米菓のリーディングカンパニーである亀田製菓のジュネジャ レカ ラジュ会長と洗浄剤、消毒剤、うがい薬といった衛生用品を販売するサラヤの更家悠介社長。一見、接点のない2人だが、インドと微生物という2つの縁でつながっている。どんな関係なのか。司会=佐藤有美 Photo=藤岡修平(雑誌『経済界』2026年9月号より)

ジュネジャ レカ ラジュ 亀田製菓のプロフィール

ジュネジャ レカ ラジュ・亀田製菓
亀田製菓会長 ジュネジャ レカ ラジュ
1952年生まれ、インド出身。84年に大阪大学工学部に微生物学の研究員として来日。89年名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程を修了。同年太陽化学に入社し2003年副社長。14年にロート製薬副社長兼最高健康責任者(CHO)に就任。20年に亀田製菓副社長に就任。22年6月から会長CEO。

更家悠介 サラヤのプロフィール

更家悠介・サラヤ
サラヤ社長 更家悠介
1951年生まれ。74年、大阪大学工学部卒業。75年、カリフォルニア大学バークレー校工学部衛生工学科修士課程修了。翌年サラヤに入社し、取締役工場長。80年に専務、98年に社長。89年には日本青年会議所(JC)会頭を務める。2014年、渋沢栄一賞受賞。24年関西日印協会を設立、会長に就任。

ともに微生物を学んだ 2人の経営トップ

―― ジュネジャさんはインド出身、更家さんはインドで事業を展開と、インドというつながりだけでなく、大阪大学でともに微生物学を学んだ同窓だそうですね。不思議な縁で結ばれています。

更家 私は1974年に卒業なのですが、その後ジュネジャさんが入学したそうですね。

ジュネジャ はい。当時は田口先生や大島先生、岡田先生といった素晴らしくも厳しい先生方がいらっしゃいました。

更家 大島先生、懐かしいですね。あの先生はめちゃくちゃ厳しい人だった。

ジュネジャ そうでしたね。でも、あの厳しさがあったからこそ、私たちは鍛えられました。微生物の研究というのは、生き物が相手ですから、人間の都合に合わせてくれない。だから私たちは夜中もずっと実験室にこもって研究をやっていました。夜中に別の先生がやってきて、「おい、お前ら。家へ帰らないのか」と言われるのですが、それに対する答えはいつも「微生物が眠ってくれないから、僕たちも眠れないんです。だから帰れません」。

更家 本当にそうでしたね。微生物研のドアはいつも開いていて、48時間ぶっ続けで物質の動態を追いかけていました。

ジュネジャ 1時間おき、2時間おきにサンプルを取らなきゃいけないから、帰れるわけがない(笑)。みんなで泊まり込んで、夜になると先生も一緒になって鍋を作って突っついていました。そうやって寝る間も惜しんで勉強していました。

―― そんな微生物研究室出身の2人が、今ではともに経営者となりました。

更家 一般的に社長やCEOの多くが、営業出身やマーケティング、財務などの数字を扱う部署の出身です。私たちのように、微生物学や発酵技術といったバイオテクノロジーのバックグラウンドを持つ技術者が経営トップにいるケースは非常に珍しい。

ジュネジャ 昔はよく「お前たちは技術しか知らないから、経営の数字が分からない」なんて言われたりもしました。でも、私は「数字が先」にある経営は本質ではないと思っています。何を消費者が気に入って、何に対して価値を感じて買ってくれるのか。その商品への深い理解があって初めて、後から数字が動いてくるものです。

更家 技術が生きる現場を知っているからこそ、商品の本当の価値を見抜ける。ジュネジャさんの経営方針をお聞きすると、その技術者としての魂と、ブレない経営理念が一本通っていて、非常に共感するところが多いです。

日本とインドは強力な補完関係

―― ジュネジャさんは昨年の経済界大賞で、優れた多様性推進の経営者に贈られる「ダイバーシティ賞」を受賞されました。

ジュネジャ その時の大賞は、伊藤忠商事の岡藤(正広)会長でした。岡藤さんは私の尊敬する経営者です。同じステージに上がれた時は、本当にうれしくて感極まりました。伊藤忠さんは常に新しいフィールドを見据えて投資をされている。亀田製菓がビジョンとして掲げる「ライスイノベーションカンパニー」を実現するためにも、あの姿勢は見習いたいですね。

更家 亀田製菓さんのお菓子は、日本国内で見ない日はないですからね。定番商品ももちろんですが、全国どこへ行っても、ご当地コラボの「ハッピーターン」や「亀田の柿の種」が売られている。福岡なら明太子味とかね。あの圧倒的な水平展開の強みを海外へ持っていけば、さらにものすごいバリエーションと市場が広がるのではないですか?

ジュネジャ 戦略的にはまさにその海外展開を加速させているところです。ただ、日本で長年愛されてきた歴史ある「亀田の柿の種」をそのまま海外へ持っていっても、あの絶妙な形状や空洞のこだわり、お茶うけやおつまみとしての需要は、向こうの消費者にはなかなか伝わりにくいという課題もあります。

更家 確かに柿の種というコンセプト自体が日本独特のものですからね。

ジュネジャ 反対に、海外の消費者にとって直感的に分かりやすい「うす焼」のような商品が、思いがけないほど売れたりします。自分がすごいと思っている商品を世界で売るのではなく、世界の人々が今何を欲しがっているのかに耳を傾けることがとても大切です。そもそも、欧米などでは米の文化自体があまり浸透していませんからね。

更家 アジア圏ならベトナムや中国などで多少馴染みがありますが、世界全体で見れば「お煎餅」というジャンルはまだまだ開拓の余地があるフィールドですね。でもハッピーターンは世界に通用する米菓のような気がします。

ジュネジャ 私もそう思います。ハッピーターンのあのハッピーパウダーなんて、まさに魔法の粉でしょう?あれこそがわが社の誇るクラフトマンシップです。美味しさ、食感、そして長年培ったブランド力。その普遍的強みをどう世界に届けていくかが勝負だと思っています。

―― ところで、更家さんは2024年12月に、関西日印協会を設立し、日印の架け橋としての活動を行っていて、更家さんはその会長を務めています。なぜこの協会を立ち上げようと思ったのですか。

更家 1990年代、多くの日本企業が一斉に中国市場へ進出しました。中国は急速に発展し、今やものづくり大国となりましたが、一方で土地はすべて国の所有、コンプライアンスなどの面でも、外資企業にとって必ずしも環境に恵まれているわけではありません。そのため撤退した企業も多くあります。

 一方、インドはこれから爆発的な発展のフェーズを迎えます。何より人口動態が素晴らしい。30歳未満の若い世代が人口の6割から7割を占めている。さらに、インドの経済構造はITやソフトウエアが50%近くを占めており、これはアメリカの27%をも凌駕しています。

 ということは、ハードウエアや精密なものづくり、さらにはガバナンスに強みを持つ日本と、ソフトウエアや若いエネルギーに溢れるインドは、非常に強力な補完関係にあると考えているのです。だからこその架け橋です。

ジュネジャ まさにその通りです。東京には外務省がバックアップする日印協会がありますが、関西日印協会は経済産業省がバックアップしています。このビジネス中心の協会であることが非常に意義深いと思います。

甘味料「ラカント」でサラヤと亀田がコラボ?

―― サラヤもまた、インドをはじめとするグローバルな市場で非常にユニークな存在感を発揮されています。

更家 サラヤは現在、海外29カ国、国内は57拠点を展開しています。インドには2018年にデリーにある「ミステア」という、病院向けのペーパーロールや手洗い洗剤を扱っている現地企業をM&Aして進出しました。7割の株式を取得し、残りの3割は現地のオーナーに残して経営を任せしていたのですが、コロナ禍を経てオーナーがイグジットを希望されたため、残りの3割も買い取って完全子会社化しました。

 今はメーカー部門への投資に力を注ぎ、メディカル領域や、当社の強みである植物生まれの甘味料「ラカント」の展開を進めていこうと考えています。

ジュネジャ ラカントは素晴らしい商品です。私がロート製薬にいた頃、中性脂肪を下げるペプチドなどの機能性食品を開発したのですが、ラカントを販売されているサラヤさんと一緒に何かコラボできないかと検討したことがありました。

更家 話をインドに戻すと、インドでは今、糖尿病の患者数が爆発的に増えています。ですから砂糖の代わりにカロリーゼロのラカントを普及させることは、現地の公衆衛生においてすごく大きな意味を持ちます。

ジュネジャ ラカントは確か、ウリ科の植物である羅漢果由来の成分ですよね。

更家 その通りです。中国で羅漢果から一括抽出しています。ラカントは厳しい安全基準で知られるアメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)の認証も得ています。こうやってジュネジャさんとのご縁もできたことですし、将来的には亀田製菓さんの誇るお米の加工技術と、うちのラカントがコラボしてロカボ(低糖質)時代に向けた新しいお煎餅などを作れたら面白いですね。

ジュネジャ 非常にエキサイティングなアイデアですね。

 経営において一番危険なのは、「すべての技術を自社で抱え込み、自分たちだけで何でもできる」と思い込む「自前主義」です。自前主義に陥った瞬間、企業の成長は止まってしまいます。組織の幹や理念がしっかりとしていれば、外にある多様なアセットや、違う水、違う血をどんどん混ぜ合わせることで、何倍にも大きな実を結ぶことができるはずです。この素晴らしいご縁を大切に、世界中の人々の健康と幸せに貢献していきましょう。