プルデンシャル生命やソニー生命など、生保業界で不祥事が相次いでいる。個社の問題ではあるものの、このままでは業界のイメージは悪化、加入者獲得にも影響が出かねない。この7月、生命保険協会会長に就任した隅野俊亮氏(第一生命社長)は、業界を挙げて不祥事防止に努めるという。その具体策とは。生保業界は信頼を取り戻すことはできるのか。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年10月号より)
隅野俊亮 生命保険協会/第一生命のプロフィール
すみの・としあき 千葉県出身。1992年第一生命保険入社、入社後ニューヨーク大学ロースクールを経て、主に資産運用、経営企画等の企画管理に従事。2010年の株式会社化には検討初期段階から関わり、社内体制整備や上場準備、資本政策・IRの設計をゼロから担当し東証一部上場を果たす。14年のプロテクティブ買収にも検討初期から関与した。23年6月に第一生命社長に就任。この7月、生命保険協会会長に就任した。
顧客本位の徹底に業界を挙げて取り組む
―― 7月に生命保険協会の会長に就任しました。業界団体のトップということは分かりますが、実際にはどのような仕事をしているのですか。
隅野 外部の方には分かりにくいかもしれませんが、2カ月に一度ほど理事会があり、業界として必要な決議や報告を行います。また、2カ月に一度ほど会員各社が参加する金融庁との意見交換会があり、協会長からは生命保険協会の活動や業界を取り巻く状況などについてご説明しています。
そのほか、行政や関係団体との意見交換などを通じて、生命保険業界への理解を深めていただく活動にも取り組んでいます。また、協会長として定例会見を行い、業界としての考え方や取り組みを発信します。
―― 第一生命の社長業との両立も大変ですね。
隅野 責任の重さは感じています。生命保険協会の会長は、生命保険業界を代表する立場でもあります。第一生命の経営はもちろんですが、業界全体の発展や社会からの信頼向上にも貢献していきたいと考えています。
―― 協会長として掲げたテーマは「安心で支える、豊かな人生と社会」です。
隅野 これは私が新しく考えたスローガンというより、歴代協会長が積み重ねてきた流れを受け継いだものです。生命保険協会は1年ごとに方向性を大きく変える組織ではありません。中長期的に業界全体の健全な発展を支えていくことに価値があります。
その上で、いま社会を見渡すと、経済的には活気づいている部分もありますが、その一方でインフレや地政学リスクの顕在化などの国際情勢への不安、生成AIによる社会構造の変化など、人々を取り巻く環境は大きく変わっています。だからこそ「安心」を提供する生命保険会社の役割は、むしろ以前より大きくなっていると感じています。
その状況を踏まえて「安心で支える、豊かな人生と社会」を掲げました。そしてそれを実現するために3本の柱を策定しています。
第一の柱は「顧客本位の業務運営の推進」です。この一年を振り返っても、代理店への出向者からの情報持ち出し事案や一部の会員各社において、金銭に関する不正事案もありました。これを非常に重く受け止めています。
生保協会には「営業職員チャネルのコンプライアンス・リスク管理態勢の更なる高度化にかかる着眼点」があります。2020年に第一生命で発生した不正事案を契機として策定されたもので、さまざまな視点や、枠組み、好事例などが整理された、非常に内容の濃い文書です。一方で、これがありながら、事案が発生したことは重く受け止めなくてはなりません。文書を策定するだけでは十分ではなく、その内容を十分に生かし切れていなかったということです。
文書はあって認識していても、自分事としてとらえ、各社のビジネスモデルに当てはめてPDCAを回していくところまで十分に至っていなかった。したがって協会としては、この文書の実効性を高める仕掛けや意識醸成をもっと高い次元で行っていく必要があると考えています。
―― 不祥事は個社の問題です。協会がやることには限界があると思います。具体的にはどうやって実効性を高めていくのですか。
隅野 もちろん基本的には各社の経営マターだと思います。ただ、それが積み重なれば業界の信頼を損ねてしまいます。だからこそ業界を挙げて取り組む必要があります。
例えば今までも着眼点についてはアンケートを行い、会員各社がどう取り組んでいるかを確認するプロセスがありました。しかし、各社とも一定の取り組みは行っていたものの、文書の趣旨を自社の実態に照らして十分に落とし込み、継続的な改善につなげるところまでは至っていなかった可能性があります。そこで今回の事案を踏まえ、より粒度を細かくし、さらにアンケート回答プロセスに各社の経営陣に関与させる。つまり経営層の関与を今まで以上に高めていく。それが再発防止につながることを期待しています。
密接不可分な資産形成と保険
―― 2本目の柱はなんですか。
隅野 「一人ひとりのFinancial We ll‐beingの向上に向けた貢献」です。すでに生命保険会社は保障だけ提供していればいい時代ではありません。資産形成や金融リテラシー向上も含め、お客さまの人生全体を支える存在でありたいと考えています。長く続いたマイナス金利・ゼロ金利時代が終わり、「金利のある世界」が戻ってきました。また国も資産運用立国という国家戦略を進めています。その中で、生命保険協会としても金融教育にもっと貢献できる余地があると思っています。
公助、共助、自助とありますが、生命保険は自助の最たるものです。この理解をさらに深めるために、SNSなどを活用しながらリテラシーを高めていきたいと考えています。
―― 若い世代はNISAに積極的に投資していますが、その一方で20代、30代の生保加入率は落ちています。金融リテラシーは格段に向上しているのに、生保に関心を示さない。なぜでしょう。
隅野 背景には、社会構造の変化、家族構成の変化があります。結婚して子どもがいる家庭で世帯主に何かあった時に備えるというのが保険の原点です。ところが生涯独身の方も増え、共働き世帯も当たり前になりました。その分、従来型の死亡保障に対するニーズは変化しています。
だからこそわれわれも資産形成に注力もしています。NISAなどの資産形成も大切なことだと思います。その一方で、資産を形成しても、災害にあったり、大病を患ったりしたら、その資産を失うことになりかねない。その意味では資産形成は保険と非常に親和性が高い。というより、むしろ密接不可分です。
例えば住宅という資産を購入される場合は団信(団体信用生命保険)に入ります。住宅以外の資産形成でも備えることはとても重要です。損保の世界ではプロテクションギャップ(災害によって被った経済損失のうち、保険や政府支援でカバーされない部分)という言葉をよく使いますが、これは生保でも厳然と存在しています。それをもっと伝えていかなければなりません。
―― 子どもにお金がかかる子育て世代は、保険に回す余裕がないのではないですか。それが加入率の低下につながっている。
隅野 おっしゃる通りで、子育て世帯の家計負担は年々大きくなっています。そこで生保協会は一般生命保険料控除(定期保険、終身保険、学資保険など)の控除限度額の引き上げを要請してきました。その結果、これまでの控除限度額は所得税4万円、住民税2・8万円でしたが、23歳未満の扶養親族を有する方については、一般生命保険料控除の所得税の控除限度額が次回の確定申告から6万円に引き上げられました。拡充されたのは14年ぶりのことです。
ただしこれは時限立法なので、延長、そして将来的には恒久化を目指したいと考えています。もちろん財政とのバランスがありますから簡単な話ではありませんが、少子化が進む中で、この制度が子育て世帯の安心につながることは間違いありません。
こうした取り組みもウェルビーイングの向上につながります。
―― 最後の3本目の柱はどういうものでしょう。
隅野 「持続可能で豊かな社会の実現に向けた貢献」です。生保協会ではこれまでにもSDGsの達成に向け、多様性推進に取り組んできました。その一つとして、「生命保険便利帳」という冊子の動画版や英語版を作成します。生命保険に加入できるのは日本国籍を持つ方です。ですからこれまでは日本語版さえあればいいという考えでした。しかし在留外国人数は増え続け、契約者の家族の中には日本語に不慣れな方もいます。こうした方にも便利帳を利用しやすい環境を整備していきます。
AI導入に伴う 負担増は「成長痛」
―― 最後に第一生命個社のことをお聞きします。3年前に社長に就任した際のインタビューでは、全国に100以上ある現場(支社)を全部回ると発言しましたが、実現できましたか。
隅野 これまで毎年30のペースで回ってきて、残り13カ所(7月7日現在)。年内ですべて回り終えるので、4年に満たず実現できそうです。これは第一生命歴代社長の中で最速です。
―― 回ることによって何が分かるのですか。
隅野 会社の原動力は現場にあります。そこで3万5千以上の社員が働いています。当然日々の中に悩みや困ったことがあり、その中には会社に対する、あるいは私に対する不平不満もあるわけです。その声を直接聞く醍醐味というか刺激はものすごくあります。もちろん歓迎してくれることも多く、それはそれでものすごくうれしい。
―― 現場からはどんな声が出てくるのですか。
隅野 傾向としては、以前は商品、あるいは給料に対するものが多かった。ところが最近はあまり聞こえない。それよりもAIの導入などさまざまな変革が同時並行で進んでいるため、それに関する業務負荷などに関する声をよく聞くようになりました。
―― 多くの会社でAIによりむしろ負担が増えたという話を聞いています。
隅野 これはけっこう大きなテーマです。もちろんこうした声は、謙虚に、そして真摯に受け止めます。ただその一方で「これは成長痛だ」とも言っています。人間誰しも成長する時は痛みを伴います。でもその痛みを乗り越えれば、やがて「あんな苦労もあったな」と振り返られる時期がくると思っています。
もう一つ意識しているのはスピードです。生命保険は非常に息の長いビジネスなので、何かを変える時も1年周期で動いていました。でもこれだけ変化の激しい時代です。現場を回り改善点が見つかれば、期中であっても制度変更も含め行っていく。これを本社のスタッフにも伝えています。そのためにスピード感は間違いなく高まったし、現場の人たちもそれを感じてくれています。
ベネワン買収から2年で増えた会員数は90万人
―― 先ほど協会の方針の柱の一つにウェルビーイングがありましたが、第一生命でも以前から強く意識しています。
隅野 生命保険というとどうしても金融商品、あるいは保障というイメージが強いですが、その部分だけではなく、人生全体、日々の生活さえも寄り添いの対象だと考えています。4月1日に持ち株会社の社名を第一ライフグループに変更した理由の一つでもあります。
―― その象徴が、福利厚生事業を手掛けるベネフィット・ワンの買収です(第一ライフグループによるTOB)。24年のTOB成立から2年がたちましたが、その効果はいかがですか。
隅野 ベネフィット・ワンのグループへの仲間入りは、こんな成功モデルが実現できたんだ、という感覚ですね。共同取り組みで、本当にウィンウィンの関係を築くことができました。この2年間で、第一生命のネットワークを通じて90万人ほどのベネフィット・ワンの会員を獲得しています。年換算会員費の収入のうち第一生命経由は82億円ほどにのぼりました。これだけの実績を残したにもかかわらず、もう一巡したという感覚ではなく、もっと多くの企業に提案できると考えています。
今、人的資本投資の必要性が叫ばれています。でも中小企業では、なかなか手が届かない。ところがベネフィット・ワンなら、ワンストップで福利厚生サービスを提供できます。衣食住に関するさまざまなサービスが用意されていて、中にはeラーニングなどの教育メニューも充実していますから、本当に生活に寄り添っています。まさにウェルビーイングです。これまでも十分な成果を上げてきましたが、今後の期待値は極めて高いです。