経済産業省は2023年に有識者や実務者による検討会の議論を踏まえ、「企業買収における行動指針」を公表した。企業、アクティビスト側双方から話を聞き、指針の趣旨が適切に浸透、実践されていくことを目指して、分かりやすく表現を改めるなどした文書を7月に公表する。双方に不十分な理解が残る現状を、どう是正していくのか。(雑誌『経済界』2026年8月号より)
鮫島大幸 経済産業省のプロフィール
さめしま・ひろゆき 1975年鹿児島県生まれ。東京大学法学部卒業後、99年に通商産業省入省。産業組織課補佐、金融庁(保険課)出向、内閣府国務大臣秘書官、中小企業庁取引課長などを経て、2025年より産業組織課長。日本企業の成長の観点から企業ルールの企画立案を進めている。
肝いりの企業買収行動指針 双方の主張を取り入れる
―― 「企業買収における行動指針」の趣旨を再確認する文書を7月に公表する理由を教えてください。
鮫島 2023年に策定した「企業買収指針」は、企業価値と、アクティビストも含めた株主双方の利益を高める〝望ましい買収〟の活性化を促す原則論を示したものです。
その指針の策定以降、真摯な買収提案に対する真摯な検討がより一層実行されるようになっています。
その一方で、経営者だけではなく、弁護士、証券会社、M&Aのアドバイザーなど、実務の最前線にいる関係者から「指針が正しく理解されていない」などの声が寄せられました。
アクティビスト側からも「指針が示す〝真摯な買収提案〟をしても企業が提案を検討すらしない」という声や、企業側からも「買収提案の中で指針の一部だけが用いられる」との声も聞かれました。
こうした状況を踏まえ経産省としては、指針の趣旨の維持を前提に、あらためて指針の趣旨を周知するための文書を作ろうと、研究会で議論を重ね、おおよその方針を決定し6月2日に文書の原案を公開しました。
パブリックコメントで寄せられた意見を踏まえ、7月頃に正式な文書の公表を目指しています。
―― 行動指針は企業、アクティビスト、どちら寄りと言えるのでしょうか。
鮫島 双方の見解は相違しがちで、指針への見解や解釈も食い違うこともあると聞いています。
裏を返せば、指針はアクティビスト、企業それぞれに配慮し、バランスを取っている証左とも考えられます。指針は、どちら寄りと言うよりも、対象企業の「企業価値と株主共同の利益の向上」という共通の目標に向けた、道しるべだと思います。
―― 具体的に、どのような文書の公表を予定しているのでしょうか。
鮫島 企業やアクティビストなどが、行動指針の原則や留意すべき点などの要点を分かりやすく理解できるよう整理した指針のポイントと、買収提案を受けた企業の取締役会が応じるか否かの判断、複数の買収提案の中から選択等を行うにあたって悩む点などをまとめたQ&A形式の文書を公表する予定です。
―― 行動指針で「敵対的買収」を「同意なき買収」と表現しているのはなぜでしょうか。
鮫島 「敵対的」という言葉には、「社会的な評判に悪影響」、「日本の企業文化にそぐわない」などのどちらかというとネガティブな印象が伴っていたことは否めません。しかし、本来の判断軸は「企業価値と株主双方の利益を高めるかどうか」です。これを踏まえて〝望ましい買収〟が活性化されるよう、より客観的な表現に改めました。
官から見たアクティビストは指針を巡る環境の変化は
―― 行政の立場から、アクティビストの活動をどう見ていますか。
鮫島 企業側からは「アクティビストへの対応に時間がかかり、本業に支障をきたす」や「アクティビストの指摘は、事業改革の推進力に活用できる」といった意見もあります。
一方のアクティビスト側からは「現経営者の下で眠っている事業・資産を有効活用する」「経営陣を含めて経営を抜本的に改革する」との声も聞かれます。
「より良い経営」という目的は双方で共通しているので、企業の成長を後押ししたい経産省としても、そのための法制度がどうあるべきか、関係省庁、国会とよく相談しながら、現場の情報や知恵を出していければ、と考えています。
―― 指針を出した3年前と現在のアクティビズムと企業を巡る環境の変化をどう見ていますか。
鮫島 23年3月に、東京証券取引所が、株価や資本コストを意識した経営を上場企業に要請したことは、企業側の意識に少なからず影響を及ぼしていると思います。
経産省による行動指針の策定とも相まって、企業側がアクティビスト側からの経営改善の提案を、より真摯に検討するようになったと認識しています。
さらに、アクティビストが求めるであろう、事業ポートフォリオの見直しや資本政策の改善などの提案を、企業自らが先んじて実行するなど、企業価値向上に向けた取り組みも活発化しているように見受けられます。
関係省庁や政治との連携 企業価値を高めるためには
―― 金融庁・東証のコーポレートガバナンスコードとの連携はありますか。
鮫島 経産省は15年のコーポレートガバナンスコードの策定や、その後の改訂の段階から有識者会議等の議論に参加しており、経産省の指針で定める「企業価値、株主共同の利益の向上」という基本理念を会議等でも共有しています。
―― 自民党でアクティビストを巡る議論が進むことをどう見ていますか。
鮫島 党での議論を、省庁が評価する立場にはありませんが、与党の会議で議論が始まっていることは承知しています。
経産省としても、企業活動を規律する会社法のあり方には、企業競争力の強化や成長投資促進の観点から、強い関心を持っていまして、政府の立場から何らかの貢献できればと考えています。
―― アクティビストは企業にとって侵略者か救世主か、行政の立場からどう見ますか。
鮫島 アクティビストは短期・長期等の投資スタイルの違いはあっても、どちらが良い悪いというものではなく、株式市場の厚みを支える重要なプレーヤーだと考えます。
アクティビスト側、企業側でそれぞれ思惑は違うかもしれませんが、少なくとも「企業の収益力の向上、成長」という目標は双方共通していると感じます。その目標に向かって双方が協力できれば、企業価値が高まり、株主利益も得られるような、双方にとって望ましい関係になりうるでしょう。
―― 企業がアクティビストに頼らず、企業価値を高めていくために経済産業省としてどう支援していきますか。
鮫島 経産省では、企業の取締役会の機能強化や価値創造ストーリーの策定と実行を促す、「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンスを4月に作成しています。
経営陣が戦略を示し、社外取締役を含めた取締役会がこれを磨き上げ、株主に説明した上で実行するというプロセスを重視しています。
企業が価値を自ら高めていけるよう、このガイダンスを積極的に活用していってほしいと考えています。