日本の「クール」を世界に広める目的で設立された「クールジャパン機構」が赤字にあえいでいる。世界で人気を集める日本のアニメ・漫画も対象なのだが、事業としては大失敗。累積赤字は500億円を超える。そこから政府主導で進める官民ファンドの限界が見えてくる。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2026年9月号より)
投資先を選ぶ 目利き力に誤算
官民ファンド「クールジャパン機構」(海外需要開拓支援機構)の経営が土俵際に追い込まれている。6月24日に発表された2025年度決算では累積赤字が540億円に広がり、426億円以下に抑えるとしていた目標を大きく超過。経済産業省は他のファンドとの統合や廃止の検討を始める考えだ。そして、このように「政府主導の投資がうまくいかない」のはクールジャパン機構に限った話ではなく、他の官民ファンドや国産ジェット旅客機の開発の失敗など、例は少なくない。なぜ国が前面に立ったプロジェクトがうまくいかないのか、今後、政府はどう向き合っていくべきなのか考えてみたい。
クールジャパンとは、世界から「かっこいい(クール)」と思われる日本の文化や商品のこと、または、それらを海外に発信し、日本のブランド力強化や経済成長などにつなげようという政府の戦略を指す。
対象は、アニメ、漫画、ゲームなどのポップカルチャーからファッション、現代アート、伝統工芸、日本食まで幅広い。
日本文化の人気の高さは想像以上だ。筆者がよく接する東南アジアの20代、30代の「日本シンパ」の若者たちが日本を好きになったきっかけの多くが、子供のころ楽しんだ日本のアニメや漫画。もっとも、それらを海賊版サイトを通じて見ていたケースも多く、解決しなければならない課題といえる。
クールジャパン機構は政府が大半を出資する株式会社で、日本文化で海外展開を目指す企業・団体を資金支援する。第2次安倍晋三政権の成長戦略の柱の一つとして13年11月に設立された。民間金融機関が手を出しにくいリスクの高い海外展開案件に、政府の信用力を背景とした「リスクマネー」を投じて呼び水とし、最終的には民間主導の投資循環につなげることを目指してきた。
今年4月現在、機構による総投資額は約2040億円、案件総数は83件に達した。投資先を分野ごとにみると、「ファッション・ライフスタイル」726億円・26案件、「メディア・コンテンツ」616億円・18案件、「インバウンド・その他」491億円・21案件、「食・サービス」207億円・18案件となっている。
しかし、機構の決算を見ると、その取り組みが成功してきたとは言い難い。25年度決算では前述の通り、累積赤字が540億円まで拡大。単年度の純損益も156億円の赤字で、前年度の14億円の黒字から再び赤字に転落した。
今回の赤字拡大の直接の引き金となったのは、人工クモ糸などのバイオ繊維を開発するスタートアップ「スパイバー」(山形県鶴岡市)への出資がいい結果に終わらなかったことだ。機構が約140億円を投じた同社だが、販売先の確保に苦しみ、24年12月期に295億円の純損失を計上。26年3月に債務超過で私的整理に入った。機構はその影響で機会損失を計上することになったとみられる。この結果を見ると、機構は投資先を選ぶ「目利き」を誤ったとの批判は免れないだろう。
機構の投資先には、ほかにも危なっかしいものがある。
例えば、沖縄の大型テーマパーク「ジャングリア沖縄」を手掛けるマーケティング会社「刀」への約80億円の出資だ。
刀は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを回復させた森岡毅氏が率いており、25年7月のジャングリア沖縄のオープン時は大いに注目されたが、集客に苦しみ、先行きにも厳しい見方が上がっている。
政府は機構の累積赤字に関し、26年3月末時点で426億円に抑える目標を掲げていた。しかし、実際にはそれをはるかに上回る額に達し、政府は7月にも検討会を作って対応策を話し合う。
政策ありきで二の次にされる経済合理性
クールジャパン機構は、国の政策目標を実現するため政府と民間企業が共同出資して立ち上げる「官民ファンド」の一つだ。巨額の損失を出しているファンドも少なくなく、会計検査院の調べでは、23年度末時点で、23の主要官民ファンドのうち、クールジャパン機構を含む14のファンドが累積赤字を抱えていた。
このうち、農林漁業の6次産業化を後押しするため13年に設立された農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)は、食品加工会社や農業法人に投資するなどしていたが、投資先の不振が相次いで累積赤字が拡大し、26年3月、解散に追い込まれた。農林水産省の有識者会議による検証報告書は、「収益の過大な見積もり」や「投資規模に見合わない高コスト体質」を経営悪化の主因であるとした。
さらに目を広げると政府主導の産業政策でも、同じ失敗が繰り返されてきた。
典型例が、三菱重工業の国産ジェット旅客機「MRJ」(後にスペースジェットに改称)だろう。03年に経産省の研究開発支援事業として採択され、08年に三菱重工が事業化を決めて、子会社の三菱航空機を設立した。
国は研究開発支援などで約500億円を投じ、戦後初の国産旅客機「YS-11」以来となる「日の丸ジェット」に期待を込めた。しかし機体の安全性を証明する「型式証明」取得に必要な専門知識やノウハウが足りず、納期は計6回延期。需要見通しも想定を大きく下回った。開発費は最終的に約1兆円まで膨張。23年2月、三菱重工は「事業性を見通せない」として開発中止を正式発表し、約20年に及んだ官民一体の挑戦は、商業的な成果を生まないまま、幕を閉じることになった。
なぜ、国が関与するプロジェクトが失敗に終わるケースが少なくないのだろうか。
最大の理由は、「政治的インセンティブ」と「ビジネスの論理」がかけ離れているからだ。
官民ファンドや大規模な産業政策は、しばしば「政策目標」を優先するあまり、経済合理性が二の次にされる。担当する官僚は、数年ごとに人事異動で入れ替わる。そのため、長期的な収益責任を負うよりも、「いかにして大きなプロジェクトを立ち上げたか」「華々しい目標を掲げたか」という実績作りが優先されがちだ。
とくに産業政策を主導する経済産業省に対しては、「花火を打ち上げるだけ打ち上げて、誰も結果の責任を取ろうとしない」と言う悪口が他省庁の関係者から聞こえてくる。
また、リスクへの認識の甘さも指摘できる。民間の投資家は資本を損なうリスクにとても敏感だ。一方、特に官民ファンドの資金は税金であり、組織が倒産しても官僚個人が私財を投じるわけではない。この「他人の金」という感覚は、投資の規律を緩め、安易な出資を招きやすい。
必要なのは出口戦略と損切りライン
専門性の欠如も致命的だ。急速に変化するグローバルなビジネス環境で、リスクを評価し、適切なタイミングで撤退を決断するには、高度な専門スキルと現場の知見が必要となる。市場の需要予測を正確に読む見識も必要だ。
だが、政府主導の組織では、過去の慣例に縛られた意思決定や、政治圧力への配慮が優先されるため、簡単にやめられず、市場の変化にも追いつくことができない。失敗を繰り返さないためには、産業政策のあり方を根本から見直す必要がある。
まず、「出口戦略」を事前に設定することが不可欠だ。投資開始の時点で「いつ、どのような条件で撤退するのか」という「損切りライン」をはっきりさせなければならない。目標が未達の場合、政治的メンツを捨てて速やかに解散・縮小する仕組みを制度化する必要がある。
また、評価手法をより多角化・現実的なものにすることが求められる。官民ファンドの場合、設定されたKPI(重要業績評価指標)などに照らしながら政策目的を達成できたかなどを検証される。ただ、そのKPIは各ファンドが自ら設定するので、達成しやすいものになりがちとも批判される。
さらに、MRJへの研究開発支援のように官民ファンドという形を取らないものは、この検証の対象に含まれない。会計検査院による会計検査や国会での質疑が事後的な検証方法として残るのみだ。政府は官民ファンド、補助といった官民連携の形にとらわれず、投資判断の段階から外部の専門家が継続的にモニタリングする体制をつくりあげるべきだろう。
政府は今夏の成長戦略に、「AI・半導体」「情報通信」「防衛産業」など戦略17分野への官民投資額を40年度までに合計370兆円超にすると盛り込んだ。再び同じ過ちを繰り返し国費をドブに捨ててしまわないよう、慎重に進めていくことが求められる。