陸上自衛隊唯一の落下傘部隊・第1空挺団を率い、イラク復興支援では隊員の命を預かった岩村公史さん。極限の現場で培ったのは、自ら先頭に立ち、変化を読み、最後まで諦めない姿勢でした。退官後も企業経営や新たな事業に挑む岩村さんに、リーダーに必要な覚悟と行動について伺いました。構成=佐藤元樹 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年10月号より)
岩村公史 エル・カレアのプロフィール
いわむら・きみひと 1962年生まれ。鳥取県出身。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。第1空挺団長、イラク復興業務支援隊長、第9師団長などを歴任し、2020年に退官。現在は障がいのある人の就労支援を見据えた石けん事業にも取り組む。
先頭に立つ者が人を動かす
佐藤 第1空挺団は、自衛隊唯一の落下傘部隊ですね。やはり、空から降りること自体が一番大変なのでしょうか。
岩村 降りるのは手段にすぎず、勝負は降りてからです。敵に発見されにくい場所へ降下し、そこから3日ほどかけて、夜の山中を100キロ近く歩く。昼間は身を隠し、暗くなってから翌朝まで、明かりもない道なき道や尾根を進みます。頼りになるのは、前を歩く隊員の装備に付けた蛍光テープだけ。疲労が限界に達すると、それを見ながら歩いているうちに催眠状態になり、歩きながら眠ってしまうこともある。そんな訓練を当たり前のように続けるので、周囲から「第一狂ってる団」と呼ばれるんです(笑)。
通常の降下でも、東京タワーほどの高さから、時速200キロを超える航空機を飛び出します。怖くないと言う隊員もいますが、私は毎回怖かった。ただ、落下傘が開いた瞬間に「今日も生きている」という充実感がありました。
佐藤 なぜ、あえてそんな厳しい世界を選んだのですか。
岩村 高校時代は家庭の事情もあり、土方の仕事をしながら生活していました。その頃、荻生徂徠の本を読み、理屈で理解するだけでなく、実際に経験して自分の中に取り込むという考え方に出合ったんです。自衛隊に入ってからも、なるべく難しい場所や、誰も経験していない任務へ行こうと考えました。空挺団長やイラク復興業務支援隊長を務めたのも、その延長です。
佐藤 イラクでは、隊員の命を預かる立場でもありましたね。
岩村 現地では、周囲の部族との信頼関係が重要でした。部族長の家を訪ね、食事を共にし、文化を尊重する。食事が体に合わず何度も体調を崩しましたが、それを避けていては信頼されません。関係を築くと危険な場所や不審な動きの情報を得られ、その情報が隊員の命を守りました。
佐藤 リーダーには、部下へ命令するだけではない覚悟が必要ですね。
岩村 空挺には「率先躬行」と「挺身赴難」という考えがあります。人に「行け」と言って後ろにいるのではなく、自分が先に行動する。新年最初の降下では、空挺団長が一番に飛びます。「お前たち行け」ではなく、「俺についてこい」でなければ、人はついてきません。
最後まで諦めない人に運はついてくる
佐藤 その考え方は、経営にも通じますね。
岩村 同じだと思います。社長が前に出て、必要な時に決め、結果の責任を負う。管理や判断の技術は学べますが、その前に、自分はどう生きるのかという哲学が必要です。
佐藤 岩村さんが考える、リーダーに必要な資質は何でしょう。
岩村 最後まで諦めないことです。主傘も予備傘も絡まり、落下した隊員がいました。一度は諦めかけましたが、「死ぬとしても基本通りに降りよう」と姿勢を取り直した。すると傘が半分ほど開き、斜面に受け身を取って助かった。運が良かったのではなく、最後まで諦めなかった人に運がついたんです。
佐藤 一方で、危機の中では、当初の計画に固執することも危険ですね。
岩村 そうです。私は、変化の激しい局面でPDCAを回すだけでは対応できないと考えています。PDCAは、すでに誰かが歩いた道をたどる時には有効です。しかし、危機の現場では状況が刻々と変わるため、あらかじめ決めた計画通りには進めません。
そこで必要になるのが、状況を観察し、情勢を判断し、意思決定して行動するOODAループ(状況に合わせて素早く意思決定と行動を繰り返すための思考法)です。イラクでは同じ道路を続けて使わず、乗る車も毎回変えました。リーダーは舵を握っているのですから、前方に岩があれば、すぐに舵を切らなければならない。状況が変わったのなら、朝令暮改でいいんです。
大切なのは、目的を変えることではありません。目的は見失わず、その達成に必要な手段を状況に応じて変えていく。諦めないとは、一度決めた方法に固執することではない。目的と手段とは別なんです。
佐藤 退官後は、どのような活動に取り組んでいるのですか。
岩村 現在は企業経営に携わる一方、薬剤師の妻と石けんを作っています。第9師団長として青森にいた時、藍の葉から抽出したエキスを知り、天然成分の石けんに配合したのが始まりです。
佐藤 元空挺団長が石けん作りとは、意外な組み合わせです。
岩村 石けんを売ることだけが目的ではありません。私の息子には自閉症があり、私たちがいなくなった後も自立して暮らせる仕組みをつくりたいと考えています。将来は石けん事業を、障がいのある人が仕事と収入を得られる場へ育てたい。人には寿命がありますが、会社は理念と仕組みを次の世代へ引き継げます。一時的な取り組みではなく、長く続く事業にしたいんです。
佐藤 命を預かる現場から、人の自立を支える事業へ。形は変わっても、自ら動き、最後までやり抜く姿勢は一貫していますね。
岩村 人に喜ばれ、感謝されることが働く意味だと思います。
難しいからこそ自分が先に動き、決めたことは諦めない。この経験をこれからも社会へ返していきたいですね。