ジェネリック医薬品大手の沢井製薬にこの4月、新社長が誕生した。中手利臣氏はアステラス製薬で子会社社長などを経ての入社だが、その直後、沢井製薬は行政処分を受けてしまう。そこからの信頼回復の最前線に立ったのが中手氏だった。沢井製薬は3年後に創業100周年を迎える。それを踏まえての今回の社長人事だった。中手氏が見据える創業100年から先の未来とは――。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年10月号より)

中手利臣 沢井製薬のプロフィール

中手利臣 沢井製薬
沢井製薬社長 中手利臣
なかて・としおみ 1961年生まれ。85年岐阜薬科大学を卒業し藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社。2021年に沢井製薬に入社し、理事信頼性保証本部長付を経て、22年にサワイGHD執行役員グループ品質・安全副統括役員、沢井製薬執行役員信頼性保証本部副本部長に就任。24年サワイGHD上席執行役員グループ品質・安全統括役員、沢井製薬取締役上席執行役員信頼性保証本部長兼販売情報提供活動管理室担当役員を経て、この4月沢井製薬社長に就任。

誰が担当しても品質が保てる仕組み

―― まずは社長就任までの歩みから伺います。中手さんは大学卒業後、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社後、2021年に沢井製薬に転じています。どのような経緯があったのですか。

中手 藤沢薬品工業では、製剤研究を長く担当しました。吸入剤などさまざまな製剤開発に携わり、研究者として薬学博士も取得しました。その後は工場部門へ移り、アステラスファーマテックの社長も務めました。研究から製造まで一通り経験できたことは、私にとって大きな財産になっています。60歳を迎える頃、ちょうどアステラスグループの国内工場の再編が一段落したこともあり、一つの区切りとして退職しました。

 では次に何をするか、と考えた時、やはり私の原点は「医薬品を患者さんへ届けること」にあることを再認識しました。そこで製剤技術や製造の経験を最も生かせる場所はどこかと考え、沢井製薬へ入社することになりました。

―― 沢井製薬以外の選択肢もあったでしょう。

中手 なくはありませんでした。ただ、私は神戸に家庭があり、アステラス時代は16年間単身赴任を続けていました。退職を機に、ようやく家族と一緒に暮らせる環境を大切にしたいという思いもあり、大阪に本社のある沢井製薬を選びました。もちろん生活面だけではありません。ジェネリック医薬品は社会インフラとしての役割がますます大きくなっています。これまで培ってきた製剤技術や製造管理の経験を最も社会に還元できる場所が沢井製薬だったのです。

―― 研究開発や生産部門を担当するつもりだったのですね。

中手 そうです。ところが配属されたのは「信頼性保証本部」でした。品質保証、安全性管理、薬事、メディカルコミュニケーションなどを統括し、製品を市場へ送り出す最後の責任を担う部門です。工場や研究開発を経験した人間だからこそ品質保証を担わせたいという会社の判断だったと聞いています。

―― その後、24年に信頼性保証本部長に就任しています。

中手 23年12月に当社は、ある一製品について不適切な試験方法が実施されていたとして行政指導を受けました。その反省から、権限を一人に集中させず、ガバナンスを強化する体制づくりが始まりました。私は信頼性保証本部長として、透明性を高める仕組みづくりに取り組みました。重要なのは「誰が担当しても同じ品質が保てる仕組み」をつくることです。品質に関する判断を客観的にチェックできる体制を整え、社内外から信頼される組織へ変えていく。そのことに全力を注いできました。

―― 社長就任は今年4月です。既定路線だったのですか。

中手 いいえ。会長(澤井光郎氏)から話をいただいたのは2月です。正直、予想もしていませんでした。会長からは、「これから沢井製薬はさらに生産能力を拡大していく。しかし、その土台となるのは品質保証であり、信頼性である。その考え方を経営の中心に据えてほしい」という強いメッセージを受けました。悩みましたが、会社の将来を考えれば、自分が果たすべき役割なのだろうと覚悟を決めました。

2030年までに製造能力を4割増

―― 沢井製薬は国内トップクラスのジェネリックメーカーですが、新薬メーカーのような新製品開発競争とは違い、企業間の差別化はどこで生まれるのでしょうか。

中手 ジェネリック医薬品は、どのメーカーも国の承認を受けた同じ有効成分の医薬品です。したがって、新薬のように有効成分の独自性で差別化することはできません。だからこそ重要になるのは企業への「信頼」です。「この会社の薬なら安心して使える」「必要な時に必ず供給してくれる」。医療現場からそう評価していただけることが、ジェネリックメーカーにとって最大の競争力だと考えています。品質に問題がなく、安定供給を継続できること。この2つを愚直に積み重ねることこそ、私たちのブランド価値そのものだと思っています。そしてこれが社長としての役割だと考えています。

―― 行政処分後、沢井製薬ではどのような改革を進めたのですか。

中手 以前は品質に関する重要な判断が限られた人に集中していました。そこで監査役や外部弁護士も交えながら判断プロセスを可視化し、透明性を高めています。製品回収など重大な案件についても、なぜその判断をしたのかを客観的に説明できる仕組みに改めました。

 もちろん、手順は以前より増えています。時間もかかります。しかし、それを「面倒」と考えるのではなく、「品質を守るためには当たり前」と考える文化へ変えていくことが重要です。一方で、その分だけDXやAIを活用し、生産性を向上させる努力も同時に進めています。品質と効率は相反するものではなく、両立させなければならないテーマだと思っています。

―― 創業100周年となる29年も目前です。

中手 われわれが最優先すべきは、日本の医療が抱える「安定供給」という社会課題に応えることです。現在、当社は年間180億錠規模の生産を計画していますが、30年には250億錠規模の生産能力を持つ体制を整える計画です。これは単なる設備投資ではありません。患者さんが必要な薬を必要な時に受け取れる社会を実現するための投資です。創業100周年を迎える頃には、「沢井製薬なら安心して任せられる」と医療現場から評価される企業になっていたい。そのための基盤づくりを今まさに進めています。

―― 年間250億錠というと今より4割近く増やすことになります。

中手 設備能力としては着実に拡張が進んでいます。来年吸収合併を予定している福井県のトラストファーマテックでも新たな生産能力の増強工事を進めており、設備面の準備は着実に進行しています。ただし設備があれば生産できるわけではありません。それを動かす人材を確保し、育成しなければならない。そこは今後の大きな経営課題でもあります。

―― 人手不足は製薬業界でも深刻なのでしょうか。

中手 非常に大きな課題です。だからこそ従来の働き方だけでは限界があります。分析業務へのロボット活用やAIの導入など、新しい技術を積極的に取り入れ、生産性を高めていかなければなりません。これからの工場は、人がすべてを担う時代ではなく、人とデジタル技術が協働する時代になると思っています。

 こうした施策を進めながら、創業100周年を単なる節目とするのではなく、品質への信頼を取り戻し、安定供給という社会的使命を果たす企業へと進化する。その通過点として位置付けています。