「鉄は国家なり」。20世紀以降の日本の経済成長を支えたのが、鉄鋼業であり、その原点となったのが八幡製鉄所だった。かつては12基あった高炉だが現在は1基を残すのみ。その存続さえも危ぶまれていたが、電炉への転換に活路を見いだそうとしている。文=虎尾伸哉(雑誌『経済界』2026年8月号より)
日本の鉄の歴史を築いた八幡製鉄所
わが国の近代高炉(溶鉱炉)発祥の地である北九州市の日本製鉄九州製鉄所八幡地区(旧八幡製鉄所)が、高炉を捨てて電炉(電気炉)で生き残る。4年後の2030年、唯一存続する高炉を休止し、電炉の製鉄所に生まれ変わる。二酸化炭素(CO2)排出量が高炉の4分の1といわれる電炉への転換で地球に優しい「グリーンスチール」の生産を始める。日本鉄鋼業の歴史を塗り替える大転換だ。昨年買収した米USスチールのもつ電炉技術を取り込みながら、電磁鋼板などの高級鋼を電炉から一貫して量産する世界初の技術革新を目指す。1901年の官営製鉄所開設以来の「第2の創業」だ。
今年4月15日、八幡地区でただ1つ稼働する戸畑第4高炉の隣接地(旧戸畑第1高炉跡地)の電炉建設地には日鉄幹部のほか、星野光明・九州経済産業局長、服部誠太郎・福岡県知事、武内和久・北九州市長ら約70人が集まり、大型電炉の起工を祝った。日鉄で「脱炭素」担当役員の折橋英治常務執行役員は「高炉から電炉に変われば、原料も物流も全て置き換わる。この製鉄所の敷地(702万平方メートル)の約半分をつくり替える」と前例のない製鉄所の大改造ぶりを強調した。
世界各国から輸入した鉄鉱石やその還元剤である石炭を野積みにしておく広大なヤード(保管場)、鉄鉱石を焼き固めて焼結鉱にする焼結炉、石炭を蒸し焼きにするコークス炉、焼結鉱とコークスを高温で加熱して銑鉄をつくる高炉、銑鉄から不純物を取り除く転炉など、高炉に付随する上工程の大型施設がすべて不要になり、電炉への完全移行後は取り壊される。
これらに代わって、旧戸畑第1高炉跡地には年間生産能力200万トン(1回のチャージで100トン)と世界最大級の大型電炉を新設し、さらにこの電炉の原料である鉄スクラップを蓄えるヤードも新設する。電炉新設に合わせて製鋼工場も改造する。こうした八幡の電炉化に要する費用は6302億円と巨額(うち政府補助金1799億円)に上る。
地元・福岡県の服部知事は「この電炉プロジェクトは、(石炭で鉄鉱石を還元する高炉を主体とするため)CO2の排出削減が困難とされてきた鉄鋼業の脱炭素化を大きく前進させるだけでなく、幅広い産業の国際競争力強化にも大きく貢献する。100年以上にわたり日本の発展を支えてきたこの八幡の地から、手を携えて次世代のグリーンなものづくりを進めていこう」と「鉄都・北九州」再生への思いを込めたエールを送った。
八幡製鉄所は明治から戦中、戦後復興期にまさに「鉄都」の中心だった。わが国には古来、砂鉄から鉄をつくる「たたら製鉄」と呼ばれる製鉄法が各地に存在したが、その生産量は微々たるものだった。近代的な製鉄所は明治維新後も国内に存在しなかったため、鋼材はドイツなど外国からの輸入に頼っていた。しかし、日清戦争後、明治政府は戦艦、戦車、弾丸など兵器・武器の自給という国防上の理由と機械、造船など幅広い産業育成のため、鉄鋼の国産化を決め、清から得た賠償金の一部を投じて官営製鉄所を福岡県八幡村に建設した。これがわが国初の近代製鉄所「官営製鉄所」の始まりである。ほかには官営製鉄所がなかったため、単に製鉄所と言えば八幡を意味した。
当時の鉄鋼先進国ドイツから技師を招き、1901年創業にこぎつけるが、当初、高炉の操業はトラブル続きで生産が安定しなかった。ドイツ人技師を本国に返し、日本人技術者たちで苦心惨憺して操業技術を習得していった歴史がある。創業後の10年間は日本の鉄鋼生産の9割以上を八幡製鉄所が占めるなど圧倒的な存在だった。
戦前・戦中は日本を代表する軍需工場として位置づけられ、たびたび米軍の空襲も受けた。国鉄(現JR)鹿児島本線沿いには高い塀を巡らし、乗客や国民の視線を遮る秘密の存在だった。
敗戦後は民需に転換。戦後復興を急ぐため、政府は当時、限られた資源であった石炭、鉄鉱石を最新鋭、最大の製鉄所だった八幡製鉄所に集中投入する「八幡集中生産」を実施、日本中に安価で高品質の鋼材を提供。戦後の経済復興に大きく貢献した。
しかし、高度成長期(54-73年)には首都圏への人口、産業の集中を受け、八幡製鉄所は主役の座を退く。八幡製鉄(現日本製鉄)は65年、君津製鉄所(千葉県君津市)を稼働させ、八幡から多くの従業員を君津に転勤させた。その数は家族を含めて約2万人に達し、「母なる八幡」は新たな主力製鉄所となった君津への人材や技術の供給源となった。
八幡製鉄所自身は4回にわたる合理化を経て、規模を縮小。粗鋼生産量はピークの67年に916万トンから現在は370万トンと3分の1強まで減り、38-45年に最多の12基を数えた高炉も88年からは1基を残すのみとなっている。
日鉄の多くの製鉄所の歩みを見ると、生産量が減ると、高炉の稼働がだんだん減り、ついには自前の高炉(鉄源)を失い、圧延工程(下工程)だけになる。これを鉄鋼業界では「単圧工場」と呼び、製鋼・圧延を一カ所で行う「一貫製鉄所」に比べると、明らかに格下げとなる。鉄源を他の製鉄所に依存し、それを圧延して最終製品にするだけだからだ。旧釜石製鉄所、旧堺製鉄所などはその典型例だ。
八幡製鉄所も88年以降は高炉を2基もつ大分製鉄所(現九州製鉄所大分地区)から銑鉄やスラブなど鉄源、半製品の一部供給を受けており、「単圧」化は時間の問題とみる業界関係者は少なくなかった。2015年に八幡製鉄所が「明治日本の産業革命遺産」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録された際にも、現役として稼働中の製鉄所が一部とはいえ「遺産」の指定を受けたことにも違和感が漂った。密かに単圧化への準備が進んでいるのではないかとの臆測を呼んだからだ。
電炉への転換で一貫製鉄を存続
その意味で、世界的な脱炭素の流れは八幡の一貫製鉄所としての存続に追い風となった。高炉は安価で大量の銑鉄をつくる反応装置としては有効だが、鉄鉱石を石炭で還元するため大量のCO2排出は避けられない。日本の産業界のCO2排出量の4割が鉄鋼業界、なかんずく高炉から排出されており、高炉は地球環境を汚す〝悪者〟となった。
その中で八幡は高炉という従来のシンボルを捨てて、CO2排出量が高炉の約4分の1に減る電炉を導入することで鉄源の維持、つまり一貫製鉄所の存続に成功した。日鉄の橋本英二会長は2023年5月10日の決算発表の席上、「2030年に(脱炭素の)成果を出すには、このタイミングで(CO2排出量が少ない)電炉に着手しなければいけない。八幡製鉄所ができて120年。10年後に脱炭素に対応できなければ、130年で歴史を閉じることもあり得る」と公言した。八幡が高炉に固執するのをやめて電炉化を決断しないと、製鉄所廃止もありうると示唆したわけだ。北九州市のある協力企業の経営者は「脱炭素に向けて6300億円もの巨額の投資を八幡地区にするということは、今後も八幡が主力拠点として残るということだ」とむしろ電炉化に安堵の表情を見せる。
USスチール買収で広がった選択肢
ただ、日鉄はグループ内に合同製鉄、大阪製鉄など電炉メーカーを抱えるものの、基本的に高炉メーカーであり、電炉技術の蓄積は厚いとは言えない。特に年産200万トンもの世界最大級の大型電炉を安定的に操業し、電磁鋼板などの高級鋼を生産する技術は持ち合わせていない。
しかし、その強力な助っ人が昨年買収した米USスチールだ。傘下の電炉ベンチャー、ビッグ・リバー・スチール(アーカンソー州)は特殊な精錬プロセスや独自の炉外精錬(2次精錬)技術を駆使し、高度な成分維持が求められる電磁鋼板や高張力鋼板の生産を始めている。特に24年に完成したばかりの最新鋭電炉2基の生産能力は合計年間約300万トンと大型で、まさに八幡の「大型電炉での高級鋼一貫生産」のお手本である。
日鉄は4月末、このビッグ・リバー・スチールに19億ドル(約300億円)を投じて、鉄鉱石を固体のまま還元する直接還元鉄(DRI)プラントを新たに導入すると発表した。電炉へのDRI投入量を増やせば、その分だけ不純物が含まれる鉄スクラップの投入を減らせるため、不純物を嫌う高級鋼を安定して生産できる。DRIプラントは日本国内の八幡、広畑両地区でも将来的には導入が検討される可能性がある。
この電炉転換は日本の電炉業界にも大きなインパクトをもたらす。日鉄は八幡に年産200万トンの大型電炉を新設するだけでなく、瀬戸内製鉄所広畑地区(兵庫県姫路市)にも同50万トン、山口製鉄所(山口県周南市)にも同40万トンの電炉を29年度下期までに建設するため、一挙に年290万トンの生産能力をもつ電炉メーカーになる。
電炉業界は専業の東京製鉄が年生産量340万トン前後で首位、共英製鋼が同330万トン前後で2位であり、日鉄は高炉では国内最大手、世界3位でありながら、電炉でも東鉄、共英に迫る大手電炉メーカーになる。
とくに東鉄は田原工場(愛知県田原市)に年産250万トンと日鉄・八幡地区よりも大型の電炉をもち、ここで鉄スクラップのみを原料とする自動車用熱延酸洗鋼板を製造し、トヨタ自動車の複数車種に採用され始めている。これまで高炉メーカーの牙城とされてきた自動車用鋼板の一角を東鉄がついに突き崩した。日鉄が八幡を主力拠点に大型電炉での高級鋼生産を本格化すれば、1980年代後半にH型鋼で高炉対電炉の激しい販売合戦を演じた日鉄と東鉄が、今度は電炉同士で高級鋼を争う構図になるかもしれない。
1千人の雇用確保がこれからの課題
課題は残る。短期的には地元の雇用問題が未解決だ。高炉関連の上工程がなくなることで、4年後には日鉄社員で350人、協力会社の社員約800人の仕事がなくなる。日鉄社員については社内の配置転換で対応可能だが、協力会社の余剰人員対策は不透明だ。日鉄側は「雇用の場をしっかりとつくりたい」(中田昌宏・常務執行役員九州製鉄所長)と述べ、雇用維持に取り組む姿勢を示すが、ある協力会社の社長は「日鉄から余剰人員がどの程度発生するかのヒアリングは受けたが、雇用の受け皿の提示はまだない」とぼやく。
中期的には顧客が割高になる電炉由来の鋼材(グリーンスチール)を快く受け入れるかどうか。試算によると、電炉鋼材は高炉鋼材に比べ4割程度高くなるとみられている。電炉は電力を大量に使うため、電力料金をいかに下げるかが課題になる。
さらに「脱炭素」を徹底するならば、その使用電力が化石燃料由来か否かも問われることになる。日鉄は八幡で必要となる電力については八幡地区にある石炭火力発電を減らし、高効率の液化天然ガス(LNG)による火力発電所4基を新設する計画を立てている。LNGは石炭よりはCO2排出量が少ないが、ゼロではない。究極的には「水素による還元鉄(DRI)製造」という日鉄が掲げるもう1つの長期的なカーボンニュートラル(実質CO2排出量ゼロ)目標の達成が求められることになる。
とはいえ、日鉄の今井正社長は24年8月、読売新聞のインタビューで「5年前、鉄鋼業界の脱炭素化の実現は100年先だと言われてきた。この間に議論は大きく進み、5年後の世の中も変わると思う。そこをどう読むか。とても難しいが、前に進んでいくリスクはあっても、立ち止まるリスクの方が大きい」と答えた。八幡の電炉化は「立ち止まるより前に進もう」というチャレンジャー精神の発露である。