シャープが台湾の鴻海精密工業の傘下入りしてから丸10年を迎えた。しかしシャープの経営が劇的に改善したとは言い難く、いまだ無配が続いている。復配のためには新たなる成長エンジンが不可欠だ。それが何か。攻めに転じるという河村哲治社長の描く青写真とは。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2026年10月号より)

鴻海とシャープの役割と責任を明確化

 6月24日、シャープは台湾の鴻海精密工業との間でMOU(基本合意)を締結した。MOUは、提携契約を前提に結ぶもの。ところが現在、シャープは鴻海の子会社という位置づけだ。通常、親子間でMOUは結ばない。その理由をこの4月に就任したばかりの河村哲治社長はこう語る。

 「グループ会社の中でのMOUって何? と思うかもしれませんが、これは役割や責任をきっちり明確にするための枠組みです。お互いのアセットを共有しあう、そのフレームワークとしてMOUを結びました」

 シャープが鴻海傘下に入ったのは2016年8月。つまりちょうど10年を迎えたことになる。液晶に巨額投資をしたものの中国・韓国勢との価格競争に敗れて経営が悪化。債務超過に陥ったことで自力再建は困難と判断し、鴻海の支援を仰ぐことになった。

 鴻海が評価したのは、亀山工場や堺工場に代表される液晶技術と世界トップクラスの生産設備である。一方、シャープにとっては、世界最大のEMS企業である鴻海の調達力と製造力を取り込むことが生き残りへの近道だった。

 実際シャープは、鴻海入りした直後の17年3月期に早くも黒字を計上する。しかしそれも長続きしなかった。市場が予想を超えるスピードで変化したためだ。液晶テレビ市場は成熟し、中国メーカーが急速に台頭した。有機ELへのシフトも進み、「液晶のシャープ」というブランドだけでは差別化が難しくなった。その結果、23年3月期、24年3月期と2期連続で最終赤字に陥った。

 そこでここ数年、シャープはアセットライトに取り組んできた。「世界の亀山モデル」と言われるほどの評価を得た液晶工場である亀山の2工場の閉鎖を決め、堺工場はソフトバンクなどに売却した。

 当時シャープが最優先したのは、財務改善であり守りの経営だった。その効果もあり、25年3月期には黒転し、前3月期も増収増益を果たす。それを受けて社長となった河村氏が目指すのは攻めの経営だ。

 ただし、守りに徹していたために将来への投資はどうしても少なくなっていた。それでは成長エンジンは育たない。しかも、液晶テレビや両開き冷蔵庫など、市場で存在感を放った家電製品も、市場が成熟、さらには中国など海外勢の攻勢と家電量販店のSPA化が進んだことで、価格面ではまったく勝負にならなくなっている。この分野で今後大きな成長を見込むことはできない。

 ではいかにして攻めるのか。河村社長は新規事業により再成長すると言う。そこで鴻海の出番となる。

 鴻海と言えば世界最大のEMS企業として知られている。例えばアップルのiPhoneの多くは鴻海の中国工場でつくられている。つまり製造力はあるが自社ブランドを持たない。これが多くの人が鴻海に対して持っているイメージだろう。

 しかしそれは過去の話。鴻海も10年前と今とではまるで違う会社になっている。河村社長も就任後、数度、台湾に足を運び、その変化に驚いたという。

 「スマートフォンのEMSとして知られていた鴻海が、気が付けばAIサーバーのメーカーになり、今ではスマートフォンを超える主力事業となっていた」

 今後、シャープは鴻海のAIサーバーを日本国内のデータセンターに売り込んでいく。MOUを結んだのはそのためだ。

 しかしそれだけならシャープは鴻海の代理店という立場に過ぎない。鴻海側にしてみれば、MOUを結ぶほどの意味があるとは思えない。

 河村社長は7月2日、『経済界』などの複数メディアの共同インタビューに応じ、そうした疑問に答えた。以下はその一問一答だ。

シャープの強みはブランドと顧客接点

村哲治・シャープ
新規事業による再成長を目指す河村哲治・シャープ社長

―― 役割と責任を明確にするというが、シャープ側の役割とは何か。

河村 端的に言えばブランドを持っているということ。鴻海は世界の4割を超える電子機器の製造を行っているが、ブランドを持っている会社ではない。業界の中で知らない人はいないが、一般的には知名度も低い。その点、シャープは、鴻海グループの中で恐らく唯一世界で知られているブランドと、顧客接点を持っている。鴻海は最大手のAIサーバーの供給元だが、顧客と直接取引しているわけではない。シャープは、B2Cでも、コンビニの複合機の最大手であるようにB2Bでも顧客接点を持っているしサービスを提供する能力もある。そこを活用することで日本市場を開拓できる。

―― 10年の間に、鴻海にとってのシャープの位置づけが変わったのではないか。

河村 10年前とは変わっているところもあると思う。当時は液晶工場やその技術なども、シャープの価値の一部だったと思う。シャープもシャープで、われわれの商品を鴻海に製造委託し、あるいは調達力を生かしてコストを下げるという意味もあった。その意味では鴻海にとってのシャープの価値も変わったかもしれない。

 しかし鴻海の劉揚偉董事長と話をすると、シャープへの期待がものすごく伝わってくる。シャープにはシャープの技術があり、きめ細かな品質に対する意識もある。それと鴻海のスピード感と掛け合わせることで、ものすごい化学反応が起きる可能性がある。そのモデルケースをつくっていきたい。だからこそMOUに発展したのだと思う。

―― 新規事業で成長を目指すというが、どのようなことを考えているのか。

河村 AIサーバー、衛星通信、宇宙、ロボティクス、エネルギー、EV関連などだが、当面はAIサーバーが最大の柱になる。市場規模も大きく、何よりスピード勝負だから。しかも鴻海は日本市場で顧客との直接的な接点を持っているわけではない。だからこそシャープの価値がある。

―― シャープにはシャープの技術があるというが、具体的には。

河村 シャープは朝起きてから寝るまで、家庭でも働く場でもすべての時間で寄り添っている。この「働く」「暮らす」のあらゆるシーンにAIを掛け合わせる。フィジカルAIの時代には、人の生活に寄り添うあらゆる機器がAIにつながる。シャープは家電もB2B事業も持っている。それが強みとなる。

ブランド露出のためにも家電からは撤退しない

―― 日本の電機メーカーの家電はすでに競争力を失っている。根本的な見直しを行わないのか。

河村 家電事業そのものは捨てるべきものではないと考えている。中国メーカーの台頭やプライベートブランドが出てきて再編も起きている。われわれも力の入れどころは間違いなく変える必要がある。価格でしか差別化できないようなところに関しては、力とお金はかけない。一方でAIやIoTに関連する家電やハードウエアは自力で行っていく。

 シャープは家電によって消費者に認知してもらっていることは事実であり、だからこそ家電のブランドは大事にしていかなければならない。B2Bの場合、テレビでCMを流しても、それだけでは売り上げにつながらないため、消費者に認知してもらうのはむずかしい。シャープはコンビニの複合機では6割、ガソリンスタンドの精算機で4割のシェアを持っている。駐車場のチケットレス、フラップレスのソリューションでも高いシェアを誇る。こういう話をすると、誰もが驚く。つまりそれだけ知られていない。ブランド露出のためにも今後も家電事業は大切にしていく。

―― 沖津(雅浩)前社長は、よく「シャープらしさ」と言っていた。河村社長から見たシャープらしさとは。

河村 創業者(早川徳次氏)は「人に真似してもらえる商品をつくりなさい」と言っていた。真似されれば競争が起きる。でもそれで人の生活は便利になっていく。あるいは「いたずらに規模のみを追わず」という経営理念もある。それが今の「ひとの願いの、半歩先。」というスローガンにつながっているが、これこそがシャープらしさであり、シャープのDNAだ。問題はそれがどれだけ社内に残っているか。

 社長になってから、いくつもの現場を回ったが、確信したのは、シャープらしさはきちんと社内に残っている。ただし、守りの経営を続ける中で、発揮する機会はあまりなかったかもしれないが、それはバッドニュースではなくグッドニュースとして受け止めている。これからシャープらしさを発揮できる環境をいかにして育てていくか。今は埋もれているシャープらしさをもう一回掘り起こし、社内で掛け合わせる。それが化学反応を生むと考えている。