誰だってサイバー攻撃を受けたくない。しかしどんなに対策を立てたところで、ハッカーたちの攻撃手段は日々進化しており、それに対応するのは難しい。しかもAIの進化がそれに輪をかける。その中で、われわれは何ができるのか。被害にあった企業の事例から対応策を考える。(雑誌『経済界』2026年9月号より)

アサヒが完全復旧に要した時間は5カ月間

 アサヒグループホールディングス(アサヒGHD)は6月11日、今12月期の最終利益が前期比38%減の1200億円になる見通しだと発表した。従来予想から475億円の下方修正だ。その要因はサイバー攻撃によるシステム障害だ。

 アサヒGHDのサイバー被害が明らかになったのは昨年9月29日のこと。国内グループ企業約30社で、大規模なシステム障害が発生した。原因は、ロシア系とみられるランサムウエアグループ「Qilin(キリン)」によるサイバー攻撃だった。アサヒGHDの発表によると、システム障害が発生する約10日前にグループ内の拠点にあるネットワーク機器を経由してウイルスが侵入。その後、主要なデータセンターにも侵入されたという。

 この攻撃により、グループ内の基幹システムやサーバーが暗号化され、製造、出荷、受注管理、社内メールといった業務全般が麻痺した。旗艦会社であるアサヒビールでは、全6工場で製造が一時停止。出荷も一部で見合わせられた。アサヒ飲料、アサヒグループ食品でも製造・出荷の制限や停止に追い込まれた。これによる当初の被害は、1日6億円とも言われている。さらには取引先や従業員の個人情報11万5千件以上が漏洩した。

 これに対するアサヒGHDの対応は、異変を検知後したら、被害の拡大を防ぐために外部ネットワークからシステムを遮断。その後、影響を受けたサーバーの特定を進めていく。攻撃発生から1週間後には製造を再開し、出荷も始めるが、この段階でもシステムの遮断は続いている。そのためオンラインでの受発注ができない。そこで電話やファクスによるひと昔前のアナログ的なやり方で注文を受け付けた。そこで活躍したのが、このやり方で業務を遂行していた50代の社員。さらには定年退職したOBまで駆け付け手伝ったという。

 システム復旧にはすべてのサーバーの安全性を確認する必要があった。ウイルスを検知・駆除機能を備えたシステムを導入して完全復旧したのは今年2月。約5カ月の時間が必要だった。

 一昨年6月8日にサイバー攻撃を受けたのがKADOKAWA。ランサムウエアグループ「BlackSuit」による大規模攻撃を受けた。これによりニコニコ動画、ニコニコ生放送などの動画配信サービス、およびニコニコ漫画といったアプリが全面的に停止した。また、出版物の受注・物流システムや、通信制高校であるN高、S高の学務システムまで影響が及んだ。さらには従業員の個人情報やクリエーターの契約書や個人情報、ファンクラブ会員のデータなどが窃取され、約25万件の個人情報がダークウェブ上に掲載された。その結果、KADOKAWAはデータセンターを再構築したほか、情報流出したクリエーターへの補償などで23億円の特別損失を計上。25年3月期の最終利益は約3割の減益となった。

 ニコニコ動画が本格的に再開するまで約2カ月、グループポータルサイトを再開するまでにはさらに2カ月、すべてのサービスが正常化したのは25年2月になってからだった。つまり攻撃から完全復旧までには8カ月という長い時間が必要だった。

取引先への攻撃で生産が止まったトヨタ

 サイバー攻撃の怖いところは、自分の会社の防御を高めたところで防ぎきれないところにある。トヨタ自動車グループの例はその典型的なものだ。

 当然のことだが、日本一企業のトヨタ自動車は高度なサイバーセキュリティシステムを構築している。ハッカー集団がこれを破ろうとしても簡単なことではない。そこで狙われたのが取引先だ。

 小島プレス工業はトヨタの一次仕入れ先(ティア1)で、インテリアなど内外装部品を納品している。この会社が22年2月、ランサムウエア攻撃を受けた。ウイルスにより同社のサーバーが暗号化され、トヨタとの部品受発注システムが停止した。トヨタの強みのひとつである「ジャスト・イン・タイム」は、極力、部品在庫を持たない生産システム。その代わり、ひとたび部品が入ってこなくなると、その被害は甚大なものとなる。

 実際、トヨタは小島プレス工業からの納品がストップしたことで、国内全14工場28ラインを、丸1日全面的に停止した。これにより1万3千台の車両生産が遅延、その損失は、500億円にも及んだとも言われている。

 この時にトヨタが取った対策は、冒頭のアサヒGHDと似通っている。まず小島プレス工業は社内サーバーをすべて停止。そのシステムが復旧しない状態で、トヨタはファクスなどの代替手段で受発注を行った。これにより1日後に生産を再開できたということは、もしもの時の備えがトヨタにはできていたということだ。ただし、小島プレス工業のシステムが完全復旧するには3カ月ほどかかっている。

 以上、近年、話題となったサイバー攻撃を受けた3つの例を見てきたが、表面化していないケースも多く、実際には毎日のように被害が出ている。警察庁が公表しているデータにちよると、昨年、ランサムウエア被害の報告件数は226件、サイバー犯罪の検挙件数は約1万5千件、不正送金事犯の発生件数は4747件で被害総額は103億円、フィッシング報告件数は245万件にのぼる。今では中小企業も個人も攻撃を受ける可能性がある。

 ではどうやって被害に遭わないようにするべきなのか。現実問題として考えれば、それは極めて困難だ。いくら対策を立てたところで、トヨタのように取引先が攻撃を受ければ、それによって生産が止まることもある。

 そこで重要になってくるのは、攻撃を受けることを前提に、被害をどれだけ小さくできるかという考え方だ。例えばハッカー等に侵入されたら、ネットワークを即時に遮断する。さらには代替手段を用意しておく。そのためには、いざとなったらアナログ時代のやり方に回帰するという決断が必要であり、そのノウハウを社内で持ち続ける必要がある。

 それだけではない。一度被害を受けた場合、システムの完全復旧には時間がかかり、その費用は膨大なものとなる。そこでサイバー攻撃保険などに加入しておくなど、そのコストをいかにカバーするかを考えておく必要がある。

 その意味では、自然災害と同じようなものかもしれない。地震にせよ台風にせよ防ぐことはできない。ただし備えておくことで、その被害を抑えることは可能だ。次稿以降、その参考になる事例を紹介する。