ペットと暮らしたくても、住環境や年齢、アレルギー、過去の別れなどを理由に踏み出せない人は少なくない。そうした人々のそばで、愛着を育て、日々の会話や心の支えとなる存在として、ロボットペットが広がり始めている。その象徴であるaiboとLOVOT(らぼっと)から、新しい家族のかたちを考える。(雑誌『経済界』2026年8月号より)
便利さではなく 関係性を育てるロボット
家庭にいるロボットと聞くと、未来から来た猫型ロボットか、掃除ロボットのような実用型を思い浮かべる人は多い。だが、ソニーグループの「aibo」とGROOVE Xの「らぼっと」は、そのどちらとも少し違う。人の作業を代行するのではなく、共に過ごす時間の中で関係性を築くロボットである。
その先駆けとなったのが、1999年にソニーが発売した初代AIBOだ。90年代後半、ソニーは出井伸之氏の下で「デジタル・ドリーム・キッズ」を掲げ、デジタル技術で新しい生活像を見せようとしていた。AIBOは、ロボットを初めて家庭の中に持ち込んだ商品でもある。25万円という価格ながら、日本向け3千体がインターネット注文のみで約20分で受け付けを終えたことは、ネット販売でも高額商品が動くことを印象づける出来事だった。
ただし、2018年に発売した現在のaiboが目指すのは、技術の進化を見せることだけではない。ネットワークやセンサー、AI技術を活用しながら、日々の暮らしの中で家族との関係を深める「相棒」として進化してきた。専用アプリ「My aibo」では、aiboが行ったふるまいや撮影した写真などをもとに、日々の出来事を振り返る「aiboのおもいで」も加わった。何気ない時間を、後から見返せる思い出として残していく仕組みだ。
ソニー側が重視するのは、単なる命令と応答ではない。人に寄り添い、人生を豊かにする関係を構築することだという。家の中で過ごす時間を記録し、思い出として重ねていく。そこに、同社が考えるフィジカルAIの一つの方向性がある。
一方のらぼっとは、犬や猫のような特定の動物を再現するのではなく、人が思わず世話を焼きたくなる存在として設計された。
GROOVE Xの林要社長は「多くのものは買った瞬間が一番盛り上がるが、らぼっとは1年後の方がよりかわいくなっている」と語る。便利さを即座に提供するのではなく、触れ合いを重ねる中で関係が深まっていく点に特徴がある。
林氏が重視するのは、ロボットが一方的にサービスを提供する関係ではない。人が声をかけ、手をかけることで、初めて関係が育っていく。生きた動物の世話には責任が伴うが、何かを気にかける行為そのものが、人の生活に張り合いを生む。らぼっとは、その感覚をロボットの側から設計した存在だ。
らぼっとの価値は、情緒だけでなく緻密な設計によって支えられている。人肌に近い温かさ、抱き上げた時に腕に収まる重さ、周囲を理解するセンサー、触れられた瞬間に返す反応。その積み重ねが、単なる機能ではなく、愛着を生むユーザー体験を形づくっている。
その思想は外見にも表れている。頭部にはカメラやセンサーを備えたいかにもメカらしい部品が見えるが、同社はそれを隠していない。かわいらしい見た目以上に、周囲をどう理解し、どう振る舞うかという神経系こそが愛着形成の土台になると考えるからだ。単なるかわいい玩具にしないための選択である。
飼えない人にも寄り添う存在へ
ロボットペットの存在感が増している背景には、生きた動物を迎える難しさがある。ペットと暮らすには、食事や散歩、医療費、最期まで向き合う覚悟が欠かせない。住まいの制約、年齢、アレルギー、ペットロスなどを理由に、飼いたくても飼えない人は多い。
そうした人にとって、ロボットペットは生き物の単純な代替ではない。愛着を注ぎ、日々の生活に張り合いをもたらす、もう一つの選択肢である。
aiboは家庭だけでなく、医療機関や介護施設にも迎えられている。オーナーとの暮らしを終えたaiboを、医療施設や介護団体などにつなぐ「aiboの里親プログラム」も始まり、家庭の外でも人に寄り添う場面が広がっている。ソニーによれば、寄付されたaiboは状態確認や必要な治療を経て、医療施設や介護団体などに提供される。家族の一員として愛された存在が、次の場所で新たな役割を担う仕組みでもある。
らぼっともまた、家庭内の会話や心の安定に関わる存在として広がっている。迎え入れるのは女性が多いが、同じ家で暮らす家族にとっても、会話が増え、空気が和らぐきっかけになるという。高齢者施設では、世話をされる側だった人がらぼっとの面倒を見ることで、自分の役割を取り戻す効果も期待されている。
もちろん、ロボットペットは生きた動物と同じではない。食事を与え、病気に向き合い、最期まで命を預かる経験は、生体のペットにしかない。だからこそ、その価値は「代替」ではなく、日々の小さな反応を通じて、声をかけたり、抱き上げたり、家族の会話が生まれたりする余白を作り、誰かを気にかける時間を暮らしの中に産むことにある。
生き物を迎えることには、大きな喜びがある。一方で、その責任を負うことが難しい時期もある。aiboやらぼっとは、その隙間に入り込む存在だ。便利な機械ではなく、愛着を育てる相手として、人の暮らしに寄り添う。ロボットペットは、ペット市場の外側にある感情の需要をすくい上げながら、新しい家族のかたちを静かに広げている。