寝具メーカーから、睡眠のあらゆる悩みを解決する“睡眠ソルーション企業”へと着実に変貌を遂げるnishikawa(西川)。今年2月に理系・生え抜きで社長に就任した竹内雅彦氏は、全国の店舗網でのアナログの接客と睡眠データの活用というデジタルの両面から顧客フォローを展開し、2026年を第2の創業と位置付ける。その狙い、戦略について聞いた。聞き手=羽富宏文 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年9月号より)
竹内雅彦 西川のプロフィール
たけうち・まさひこ 1970年生まれ。東海大学海洋学部船舶工学科を卒業後、実家が縫製工場であったことから繊維業界を志望し、造船会社への推薦を断って93年に西川産業入社。2019年に取締役営業副統括・営業統括。23年から執行役員イノベーション・マーケティング戦略事業部統括。25年に西日本営業統括、26年2月より現職。睡眠時間は7時間前後。
460年の歴史背負う これまでの現場経験を経営に
―― 今年2月の社長就任から約半年、今の心境は。
竹内 就任前は、460年という歴史を背負う責任の重さが強くのしかかっていました。特に創業から続く「眠りを通じて人々の生活を支える」という使命を、どのように次の時代へつなぐのか。その重圧は想像以上でした。
しかし、実際に社長として社内外の多くの方々と対話を重ねる中で、徐々に手応えを感じるようになりました。社員一人一人の熱量、パートナー企業の期待、そしてお客さまの声。それらが「まだまだ進化できる」という確信につながっています。
就任時に「第2の創業」を掲げたことで、会社全体が前向きな緊張感を持ち始めました。歴史を守るだけでなく、未来をつくるフェーズに入ったという空気が社内に広がっています。
これまで培ってきた歴史を受け継ぐ責任の重さは感じていますが、一方で手応えもあるというのが、今の実感です。当初よりも、やるべきことの輪郭が明確に見えてきましたし、自分自身も、“守る経営”から“攻める経営”へと意識が変わっています。
―― 初の“生え抜き”としての社長就任をどのように受け止めていますか。
竹内 一般的な企業では、生え抜き社長は珍しくありませんが、長らくオーナー家と外部招聘の経営者が社長に就いてきました。その中で、現場を知っている自分が社長に就任したことには意味があると感じています。
私は営業、本部、マーケティング、直営店、海外部門など、さまざまな部署を経験してきました。その過程で現場の課題も、組織の強みも、そしてお客さまの声も肌で感じてきました。だからこそ、今の自分の役割は、これまでの経験を踏まえて、会社に恩返しすることだと思っています。
現場を知る生え抜き社長ということで、今まで以上に現場の声を尊重してくれるという、社員の安心感にもつながっているように感じます。
われわれは460年の歴史を持つ企業ですが、歴史が長いほど変わることが難しくなる側面もあります。その中で、現場を知る自分が旗を振ることで、改革のスピードを上げられるのではないかと考えています。
―― 西川康行会長兼CEOとの日々のコミュニケーションはいかがですか。
竹内 西川会長が社長に就任した約20年前から、さまざまなプロジェクトをゼロから一緒に進めてきました。
特に、日本睡眠科学研究所の活用や、「エアー」シリーズの開発などわれわれの“変革の第一章”ともいえる取り組みを共に経験してきました。西川との関係は上司と部下というより、戦友であり、尊敬する経営者です。経営者としての視点や判断軸は異なる部分もありますが、互いに尊重し合いながら、率直に意見を交わせる関係です。
西川は「nishikawa次の時代をつくるのは若い世代しかいない」と常々発言しています。その言葉に背中を押される形で、私も改革のアクセルを踏むことができています。
超アナログ×超デジタルでブランド昇華へ
―― 超アナログ×超デジタルの二刀流経営を掲げる狙いを教えてください。
竹内 当社の最大の強みは全国に広がる店舗網と、そこに所属する“眠りのプロ”の存在です。これはどれだけデジタルが進化しても代替できないアナログの強みです。
一方で睡眠の世界は今、デジタルによって大きく変わろうとしています。睡眠深度の計測、バイタルデータの取得、AIによる睡眠解析。こうしたデジタルツールは、個々の睡眠課題を可視化して、顧客に対して、より精度の高い提案を可能にします。
デジタルで課題を可視化し、アナログの現場でプロが寄り添い、最適な睡眠環境を提供する。この循環こそが、他社には真似できない価値だと考えています。
―― 寝具メーカーから“睡眠ソルーション企業”への深化を掲げています。今後の方向性は。
竹内 われわれは460年の歴史の中で商品も商流も時代に合わせて変化させてきました。蚊帳から寝具へ、行商からSPAモデル(素材選び~店頭演出までを一環して行う企業)へと進化してきたのもその一例です。
今後は快適な睡眠環境づくりや、個々に合わせた睡眠の問題解決の提案など、睡眠の前と後まで含めた価値の提供を進めていきます。
経営目標として掲げる「睡眠の社会課題化」「睡眠のパーソナライズ」「睡眠のデータ化」をより一層進めていくため“睡眠の総合プラットフォーム”を構築しようと考えています。
―― 大谷翔平選手との契約など、PR戦略が注目されています。狙いは何ですか。
竹内 大谷選手は「睡眠=パフォーマンスを最大化するもの」という、睡眠の本質を会得している存在です。こうしたトップアスリートの睡眠についてのメッセージを通じて、睡眠の重要性を社会に広く伝える狙いがあります。
アスリートのCM起用は“睡眠は昼間のパフォーマンスを高めるための投資”という価値観を広めるための戦略でもあります。
また、若年層への認知拡大という意味でも大きな効果がありました。かつては高齢者中心だった寝具市場が、今ではビジネスパーソンや学生にまで広がっています。
―― 人口減少による市場縮小の中、睡眠市場は拡大しています。どう対応していきますか。
竹内 人口減少により市場規模が縮小するのは事実です。しかし、価値ある商品を提供すれば顧客単価は上がり、市場は維持・成長します。
また、睡眠に悩む人は日本人の約3分の2にのぼるとされています。この方々に向けて適切な睡眠を可能にする価値を提供できれば、まだまだシェア拡大の余地はあると考えています。
―― “スリープマスター”はどのように育成しているのですか。
竹内 専門の育成プログラムを設けています。単に寝具の説明をするのではなく、睡眠の知識、寝室環境の理解、ありとあらゆる顧客の睡眠の悩みを解決するコンサルティング力を兼ね備えたプロフェッショナルを育成しています。
全国各地に多数のスリープマスターがいることは当社最大の強みです。
今、スリープマスターにはデジタルデータを活用した提案力が求められています。AI睡眠解析やバイタルデータを読み解き、個々の睡眠の課題に合わせたソルーションを提供できるスリープマスターへと進化させていきます。
海外展開と店舗倍増へ “まずやってみる”を大切に
―― 睡眠ソルーション事業の今後の展開は。
竹内 顧客のバイタルデータを活用し、健康経営・介護・モビリティ・ホテルなど異業種との連携を進めています。
さらに、海外展開はこれから本格化させていきたいと考えています。特に今後本格的な高齢化を控える東南アジア諸国、日本と比べて、睡眠の質にこだわる富裕層の市場が大きいアメリカ。これらの国々はnishikawaのグローバルな発展への可能性を秘めた市場です。そういう意味では海外展開は本腰を入れてやっていきたいです。
―― Eコマース市場での競争が激化する中で、御社の強みは何ですか。
竹内 最大の強みは全国の店舗、そしてそこにいる眠りのプロ、スリープマスターの存在です。
スリープテック企業の多くがEコマース偏重から店舗販売回帰に動く中、われわれはすでに全国に店舗を持ち、対面による顧客への体験価値を提供できるベースが整っています。
さらに、40年以上の睡眠科学研究に基づく商品開発や、医療機関・大学との共同研究によるエビデンスも強みです。
デジタルとアナログの両輪を持つ、このハイブリッドモデルこそが、われわれの優位性だと考えています。
―― 460年企業としての伝統を、どのように昇華していますか。
竹内 われわれが最も大切にしてきたのは、近江商人の精神である、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」です。
やっぱり変わらない本質というところは絶対変えちゃいけないと思いますし、一方で進化を続けていかないと500年までは絶対に続きません。この変わらない本質と、新たなサービス提供などの進化の姿勢を両立させていくことが、nishikawaブランドを昇華させることにつながると考えています。
―― 第2の創業を掲げる理由と、具体的な経営目標を教えてください。
竹内 460周年を「第2の創業」と位置付けたのは、経営モデルそのものを切り替えたかったからです。
これまでのように寝具を売るだけではもはや会社は成り立ちません。睡眠ソルーション企業として新たなフェーズに入る必要があります。具体的には、ねむりの相談所・専門店を5年以内に500店舗から倍の1千店舗へ拡大したいと考えています。
また、商品購入の顧客共通IDであるnishikawaIDを中心とした顧客基盤の質と量の強化。さらに企業向け睡眠ソルーション事業の継続的成長。そして米国・台湾法人の設立と出店を起点とするグローバル展開。これらはすべて“睡眠プラットフォーム企業”への進化に向けた布石に他なりません。
―― 社長として今、最も重視していることは何ですか。
竹内 AIが進化するほど、人(ヒト)の価値がより高まると考えています。
社員一人一人が主体的にチャレンジできる風土づくりを急ピッチで進めています。当社の社員に多い「考えすぎて動けない」状態を脱して、成功確率7割なら「まずやってみる」という文化をもっと根付かせたい。
情熱なくして事業は成立しません。人が動けば、会社は必ず進化すると信じています。