日本で発泡酒ブームが起きたのは、ビールよりも税率が低かったためだ。ところが今年10月、その差がついにゼロになることで市場が大きく変わることが予想される。その一方で缶チューハイなどのRTDとの税格差は残ったまま。その裏にはビール業界と財務省との攻防があった。文=ジャーナリスト/永井 隆(雑誌『経済界』2026年10月号より)
今年10月、ビールと発泡酒が同じ税率に
「RTD(レディー・トゥー・ドリンク)は、ビールに迫るボリュームがある。ただし、あまりに低価格なRTDでは収益には貢献しない。アサヒは価値の高いRTDに力を入れる」
アサヒグループホールディングス(GHD)の勝木敦志社長は、7月9日の2025年度決算会見でこう話した。RTDとは、缶チューハイをはじめとする栓を開けてすぐに飲めるアルコール飲料を指す。
ビール類は、今年10月の酒税改正で3層あった税額が統一される。20年10月、23年10月と続き、次の10月は最終回だ。
一連の改正前の20年9月までの税額は350ミリリットルあたりビールが77円、発泡酒46・99円、第3のビール(23年10月からは発泡酒②)が28円で、ビールと第3のビールとでは49円の差があった。これが今年10月1日に54・25円で統一される。
ビールは9・1円減税され、発泡酒と発泡酒②は7・26円増税される。
増減税分は、メーカーの出荷価格に反映される。このため、減税に伴い店頭想定価格が下がるビールが主戦場となるのは間違いない。しかも、サントリー「金麦」をはじめ、大手4社は発泡酒②の一部商品を、麦芽構成比を5割以上に高めてビールに〝格上げ〟させる。
ビール類の最盛期は1994年。出荷数量は5億7321万5955箱(1箱は大瓶20本=12・66リットル、725・7万キロリットル)だった。これが、2025年の販売数量は3億1186万箱(394・8万キロリットル)に減る。1994年を100とすると2025年は約54へと大きく縮小した。しかも、26年上半期(1~6月)も、前年同月比3%減と同期間で4年連続のマイナスを記録している。
ビール類市場がへこんだのは、人口減少や20代若者のビール離れだけが原因ではない。RTDがビール市場を侵食しているのが大きい。特に、店頭価格が安い発泡酒②からRTDへの流出が続いている。
サントリーの中野景介ビール・RTD部部長は「25年のRTD市場の販売数量は2億500万箱(1箱は350ミリリットル缶が24本=8・4リットル)」と指摘する。172・2万キロリットルである。25年のビール類市場394・8万キロリットルのうち、ビールの構成比は57%なので225万キロリットル。勝木氏が指摘する通り、RTDはビールに迫っていて、発泡酒②を含む発泡酒の販売数量169・8万キロリットルをすでに上回っているのだ。
RTDの酒税はビールより20円安
RTDが急拡大したきっかけは、01年発売のキリン「氷結」のヒット。「氷結」は缶チューハイと唱いながらも、ベース酒に甲類焼酎ではなくウオッカを採用した。キリンには焼酎の蒸留設備がなかったためだったが、サントリーをはじめ各社は追随。ウオッカベースの缶チューハイは、べとつかず後味がすっきりしていて、20代を中心に受け入れられていく。
「氷結」が発売された翌年(02年)のRTD市場の販売数量は、35万キロリットルだった。同年のビール類市場は、5億4742万箱なので約693万キロリットル。RTD市場はビール類市場のほぼ20分の1の規模でしかなかった。
今年10月の酒税改正で、RTDは7円増税されて350ミリリットルあたり35円になる。日本酒やワインと同じ税額になるが、ビール類の54・25円よりも19・25円も安い。
低い税率に伴う価格の安さが、RTDが伸びた大きな要因である。現在のRTD市場トップは「-196」などをもつサントリーで、シェア(市場占有率)は約45%。2位はナンバーワンブランド「氷結」を有するキリンで、シェアは約25%。両社だけで、市場の7割に達する。
ビール類の3回に及ぶ増減税を含めた今回の酒税改正の詳細が決まったのは、16年末の17年度税制改正でだった。
ただし、原型はさらにその11年前の05年末の06年度税制改正に遡る。
財務省がこのときまとめた改正案は、ビールや日本酒、焼酎など10種類以上あった酒類を4分類に再編したのが特徴だった。4つの分類内の税率格差を、財務省は将来的に是正させていく方針を示したのだ。
4分類とは、①ビール系の「発泡性酒類」、②日本酒とワインの「醸造酒類」、③焼酎やウイスキーの「蒸留酒類」、④リキュール、みりん、合成酒類の「混成酒類」。
「発泡性酒類」には、ビール、発泡酒、第3のビールばかりではなく、チューハイ、発泡性果実酒、缶チューハイなどのRTDも含まれていた。
06年度税制改正により06年5月、第3のビールの酒税は350ミリリットルあたり3・8円増税されて28円になるが、RTDも0・2円増税されて28円で統一される。これは分類内の税率格差是正という方針に沿って実行された。このとき「発泡性酒類」内の格差是正として、ビールは0・7円減税されて77円になる。
ところが、17年度税制改正では、RTDは①「発泡性酒類」とは違い、②「醸造酒類」と同じ税率に変わっていたのである。今年10月以降、RTDの税額がビール類よりも19・25円も安くなるのは、このためだった。
ビール類の最盛期だった1994年、サントリーは本邦初の発泡酒「ホップス」を10月20日に発売した。
ここから、当時の大蔵省(現・財務省)とビール業界との、酒税を巡る攻防は始まる。
当時の酒税法では、ビールとは原材料に占める麦芽構成比を3分の2(67%)以上と定めていた(現在は50%以上)。「ホップス」は麦芽構成比65%の発泡酒としたが、酒税が安い分、希望小売価格を安く抑えた。これに対し大蔵省は、95年末に麦芽構成比50%以上の発泡酒をビールと同じ税額にする酒税改正を行う。実施時期は翌96年10月とした。
追い詰められたサントリーだったが、税率が低かった麦芽構成比25%未満でも、おいしい発泡酒を短期間に作り上げてしまう。コーン由来の液糖を主原料にして、醸造方法も変えたイノベーションで実現させる。
10月以降の勝者はビールかRTDか
2000年秋、大蔵省は「発泡酒の税率をビールと同じにする」と動き出す。すでに発泡酒を販売していた、サントリー、キリンビール、サッポロビールの社長がそろって記者会見し「発泡酒増税反対」を訴えた。翌年に参院選を控えていて、自民党政調会長が大蔵省主税局長を呼び出し「ちまちました悪代官のような真似はするな」と釘を刺し、増税案は流れる。
大蔵省から財務省に名称が変わった01年秋、財務省は「発泡酒増税」に向けて再び動き出す。税制に決定的な影響力を持っていた当時の自民党税制調査会も、財務省案を認める。〝税の神様〟と呼ばれた山中貞則自民党税調最高顧問が、財務省の増税案に「お墨付き」を与えたのだ。
01年に発泡酒発売に踏み切ったアサヒビールを加え、日頃は敵対してきたビール4社は結託。揃いの法被を着た4社社長が、街頭に立ち署名活動を行うなど、増税の大反対運動を展開する。この結果、2年連続して発泡酒増税は流れる。
01年当時は自民、公明、保守の連立政権。自民党税調会長だった相沢英之氏は、政界を引退していた05年末に筆者に語った。「あのとき(01年)は難しかった。3党税調の合意がなかなかできなかったから」、と。
発泡酒増税が決まったのは、共闘から3年目の02年末の03年度税制改正でだった。03年5月に350ミリリットルあたり10円増税される。
戦後、国から言われるがままに増税に応じ続けてきたビール業界だったが、3回に及ぶ共闘を通して各社はロビー活動のノウハウを得ていく。
サッポロが発泡酒よりも酒税率の低い第3のビール「ドラフトワン」を、業界初で発売したのは03年9月17日。翌04年、財務省は第3の増税に向けて動き出すが、サッポロはロビー活動によりこれを止める。「ロビー活動をやらざるを得なかった。財務省は本気でした」と、当時社長だった福田貞男氏は社長退任後の06年に筆者に語った。05年、前述の06年度税制改正を迎える。当時の財務省幹部は「発泡酒増税時には業界と敵対したが、第3のビールの時には話し合いの場を持った」と話した。
05年には4社すべてが第3を販売していて、税制改正では第3の増税が焦点となる。業界は「ビールの減税」では協調したが、第3については個別のロビー活動で対応した。各社のポートフォリオが違っていたためだ。
この結果、ビールは少しだけ減税、第3とRTDは増税、発泡酒は据え置かれ、06年5月に実行される。4分類が示されたが、17年度税制改正において、RTDはビール類よりも税率の低い清酒やワインと同じ税率になる。財務省は「RTDには発泡性でないものもあり、17年度税制改正で、ビール類とRTDは同種同等ではないとした。ロビー活動というのではなく、業界と話し合いは持った」といまは説明する。
今年10月、32年に及んだビール業界と国との酒税を巡る攻防は、一応の終止符を打つ。同時に、4社にとっての最終決戦にもなる。
RTDトップであるサントリーの西田英一郎社長は、「RTDは増税されるので、ビール類からRTDへの流出は限定的ではないか。ビール類とRTDは共存していくだろう」と話す。その一方で別のサントリー幹部は、「ビール類が減ってもRTDが増えれば、それはやむを得ない。最終的には市場が決める」と語る。
10月以降、ビールを中心にビール類が復活していくのか、製造原価も安いRTDがさらに浸食していくのか。中堅スーパーの酒類バイヤーは言う。「10月にならないと、どうなるか分からない。値上げされる発泡酒②の駆け込み需要が9月に発生するので備えるが、10月以降については仕入れを慎重にしていく」。