眼鏡・コンタクトレンズ・補聴器の販売を行う販売店「眼鏡市場」を全国に1000店以上展開し、EC「LensDirect」でコンタクトレンズのオンライン販売も行う、メガネトップ。冨澤昌宏氏は入社から4年で社長に就任したが、そのスピーディーな承継の裏側を会長、社長の親子に聞いた。聞き手=安田勇斗 Photo=船津 学(雑誌『経済界』2026年10月号より)

冨澤昌三・冨澤昌宏 メガネトップのプロフィール

メガネトップ
左:メガネトップ会長 冨澤昌三
とみざわ・しょうぞう 1944年生まれ。福井県出身。76年、静岡県静岡市に「メガネの平和堂」を創業。80年、同市内でメガネトップ設立、社長就任。2009年より現職。

右:メガネトップ社長 冨澤昌宏
とみざわ・まさひろ 1981年生まれ。静岡県出身。大学卒業後、広告代理店勤務を経て、2005年にメガネトップ入社。グループ会社のフィットミー社長、メガネトップ常務を歴任。09年より現職。

ワンプライス店「眼鏡市場」で売上高業界トップに立つ

── 会長は眼鏡の主要生産地である福井出身ですが、なぜ静岡を創業の地に選ばれたのでしょうか。

昌三 私は21歳の頃から、福井を拠点に眼鏡の行商をしており、全国を飛び回っていました。しかし、眼鏡業界の伝統的な慣行として手形決済があり、現金化まで6カ月、あるいは、長い場合だと10カ月かかることもあったので、現金商売をしてみたいと考えたのです。

 そこで、眼鏡の小売りをすることにして、どこが良いかと地図を眺め、「東京は街が大き過ぎる」「大阪も人が多い」と思い、「静岡ならばちょうど良い規模ではないか」と考えました。福井は11月から3月までと、冬が長い場所です。静岡は気候も福井と比べれば暖かで、1年中商売ができそうだと思ったのです。

 創業当初は「静岡で、平和に、家族が幸せに暮らせれば良いな」といった想いでスタートしました。しかし、順調に進むと、まず静岡でトップになりたい、次いで日本一になりたい、といった野心が生まれたのです。社名のメガネトップも、それに由来しています。

 創業4年目の頃から店舗数を増やし始めました。急速に成長できたのは、人材に恵まれたことが大きな要因だと考えています。

昌宏 私は、法人としてのメガネトップ設立の翌年に生まれています。物心ついた頃の父は、経営だけでなく店舗営業にも携わっていたので忙しく、子どもの頃はあまり一緒に過ごした記憶はありません。私は姉が2人いるのですが、それぞれ10歳と9歳、離れています。私が小学生の頃には、姉たちはすでに大学生で東京におり、母と2人で過ごす時間が長かったように思います。

 しかし、会社には幼い頃から愛着がありました。私がメガネトップの社長の息子であるのは、友人も地域の方々も知っており、自分も「社長になる」と小学校の卒業文集に書きました。もっとも、当時は会社の規模や経営の大変さは、まったく理解していませんでした(笑)。

昌三 経営についていうと、ナンバーワンになりたいとの思いから「メガネトップ」という社名にしましたが、業界の3番手、4番手あたりにはなれても、その上へはなかなか行けませんでした。そこで昌宏が入社する頃、私は当時、全国に300ほどあった店舗を自分の目で見ることにしたのです。

 まず、お客さまの志向が眼鏡をブランドではなくデザイン性やコンセプトで選ぶ方向へ変化していると、気付きました。

 また、業界の全体的な課題として、お客さまはチラシやCMで安い眼鏡があると知り来店しますが、スタッフと話しているうちに高い商品を購入する流れもありました。これは、お客さまにとって大きな不安要素となります。

 そこで、1万8千円のワンプライスで販売する、安心感が得られる店として、眼鏡市場を立ち上げました。メガネトップの看板のままだと従来のイメージが邪魔をしてしまうので、新たなブランドをつくったのです。眼鏡市場という店名は、次女のアイデアです。18(イチバ)という価格設定や、豊富な品揃えが分かりやすい名前との意図があります。

 試験的に営業を始めると想定以上の反響があり、全国へ展開しました。それが2012年に、売上高で業界トップに立つ原動力となりました。

眼鏡市場立ち上げ時の写真(提供:眼鏡市場)
眼鏡市場立ち上げ時の写真(提供:眼鏡市場)
眼鏡市場立ち上げ時の写真(提供:眼鏡市場)

会社を理解するため 昌宏氏が任されたIR活動

── 昌宏さんは大学卒業後、他社に在籍した時期があります。

昌三 これは、私の考えも理由の一つです。事業承継を考えているのであれば、まずメガネトップとはまったく異なる業種の会社で、組織や世の中の仕組みを理解してほしいとの想いがありました。経営者は、商品のことだけでなく幅広く業務、知識を習得する必要があります。さまざまな物事を知ってほしいと私から伝え、昌宏は大学を出てから広告代理店に入社しました。

昌宏 広告代理店在籍時も、メガネトップの承継を考えてはいましたが、より具体的に意識するようになったのは、当社への入社を決めたタイミングでした。入社時は、社長の息子なので良い意味でも悪い意味でもさまざまな目で見られるだろうという覚悟がありました。そして事業を承継する者として、恥ずかしくない行動をしなければならないと意識していました。

昌三 入社後の昌宏には経営に関する仕事も任せましたが、特にIR活動に注力してもらいました。IR活動は、会社の実態を把握し、そして発信することが仕事です。これに携わることで、会社の仕組みの理解が進み、分析もできるようになるだろうとの狙いがありました。

 承継しても大丈夫だな、と感じたのもそのIR活動での取り組みを見てのことです。責任者として、欧州、米国とさまざまな場所でIR関連の発信を行っていました。特に、説明をするときに、自信と情熱を持って話しているのを見て、これはセンスがある、と思いましたね。

 以前は、私がIR活動を担当していました。だから、息子がいかに相手の心を動かすような説明をしているかが、実感できたのです。これは持って生まれたものだな、と思いました。

 こうした感触があり、09年に社長に指名しました。

昌宏 IR活動もそれ以外も、自分がやるべき業務が見え、少しずつ会社や社長という仕事に対する理解が深まっていったと感じます。特に社長の業務は、父の仕事を間近に見て、いかに大変であるかがよく理解できました。状況が良いときであれば、自分のしていることが正しいと自信を持てます。しかし、思うようにいかない状況では、何を変えて何を変えてはいけないか、そして責任の大きさを強く感じました。ですので、社長に就任した当初は会長に相談するときも、「こうしてはどうでしょうか」という、少し自信のない聞き方が多かったように思います。

 それが今では、会社や業務を明確に理解できるようになり、「自分はこうしたいと思います」と、自信を持っていえるようになりました。

 会長の話を聞くと、入社してまもない頃から評価してもらえたようですが、社長として進むべき方向性を明確に見極められるようになったのは、20年のコロナ禍前後だったように感じます。

メガネトップ

新体制構築と円滑な経営を念頭にMBOを実施

── 社長就任後の大きな出来事として13年の上場廃止(MBO)がありました。

昌宏 メガネトップから眼鏡市場への業態転換で、資金需要が生じました。設備投資の費用などが必要となり、増資により市場から資金調達を行いました。

 ただ、眼鏡市場のブランドが定着してからは、借入金が減少して資金需要も小さくなり、上場を維持するメリットが正直なところ、少なくなったのです。

 経営判断という点でも、上場しているとどうしても株価に意識が向いてしまいます。つまり、短期的な利益が経営判断の邪魔をしてしまうケースが出てくるのです。

 そこで中長期的な戦略やブランディングなどの取り組みに軸足を移すため、MBO、上場廃止を決め、今に至ります。

昌三 社長が情熱のあるIR活動をしてくれたといいましたが、それがかえって他に必要な時間を削ってしまうことがありました。上場維持に必要な業務へ投じていた時間や人材を、事業成長や組織づくりに再配分することで、経営資源を中長期的な成長に集中させ、その成果を社員や取引先へ還元できる経営体制を構築するのが重要との考えから、MBOに踏み切りました。

── 経営面で意見がぶつかってしまうことは、ありませんか。

昌三 私はないと感じています。自分が好きなようにいわせてもらっているところはあるかもしれませんが(笑)。しかし私自身、時代が変わっていると感じる機会が多々あり、新しい時代のことは黙って社長に任せています。

昌宏 意見が異なっても、関係性が悪くなることはありません。

 たとえば人事に関して意見が異なる場合があります。会長は「この部署にはこういった人材が必要だ」というのに対して、私は「この部署は今後、別のタスクも増えそうだから、それとは異なる人材が良いのではないか」といった感じで。

 それでも関係性が悪くならないのは、向いている方向が一緒だからだと考えています。私たちの意見の相違は多くの場合、手段の違いです。採りたい手段が異なっても、目的、方向性は同じだから、良好な関係を築きつつ経営が続けられていると感じます。

会長が大切にする「感謝」を企業理念で具体化

── あらためて、早いタイミングで事業承継ができた要因は何だったのでしょうか。

昌三 承継して大丈夫だ、と思ったときに躊躇なく行えたことです。具体的にいえば、息子のIR活動への取り組みを見たときですね。そこで承継に踏み切れたのが、大きかったと思います。

 社長には、理念を守れ、経営者としてこうあれといった類の話はしていません。伝えたのは、人として正しくあってほしい、周りへの感謝や恩を忘れないでほしいということだけです。

 メガネトップは、多様な取引先とのお付き合いがあり、互いに、自由に意見を出し合ってきたから成長したと考えています。もちろん、お客さま、従業員にも恵まれてきました。そうした方々への感謝と恩だけは忘れないようにと、伝えたのです。

── 今後のメガネトップは、どのような企業を目指すのでしょうか。

昌三 お客さま、取引先、従業員にとって価値のある企業で、なおかつ親しまれる企業でありたいですね。そして、ステークホルダーの皆さまに、さまざまな形で恩返しできたらと思います。

昌宏 会長から感謝と恩という言葉がありましたが、これをより具体化した「関わる皆の幸せを実現し、笑顔を創造します」を企業理念に定めました。

 経営の面でいえば、海外のマーケットへの挑戦が、人々の幸せと笑顔を創造するための一つの手段になると考えています。国内だけでなく海外でも実績を上げる、成功することで、従業員や取引先の幸せにつながればと思っています。

 そして、「メガネトップと取引していて良かった」「メガネトップのスタッフで良かった」と思ってもらえる関係性の構築を目指して経営に取り組みます。

現在の眼鏡市場(提供:眼鏡市場)
現在の眼鏡市場(提供:眼鏡市場)