ホリプロはいま海外での演劇公演に力を入れている。数々のタレントを発掘、育てたエンターテイナーたちが人々に夢と希望を届けるビジネスモデルも、顧客の中心である若年層のテレビ視聴低下に伴い、陰りが見える昨今、稀代の演出家や俳優らと積み上げてきた海外での公演事業を一層強化していくという。堀義貴会長にねらいについて聞いた。聞き手=羽富宏文 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年10月号より)
堀 義貴 ホリプログループのプロフィール
ほり・よしたか 1966年、東京都生まれ。成蹊大学法学部卒。89年ニッポン放送入社、93年ホリプロ入社。テレビ番組・映画・音楽の制作や宣伝事業担当などを経て、2002年に社長就任。22年から現職。
デスノートをロンドン公演 長年の蓄積が決断の背景
―― 今夏の「DEATH NOTE: The Musical」のロンドン公演など海外での演劇公演に力を入れている理由は。
堀 日本の人口は減ってきていますが、人口が減れば舞台を制作する人も、観る人も減る。しかし、舞台に出たい人、表現したい人はそれほど減っていない。だからこそ、国内市場だけで事業を成立させるのは難しくなります。海外での収益を増やす仕組みをつくらないと、エンターテインメント企業は成り立たない時代に入っていると考えています。
われわれが海外展開を本格化させた最初のきっかけは、演出家・蜷川幸雄さんの舞台を30年にわたり世界各地で上演してきた経験がベースになっています。
蜷川さん演出の舞台はどの国でも観客は現地の人で満員。蜷川さんの作品は国を越えて評価されていました。私はよく「蜷川さんはひとりでクールジャパンをやっていた」と例えているのですが、文化交流にとどまらないビジネスとして成立する日本発コンテンツを世界に示していたと考えています。これによって、われわれも海外演劇のネットワークに自然と入ることができました。これは非常に大きな財産です。
われわれの事業をみると、テレビドラマは著作権を持てない。音楽もレコード会社が権利を持つ。自分たちが所有権を持ち、自由にやれるのは舞台しかない。日本の舞台は海外作品の日本語版がほとんどで、ロイヤリティを払い続けている状況です。だからこそ、自分たちのオリジナルコンテンツを作る必要があった。とにかく日本を飛び出して、海外で強みの舞台で勝負しようと決めたのです。
―― 『DEATH NOTE(デスノート)』を演劇にする発想はどこから生まれたのですか。
堀 世界で勝負できる舞台作品を探していたとき、現場のスタッフから「デスノートはどうですか」と提案がありました。海外での手応えもあったので、二つ返事でやろうと決めました。
英語圏でやると決めていたので、知り合いの作曲家フランク・ワイルドホーンに楽曲を頼みました。彼はデスノートを知らなかったのですが、息子から「これは絶対にパパが作曲するべきだ」と言われたそうで、そこから楽曲制作が始まったのです。創作から15年。そして10年以上、上演を続けています。
初期の頃、演者・スタッフとの顔合わせの時に「この作品は30年かけてドーバー海峡を渡るぞ」と宣言し目標にしてきましたが、結果的に3分の1くらいの期間でロンドン公演に到達することができました。
―― ロンドン公演の勝算は。
堀 正直、やってみなければ分かりません。ただ、これが成功すれば日本の演劇界が劇的に変わると考えています。舞台をやっている人たちが「やればできる」と自信を深めてくれるようになるからです。
漫画原作のミュージカルではなく、全く新しいミュージカルとして受け入れられることも重要です。
ロンドン公演がうまくいかなければ、私は再起不能になるかもしれない。それほど責任は重大だと思っています。
残念な“クールジャパン” テレビ低下時代の勝ち筋は
―― 政府の「クールジャパン」政策についてどう見ていますか。
堀 実は私はクールジャパン機構ができるときに反対しました。補助金のような仕組みで結局は投資回収できない。補助金に頼り、挙げ句の果てには国内投資を始めてしまう。これでは意味がありません。クールジャパンは海外ではあまり知られていません。自分で自分をクールと言っているだけです。良いコンテンツなら世界でもウケるはずだというのも違います。海外で当たるもので勝負しなければいけません。
コンテンツビジネスだけで海外売り上げ20兆円を目指すという政府のお題目も「今頃か」と思っています。日本の演劇が海外で稼いでいくのは今や絶対条件で、クールジャパンという、もやっとした考え方で進んでいくと、エンタメビジネスの本質を見失います。
―― テレビ視聴低下や動画配信サービスの台頭など、映像メディアの変化をどのようにみていますか。
堀 ホリプロの売り上げは、タレント事業・映像制作事業・公演事業がそれぞれ約3分の1ずつを占めています。かつて、人気ある所属タレントが2人しかいなかった時、1人が独立、もう1人が不祥事でいなくなり、タレント事業の収入がゼロになった経験から、リスクヘッジとして映像を自社で作ることにしました。
今の映像メディアは構造的に厳しい時代を迎えています。YouTubeが登場して20年、世界中で視聴される映像量は何兆倍にも増えましたが、人間の可処分時間は当然1日24時間のままです。供給が爆発的に増えていますが需要は増えない。だから映像そのものの価値は下がっています。
若い世代は地上波テレビをほとんど見ませんし、主要な視聴層の高齢層でもテレビ離れが進んでいます。スマホでの視聴が圧倒的に便利で、選択肢も多い中で、いまだにお茶の間に鎮座するテレビが勝てるはずがないのです。
その一方で、演劇や音楽などライブの価値は上がっています。ライブは人の時間とお金を固定するからです。映画も同じで、映画館という空間に人を固定するから価値が上がり、確実な収益が得られるのです。
映像は過剰供給で価値が下がり、舞台や音楽は価値が上がる。この構造変化を理解しないと、エンタメ企業は生き残れません。
エンタメ事業は客がすべて 常識を疑うことを社員に説く
―― エンターテインメントの本質について、どのように考えていますか。
堀 私は、エンターテインメントとは、人を不幸にしない嘘をつく仕事だと思っています。歌詞もドラマも舞台も、現実には存在しない。あったらいいなという世界を補完するものです。
人間の喜怒哀楽は、現在過去未来、変わりません。だから人は古い作品でも泣くし笑う。舞台は役者が汗をかき、泣きながら演じることで、観客がその場にいるような感覚になります。これはバーチャルであり、ファンタジーであり、ジャーナリズムでもある。
私は「戦争の現場をそのまま舞台で見せるべき」と言い続けています。メッセージは入れなくていい。観客がどう思うかが一番大事です。
エンタメは人間の感情を揺さぶる仕事です。その本質を忘れないよう、原作をどう具現化するか。知恵を絞り続けないといけないのです。
―― ホリプログループを今後、どのような会社に導いていこうと考えていますか。
堀 現在、私はホールディングスの社長職以外のグループの社長職をすべて辞めています。同族の後継者はいませんので、私が最後の堀家の経営者として、しっかりと堀家の後始末はしていくつもりです。
ホリプロという企業は残りますが、海外公演で勝ちに行く。デジタルで勝ちに行くという考え方を全ての社員に浸透させることができれば、私の役目は終わりだと考えています。
―― 将来のビジョンは社員に伝わっていますか。
堀 会社全体を見渡すと「判断、実行のスピードが遅いな」と感じる場面が多いですし、私自身はどちらかというと既存の仕組みを守るより、変えることに価値を置いてきました。だから、私のスピード感や価値観が社員全員に浸透しているとは思っていません。
ただ、これは社員が悪いわけではありません。日本の会社組織というものは、基本的に「変化を嫌う構造」でできています。実際わが社でも安定を求める人が多いし、前例踏襲が美徳とされる文化というものも存在します。
私が社員に求めているのは、世界基準で考えることの大切さです。 日本の常識を基準にしている限り、海外では通用しません。
出張先のホテルでお湯が出ないと文句を言うようでは海外で事業はできない。海外ではタクシーの運転手が強盗に変わることもある中、日本が異常に安全で、異常に丁寧なだけです。日本での常識を捨てるべきなのです。
だから私は、社員にもタレントにも「日本の常識を疑え」と言い続けてきました。 しかし、それがどれほど伝わっているかは分からない。人は急には変われませんし、会社という組織は簡単には変わりません。
「デスノート」ロンドン公演のPRを地上波ゼロでやったのも、社員に「時代は変わっている」と感じてほしかったからです。
インフルエンサーを集めたPRのほうがチケットが売れるというデータで、社員の凝り固まった価値観を揺さぶりたかったのです。一番大事なのは、変化を恐れない文化が会社に根付くことです。
ホリプロという会社は、タレント事務所でありながら、舞台をつくり、映像をつくり、音楽をつくり、海外公演をやり、IPを育てる総合エンターテインメント企業です。これほど多角化しているエンタメ企業はわが社だけだと自負しています。
会社は私のものではなく、社員のものです。私がいなくなっても、ホリプロが世界で闘える、勝っていける会社であり続けることが重要です。そのために、海外に行く、デジタルに行く、オリジナルIPを作る。それができていれば、私の考え方が伝わっていようがいまいが、会社は前に進む。社員が変化を恐れず、世界を見て挑戦し続ける会社になることが私の望む未来です。
ⓒ大場つぐみ・小畑健/集英社(画像提供=ホリプロ)