前回、千恵子さんにご登場いただいたのは2017年のことでした。当時はハワイでサロン経営をされていましたが、今は子どもたちに起業家教育を広げています。お金を学ぶこと、価値をつくること、そして世界で食べていく力とは何か。その歩みと教育への思いを、久しぶりにお話を伺いました。構成=佐藤元樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2026年9月号より)
イゲット千恵子 CEOキッズアカデミーのプロフィール
いげっと・ちえこ 神奈川県生まれ。外資系企業勤務を経て起業し、2004年にハワイへ移住。サロン事業やスパ経営を手掛け売却。18年「CEOキッズアカデミー」を設立。著書に『経営者を育てるハワイの親 労働者を育てる日本の親』(経済界)など。
正解を探す教育から 価値をつくる教育へ
佐藤 千恵子さんとこうしてお話しするのは久しぶりですね。前回はハワイでのサロン経営や美容事業のお話が中心でしたが、その後、子ども向けの起業教育へと活動が広がっています。
イゲット 経済界さんから『経営者を育てるハワイの親 労働者を育てる日本の親』を出させていただいたことが、大きなきっかけでした。あの本を書いて終わりにするのではなく、内容を体系化して日本の子どもたちに届けたいと思ったんです。日本人は勤勉で真面目ですが、言われたことを正確にこなす力が強い一方で、変化に合わせて自分で考え、動く経験が少ない。受験も一つの正解に近づく力を求めますが、これからは点数で測れる力だけでは足りません。
佐藤 起業しても、変化に対応できないと行き詰まることがありますね。
イゲット アメリカでは、幼い頃からトライ&エラーを重ねます。これが駄目なら別の方法でやってみよう、という感覚が自然にある。失敗してもまた挑戦できる空気があります。そこで18年に、6歳からのビジネススクール「CEOキッズアカデミー」を立ち上げました。ビジネスやお金の仕組みは世界共通のルールなのに、日本の子どもたちは社会に出るまでほとんど学びません。だから、まずはお金の作り方や、社会の中で自分がどんな役割を果たせるのかを学んでもらいます。
佐藤 お金を教えることに抵抗を持つ親御さんもいそうです。
イゲット 私たちが教えているのは単なるお金儲けではありません。例えば「お手伝いをしたらお小遣い」では、日雇い労働のようになってしまう。そうではなく、家族の一員として1カ月間責任を持って役割を果たし、その対価としてお給料をもらう感覚を身に付ける。起業の根底にあるのは、「社会の不便を改善したい」「困っている人を助けたい」という思いです。そこがなければ、人もお金も集まりません。
佐藤 実際に子どもたちは、どんなことを学ぶのですか。
イゲット 私たちの授業は、先生が答えを教える塾とは違います。「これはいくらで売る?」「どんな価値を付ける?」「誰に協力してもらう?」と質問し、子どもに考えさせます。ワークブックに模範解答はありません。子どもの答えは全部合っている。行動してみて、うまくいかなければ次の方法を考えればいいのです。
佐藤 印象に残っている子はいますか。
イゲット 小学校5年生の男の子で、そうめんが大好きな子がいました。
全国のそうめんを取り寄せ、自分で100種類ほどのレシピを作るほどでしたが、ある時「そうめんは夏しか売れないから、手延べそうめんの工場が減っている」と気付いたんです。そこで、外国人にも一年中食べてもらえるように、トマト味やニンニク味、ごぼう味などを麺に練り込んだオリジナルそうめんを考えました。
佐藤 そのアイデアを、実際に商品にしていったんですか。
イゲット クラウドファンディングを2回行い、約130万円を集めました。その資金をもとに工場へ製造を委託し、自分のパッケージも作りました。最初はビジネスコンテストのステージで泣いてしまうほど弱気な子でしたが、そうめんを広めたい、工場を守りたいという思いが彼を変えた。今ではテレビ取材に答え、海外では英語でプレゼンもできるようになりました。
佐藤 好きなことが、社会課題に気付く入口になるわけですね。
イゲット ビジネスを学ぶ中で社会の仕組みが見えてくると、学校の勉強にも意味があると気付くことがあります。英語ができた方が仕事が広がる、数学を知らないと人にだまされるかもしれない。そうやって、自分から学ぶ理由を見つけていくんです。これまで約4千人が受講し、親御さんも驚くほど変わります。
佐藤 どう変わっていくのですか。
イゲット 授業では親子で取り組む宿題も出していて、「うちの子がこんなことを考えていたなんて知らなかった」「営業なんてできないと思っていた」といった声もあります。最近はお父さんの参加も増えています。社会に出ているからこそ、こういう力が必要だと実感されるのだと思います。
自分の価値を伝える力を育てる
佐藤 親御さんにとっても、子どもの新しい一面に気付くきっかけになりそうですね。
イゲット 日本の子どもたちは真面目で基礎学力も高い。だからこそ、自分の価値を低く見積もらず、作ったものに適切な価値を付け、堂々と伝える経験が必要です。日本には良いものがたくさんありますが、それを高く売ることや、自分から営業に行くことにはまだ苦手意識があります。だからこそ、小さい頃から価値を伝える練習をしてほしいのです。
企業にも、子どもや若者の挑戦を応援する文化がもっと広がってほしいですね。
佐藤 今後の目標はありますか。
イゲット 起業家教育を小学校教育に入れてもらいたいです。小学生は一番吸収が早い時期です。自分の好きなことや個性に気付き、それを社会につなげる経験を早くから積めば、日本の未来は変わります。どんな時代でも、どんな場所でも、自分の力で食べていける子を育てる。それが子育ての一つのゴールだと思います。
佐藤 子どもの「好き」が社会とつながり、未来を切り開く力になる。そんな可能性を感じますね。