を聞いた。Photo=田中和弘(雑誌『経済界』2026年8月号より)
日下部真一 ロイヤルカナン ジャポンのプロフィール
くさかべ・しんいち 名古屋市立大学卒業後、NECやノキア・ジャパン、ニュージーランド航空等でマーケティングの要職を歴任した。2019年にロイヤルカナン ジャポンへ入社し、デジタル部門等の責任者を経て、24年8月に同社社長に就任。
栄養でペットの健康を支える ブランドの原点
―― 日下部さんは、ペット業界とは異なる分野からロイヤルカナンに入られました。
日下部 もともとはIT業界からキャリアを始め、その後、航空、化学メーカー、保険会社などでマーケティングに携わってきました。業界は変わっても、消費者が何を価値と感じるのかを捉え、その価値を正しく作り、届けていくという基本は変わりません。
ペット業界は初めてでしたが、実家では長く柴犬と暮らしていました。ペットが家族にもたらす価値は実感していましたし、ロイヤルカナンというブランドの独自性にも惹かれました。
―― そもそもロイヤルカナンとは、どういうブランドなのでしょうか。
日下部 1968年、南フランスの獣医師であるジャン・カタリー博士が創業したブランドです。当時、皮膚疾患を抱えるジャーマンシェパードが多く来院し、治療しても再発を繰り返していたそうです。博士は、その背景に栄養の問題があるのではないかと考え、食事によって健康を支える方法を模索しました。
ロイヤルカナンは、獣医師の「病気の犬を治したい」という思いから始まっています。今も「Dog & Cat First」、つまり「すべては犬と猫のために」という考え方が、ブランドの中心にあります。
―― 犬猫の飼育頭数は緩やかに減る一方で、ペット市場全体は金額ベースで拡大しています。フード市場でも、量より質を重視する流れが強まっているのでしょうか。
日下部 その流れは強くなっています。一頭一頭にかける手間や費用が増え、ペットオーナーは「この子のために、より良いものを選びたい」と考えるようになっています。
以前は、ペットと人間の暮らしには一定の距離がありました。今は本当の家族として、健康で生き生きと暮らしてほしいと願う方が増えています。フードに求められる役割も、単にお腹を満たすものから、犬や猫が本来持つ健康を支えるための栄養へと変わってきました。
食事療法食を正しく届ける仕組み
―― ペットフードには日常的に与える総合栄養食と食事療法食があります。この2つの違いを教えてください。
日下部 総合栄養食は、健康な犬や猫が日常生活を維持するために必要な栄養素を満たしたフードです。一方、食事療法食は、特定の疾病や健康状態に対応するため、栄養バランスを特別に調整したフードです。目的が明確に違います。
たとえば、お腹の不調一つをとっても、原因はさまざまです。オーナーが見ただけでは判断が難しい。だからこそ、専門知識を持つ獣医師が診察し、その子に合った栄養を選ぶ必要があります。食事療法食は、獣医師の推奨に基づいて使われるべきものなのです。
―― 食事療法食について、ペットオーナー側の理解はまだ十分ではないのでしょうか。
日下部 食事療法食という言葉は知っていても、総合栄養食との違いや、なぜ獣医師の推奨が必要なのかまでは、まだ十分に伝わっていない面があります。食事療法食は、健康な犬猫が日常的に食べるフードとは目的が異なります。特定の疾病や健康状態に合わせて栄養バランスを調整しているため、合わないものを自己判断で与え続けることは避けなければなりません。たとえば腎臓に配慮した食事療法食を、健康な犬猫に自己判断で与えれば、必要な栄養が不足する恐れもあります。
大切なのは、オーナーに正しい知識を持ってもらうことです。診察やかかりつけ動物病院との連携がなぜ必要なのかを、メーカーとしても分かりやすく伝えていく必要があります。
―― これまでは、ネットなどで誰でも購入できる状況がありました。
日下部 そうです。獣医師の推奨がなくても、オンラインストアなどで食事療法食を買えてしまう状況がありました。オーナーが「うちの子にはこれがいいはず」と自己判断で選び、結果として適切ではないフードを与え続けてしまう。そうすると、体重管理がうまくいかなかったり、健康を損なう可能性もあります。
この状況は弊社が目指す犬猫の真の健康の考えと照らし合わせると、まだ道半ばの状況であるため、2024年から全製品で新たな選択的流通制度を開始しました。公式・認定オンラインストアで購入する際には、かかりつけ動物病院を登録し、獣医師の指導に基づいていることを確認する仕組みにしたのです。
―― 売り上げが落ちるリスクもあったのではないでしょうか。
日下部 実際に、そのリスクはあります。これまで購入されていた分をなくすわけですから、短期的には売り上げに影響が出ます。それでも、食事療法食が本来あるべき形で使われることの方が重要だと判断しました。動物病院側も専用サイトを通じて購入履歴を確認できます。
―― 動物病院にとっても、診療後の栄養管理に生かせるわけですね。
日下部 獣医師が食事療法食を推奨しても、その後にオーナーが本当に継続しているのか、別のフードに変えていないかまでは、これまで把握しにくい面がありました。今回の仕組みでは、動物病院が購入履歴を確認できるため、診療後の栄養管理に生かせます。
食事療法食は、購入して終わりではありません。その子の状態を見ながら、獣医師とオーナーが継続的に確認していくことが大切です。流通制度を整えることは、単に販売先を制限することではなく、動物病院とオーナーの関係を支え、栄養指導をより実効性のあるものにする取り組みだと考えています。
現在は9割以上の動物病院に賛同いただき、多くのペットオーナーに登録していただいています。かかりつけ登録のない販売も大きく減少しました。食事療法食を、獣医師と二人三脚で使っていただくための土台が整いつつあると感じています。
―― ここまで厳格な仕組みにした背景には、日本のペット医療や流通の事情もあるのでしょうか。
日下部 食事療法食は獣医師の推奨に基づいて使われるべきものだという考え方は、ロイヤルカナンのグローバルで共通しています。ただ、日本ではオンラインストアなどを通じて、獣医師の推奨がなくても購入できる状況が広がっていました。そこで、かかりつけ動物病院の登録や購入後の確認まで含めた仕組みを整えました。ここまで厳格に運用している国は多くなく、日本独自の取り組みといえます。
―― アレルギーなどにも食事療法食で対応できるのでしょうか。
日下部 アレルギーは、犬猫の健康課題の中でも大きな割合を占めるものです。ただ、肉が合わない、魚なら大丈夫、あるいは特定のタンパク質に反応するなど、状況は一頭一頭で違います。
当社にも、アレルギーの原因となるアレルゲンを認識できないように、タンパク質を小さく分解したフードなど、さまざまな製品がありますが、一概に「これがいい」とは言えません。獣医師と相談しながら、その子に合うものを探していくことが大切です。
科学的な栄養で一生を支える
―― 最近はヒューマングレードや無添加フードも増えています。
日下部 多様な選択肢があること自体は良いことだと思います。ただ、ロイヤルカナンが最も大切にしているのは、犬や猫が生き物として必要とする栄養的ニーズを正しく満たすことです。原材料が人間向けかどうか、無添加かどうかという言葉だけで判断するのではなく、その子に必要な栄養が適切に届くかを重視しています。
添加物という言葉には、どうしても悪い印象を持たれがちです。しかし、品質を保つため、食べてもらいやすくするため、健康を支えるために必要なものもあります。もちろん、何でも使えばよいということではありません。健康に害がないか、本当に必要なのかを厳しく見極めた上で、必要なものは適切に使う。それがわれわれの考え方です。
―― インターネットやAIで、飼い主自身がフードを選べる時代にもなっています。
日下部 情報を得やすくなったこと自体は良い面もあります。ただ、ペットは1頭ごとに状態が違います。オーナーが「太り気味だ」と感じていても、犬種や年齢、活動量を専門家が見ると、実は適正体重ということもあります。その認識がずれたまま減量用フードを選べば、かえって健康を損なう可能性もある。
情報源が多様化した時代だからこそ、安易な自己判断ではなく、獣医師などの専門家と相談しながら選ぶことが大切です。メーカーとしても、正しい情報を届ける責任があります。
―― ブリーダーやペットショップとの連携も重視していますね。
日下部 犬や猫の健康を考える上では、生まれた時からシニア期まで、一生を通じたサポートが必要です。子犬や子猫がどのような栄養を与えられるかは、将来の健康にも影響します。その意味で、ブリーダーの方々は非常に重要な存在です。
ペットショップも、多くのオーナーにとってペットとの最初の接点です。迎え入れる段階から正しい栄養や健康管理の知識に触れられることは、その後の暮らしにも関わります。ブリーダー、獣医師、販売店と連携し、犬と猫の健康を支える環境づくりに取り組んでいきます。
―― 今後、日本のペット市場でどのような役割を担っていきますか。
日下部 大きく2つあります。1つは、ペットオーナーに正しい情報を届け続けることです。もう1つは、獣医師、ブリーダー、販売店など、ペットを取り巻くプロフェッショナルとの連携を強めることです。
犬猫の健康は、メーカーだけで支えられるものではありません。命の誕生からシニア期まで、さまざまな人たちが関わることで支えられます。
日本は、高齢のペットに対するケアが世界的に見ても進んでいる国です。目指すべきは、ただ長生きすることではなく、健康で生き生きとした時間を長く保つこと。その土台になるのが食事です。栄養を通じて犬と猫の一生を支える。それが、ロイヤルカナンの役割だと考えています。