去年、アクティビストから取締役候補に選ばれた元ジャパンディスプレイ社長(現・参天製薬社外取締役)の菊岡稔氏は、事業経営の経験から「アクティビストはガバナンス(企業統治)不全に注目する」と断言する。投資銀行経験、米州弁護士として投資側、法律家の視点も持つハイブリッドな菊岡氏の眼には今の日本企業の問題点がどう映っているのか。Photo=山内信也(雑誌『経済界』2026年8月号より)

菊岡 稔 元 ジャパンディスプレイ、参天製薬のプロフィール

菊岡 稔 元 ジャパンディスプレイ
元 ジャパンディスプレイ社長兼CEO、参天製薬社外取締役 菊岡 稔
きくおか・みのる 1962年東京生まれ。東京大学法学部卒業後、86年に日本興業銀行に入行。2004年から日東電工。11年に同社の米Hydranautics社CEO。14年に日本電産に移り常務執行役員。19年にジャパンディスプレイ社長兼CEO。その後、アステラス製薬CFOを経て24年より参天製薬社外取締役を務める。

FMH取締役候補として ガバナンス改善を訴える

―― アクティビストのダルトン・インベストメンツから提案を受けてフジ・メディア・ホールディングス(FMH)の取締役候補を引き受けようと思った決め手は何ですか。

菊岡 ダルトンは歴史ある老舗ファンドであり、株主提案を行う際も、かなり公明正大で、筋の通ったやり方をする「正統派アクティビスト」と認識していました。彼らのこれまでのディールを見てきた中で、短期的な利益だけを追う投機的なファンドとは一線を画していると思いました。

 私は企業経営において「株主価値を高めていく」という流れ自体は是だと考えています。経営者としての立場から見れば、アクティビストに狙われる状況になっているということは、ある意味で「経営の責任」でもあります。株価が割安に放置されている、あるいはガバナンスが十分に機能していない、そうした〝隙〟を放置してきた結果でもあるからです。

 当時のフジ・メディア・ホールディングスは、PBRが1倍を大きく下回り、一時は0・4倍という低い水準で推移していました。本来、不動産などに多額の含み益を持っている企業であれば、簿価を上回る評価がついてもおかしくないはずですが、バランスシート上は簿価のまま計上されていることもあり、市場からは「割安なまま放置されている」と見られていたのです。

 私自身、取締役に就任する以上、「会社の利益」「ガバナンスの改善」のために行動するのは当然であり、特定株主の意向に従うつもりはないということを最初からダルトン側にも明確に伝えました。そのうえで、フジテレビという、日本のメディアにおいて大きな役割を果たしてきた会社が、より良い方向に向かうのであれば、その一助になりたいという思いがありました。

 また、ダルトンの提案内容を見ても、株主平等の原則に反するようなものではなく、全ての株主にとって合理性のあるものが多かった。その点も、引き受けるうえでの安心材料になりました。

―― アクティビストは企業への〝侵略者〟なのか〝救世主〟なのか、どう見ていますか。

菊岡 日本では、企業防衛を専門とする弁護士の一部が「日本はアクティビスト大国だ」と警鐘を鳴らすことがありますが、私は必ずしもそうは思っていません。むしろこれまでの日本では、株主にとってマイナスになり得るような買収防衛策が、かなり広く認められてきたというのが実態だと感じています。

 一時期、日本株はPBR・PERの両面で、欧米市場と比べて極めて割安に放置されていました。企業の収益力や保有資産に見合った評価がなされていないということは、日本企業にとっても、日本の投資家・国民にとってもマイナスです。時価総額が低ければ、資金調達力も弱くなり、成長投資の余地も狭まります。

 そうした状況で、日本株が「割安な市場」として海外のアクティビストの目に留まるのは、ある意味で自然な流れです。それを一律に「侵略者」として排除しようとする姿勢には、私は違和感を覚えます。重要なのは、彼らの行動がフェアであるかどうか、株主全体の利益を見据えているかどうかです。

 もちろん、中には自分たちの利益だけを最大化しようとする、行き過ぎたアクティビストも存在します。しかし、ダルトンのように、インサイダー取引規制や金融商品取引法を強く意識しながら、フェアなディスクロージャーと株主提案を行っているファンドもあります。そうしたプレーヤーまで一くくりに「侵略者」と呼ぶのは、実態を見ていない議論だと感じます。

 資本主義の枠組みの中では、株主が企業価値の向上を求めて声を上げること自体は、ごく当たり前の行為です。問題は、そのやり方と目的です。株主平等の原則を尊重し、長期的な企業価値の向上に資する提案を行うアクティビストであれば、むしろ企業側も真摯に向き合うべきではないでしょうか。

アクティビズムと日本企業 かつての体質からの脱却を

―― アクティビストの提案で企業価値が改善した例もありますが、どう見ますか。

菊岡 日本企業には、良くも悪くも「チームワークを重んじる文化」が根付いています。生え抜きの社員が社長になり、社内の結束の中で経営を行うことは、一面では非常に美徳でもあります。しかし、同時に「サラリーマン社長」という言葉に象徴されるように、過去のしがらみや前例主義に縛られ、抜本的な改革に踏み出しづらい側面もあります。

 一方でアクティビストの提案が〝外圧〟として機能し、企業が先送りしてきた課題に向き合うきっかけになることがあります。

 実際、アクティビストの提案を受け入れて財務体質が改善したり、不要資産の売却や事業ポートフォリオの見直しが進み、結果として株主還元が強化されたりした企業も出てきています。もちろん、すべての提案が正しいわけではありませんが、「本来やるべきだったこと」を後押しする役割を果たしているケースは少なくありません。

 重要なのは、アクティビスト側も自らのコンプライアンスを徹底し、インサイダー取引などの違法行為に踏み込まないことです。その前提が守られている限り、私はアクティビストの存在を、健全な株価形成を促す一つの要素として肯定的に捉えています。

―― アクティビストが標的にしようとする日本企業の体質についてどう考えますか。

菊岡 私がCEOとして経営のかじ取りをしたジャパンディスプレイ(JDI)を引き合いにすれば、株価が割安だったからアクティビストが入ってきたというよりも、経営不振と不正会計という二重の問題があり、その背景にガバナンスの不備があったことが大きいです。

 企業経営には、「収益を極大化する努力」と「損失を極小化する努力」の両方が必要です。損失には、コンプライアンスやリスク管理、不祥事対応などが含まれます。どれだけ売り上げや利益を伸ばしていても、不祥事一つで企業の信用は一気に失墜し、場合によっては存亡の危機に陥ります。

 重要なのは「ミスをゼロにすること」ではなく「ミスが起きたときにどう対応するか」です。法令を順守し、社会の納得感を得られる形で説明責任を果たせるかどうかが、ガバナンスの真価だと思います。

 JDIでは、経営難と不正会計の2つの問題に社長として対応しました。会社は従業員のために、あるいはディスプレイという非常に大事な商品を世の中に提供していくために、きちんと生き延びていかなくてはいけない、だから会社を潰すわけにはいかない。信用を回復していく上で、より厳しく経営者として自分を律する対応を取っていきました。

 JDIでの経験を踏まえると、企業にとって社外取締役の役割が非常に重要です。社内の論理だけで物事を決めてしまうと、どうしても視野が狭くなりがちです。財務、法務、会計、経営など、異なるバックグラウンドを持つ社外取締役が内輪の論理に対して「それは本当に妥当か」と問い直すことで、問題の抜け落ちを防ぐことができます。

 私は、社内の経営陣と社外取締役は「目的は同じ」だと考えています。どちらも会社を良くしたいと思っている。ただし、見ている角度が違う。その違いをすり合わせるプロセスこそがガバナンスの要です。こうした仕組みが機能していれば、アクティビストから提案を受けることなく、自ら必要な改革を進めることができるはずです。

アクティビストが避ける業界〝成長提言〟に耳を傾けよ

―― 自身の参天製薬社外取締役の経験から製薬業界へのアクティビズムをどう見ていますか。

菊岡 製薬業界、とりわけ処方薬を中心とするビジネスは非常に専門性が高い領域です。臨床試験、薬事規制、安全性評価など、多くの要素が絡み合っており、表面的な数字だけでは企業価値を正しく評価することが難しい業界でもあります。

 例えば、不動産などの含み資産を多く抱えている企業であれば、「不要資産の売却」という分かりやすい提案が可能ですが、製薬企業の場合は、パイプライン(研究開発段階の医薬候補品)の質や研究開発の継続性など、目に見えにくい要素が価値の源泉になっています。

 点眼薬を中心とする参天製薬のような企業の場合、事業構造や専門性の高さから単純な「スキャンダルを突破口にしたアクティビズム」が成立しやすいとは必ずしも言えません。むしろ、深刻な不祥事が起きて企業の信用が大きく傷つき、株価が実力以上に下落した局面で、「経営刷新を通じて信用を回復させれば、企業価値は戻る」と判断したアクティビストが入ってくる、というパターンの方が現実的だと思います。

―― 今後、日本のアクティビズムとどう向き合っていきますか。

菊岡 私はこれまで、投資銀行、弁護士、会計士として主に金融面で企業を支える「エージェント」としての立場と、JDIや参天製薬での経営トップ層の「プリンシパル」としての立場、その両方を経験してきました。その両方の視点を持っているからこそ、アクティビストと企業経営の関係を、ある程度フラットに見ることができるのではないかと考えています。

 今後、自分自身がアクティビストや金融投資家として活動する可能性が全くないとは言いませんが、基本的には企業のガバナンスや経営に関わる立場で、アクティビズムと向き合っていきたいと考えています。その際に一貫して大事にしたいのは、「株主平等の原則」と「長期的な企業価値の向上」という2つの軸です。

 特定の株主だけに有利な提案や、自分たちだけが〝食い逃げ〟するようなスキームには、はっきりとノーと言います。一方で、株主全体の利益につながり、かつ企業の持続的な成長にも資する提案であれば、たとえアクティビストからのものであっても、真摯に耳を傾けるべきだと考えています。

 社外取締役として、あるいは経営に近い立場として「外からの声」と「中からの論理」をすり合わせていく。そのプロセスに自分のこれまでのすべての経験を生かしていきたいと思っています。