2026年6月30日に東証グロースへ上場したネイス。元体操選手で日本代表として海外遠征も経験した南友介は、「褒められる場所」だった体操教室を原点に、子どもが自ら行きたくなるサードプレイスをどう広げるのか。創業の歩み、先生を育てる仕組み、発達支援や体操を超えたその先の構想までを聞いた。文=佐藤元樹 Photo=田中和弘(雑誌『経済界』2026年10月号より)

南 友介 ネイスのプロフィール

南 友介 ネイス
ネイス社長 南 友介
みなみ・ゆうすけ 1980年大阪生まれ。小学1年で体操を始め、岡山県関西高校で全国表彰台に上り、日本代表として国際試合に出場。日体大ではレギュラーとして大会に出場し、2000年全日本選手権平行棒で2位。10年にネイスを創業し、翌年1号校開校。

会社概要:ネイス
子ども向け体操教室「ネイス体操教室」と発達支援教室「ネイスぷらす」を展開。商業施設内への出店とフランチャイズを軸に教室網を広げ、体を動かす体験を通じて子どもが自信を育む場をつくる。2026年6月、東証グロース市場に上場。

褒められた原体験 夢中を知った競技時代

 体操教室は、子どもの習い事としてすっかり定着している。学研教育総合研究所の25年調査で園や学校以外で行う習い事として、幼児で3位、小学生でも5位に入った。その領域で教室網を広げてきたのが、今年6月に東証グロースへ上場したネイスだ。

 南友介が体操を始めたのは6歳。ジャッキー・チェンに憧れ、バク転がしたかった。

 子どもの頃の南は、机にじっと座るより体を動かす方が性に合っていた。忘れ物が多く、落ち着きもない。小学校ではよく怒られたが、体操教室では褒められた。

 「僕にとって小学校は、怒られる場所でした。でも通っていた体操教室は、褒めてくれる場所だった。それがうれしくて、体操が好きになっていったんです」

 そういった自身の特性が発達障害によるものだと知ったのは、大人になってからだ。学校では怒られる理由になったものが、体操では原動力になった。南は高校時代に日本代表として海外遠征を経験し、04年アテネ五輪団体金メダルの冨田洋之、水鳥寿思らと上位を競った。ケガもあり五輪出場はかなわず、大学卒業とともに競技を退いたが、その経験は後に、ネイスの掲げる「夢中体験」につながる。

 「僕は必死に努力していた。でも努力と思っているうちは、夢中になり切れていなかった」

 楽しいからやる。もっとうまくなりたいから、また動く。その感覚を子どもたちにも届けることが、ネイスの原点にある。

家庭教師から教室網へ 先生を育てるチェーン経営

 大学卒業後はOA機器販売会社で営業を経験し、人材サービス会社などを経て29歳で独立する。仕事は楽しかったが、時間に縛られる働き方には窮屈さも感じていた。

 前職では若くして取締役となったが、社長とぶつかった際に「お前の会社じゃない」と言われ、腑に落ちた。ならば、自分が伸び伸び動ける場所は自分でつくるしかない。

 最初に掲げたのは「体育の家庭教師」。チラシを配っても反応は乏しく、売り上げはわずかだった。

 「家に来てもらうほどではないけれど、どこかでやっているなら連れていきたい」。ある母親の一言で、家庭教師ではなく教室に勝機があると気づいた。教室を始めると、会員は増えていった。

 現在のネイスは、体操教室と発達支援教室を展開する。教室の多くはショッピングセンター内にあり、体操教室の3分の2以上をフランチャイズパートナーが運営する。拡大の中で直面したのが、品質管理の難しさだった。

 「10店舗くらいまでは、社長が毎日電話していれば品質は落ちない。でも11店舗を超えると、よく分からないクレームが出てきました」

体操教室の商品は、子どもと向き合う先生だ。

 「安心・安全に、楽しく体操を教えられる先生をどう育てるか。それが一番のコアです」

 同社は採用人材を研修し、体操の技術に加え、子どもへの声かけや保護者対応も教える。さらに見守りカメラや入会率などの指標で指導品質を可視化してきた。先生の力量に左右されやすい教育をチェーン化できたことが、成長の土台となった。

南 友介 ネイス

通いたい子を断らないために 体操の先のサードプレイス

 南は、ネイスを「体操教室屋」ではないと言い切る。保護者が求めるのは、逆上がりや跳び箱だけではない。毎年のアンケートでも、身につけてほしい力としてコミュニケーション力が上位にくる。

 親は、逆上がりだけに月謝を払っているわけではない。失敗しても立ち上がれる大人になることを願っている。大切なのは、できなかったことができた瞬間を逃さず、「できたね」と認めることだ。南が幼少期に体操教室で受け取ったものが、そのままサービスの思想になっている。

 一方で、その思想は事業拡大の中で矛盾にもぶつかった。体操教室に発達に特性のある子が来ても、安全面から受け入れを断らざるを得ないケースがあった。

 「行きたくなる場所をつくると言いながら、通いたい子を断っていいのか」

 社内でそうした議論が起き、発達支援教室「ネイスぷらす」が生まれた。児童発達支援と放課後等デイサービスとして、体操教室の運動指導を療育に落とし込み、トランポリンや跳び箱、鉄棒、マット運動などを発達状況に合わせて行う。通いづらかった子どもにも成功体験の場を用意する。体操は、子どもを惹きつける入り口であり、自信を育てる手段でもある。

 南がつくろうとしているのは、家庭でも学校でもない、子どもが自分の意思で足を向けられる第三の場所だ。褒められる。認められる。次も行きたいと思える。幼少期の南が体操教室で得た感覚を、発達支援や次の事業にも広げようとしている。

 同社は小学校高学年から中学生に向け、「生きる力」を育む塾の構想も進めている。いわば、勉強を教えない塾だ。スマートフォンやSNSとの付き合い方、人間関係、お金、性教育など、家庭や学校では扱いにくいテーマを、第三者の先生やコミュニティで学ぶ場にする考えだ。(文中敬称略)

セレモニーの鐘を鳴らす南
①セレモニーの鐘を鳴らす南(写真提供:ネイス)
上場セレモニーで史上初? のバク宙を披露
②上場セレモニーで史上初? のバク宙を披露(写真提供:ネイス)
体操選手時代の南
③体操選手時代の南(写真提供:ネイス)