中東情勢の緊迫化で、製造業を基盤とする中部経済の先行きに不透明感が増している。変えられない外部環境に揺さぶられながらも、成長を続ける産業構造をどう築くのか。中部経済連合会の勝野哲会長に、危機への備えと未来の展望を聞いた。(雑誌『経済界』2026年11月号より)

勝野 哲 中部経済連合会のプロフィール

勝野 哲 中部経済連合会
中部経済連合会 勝野 哲
かつの・さとる──1954年6月生まれ。愛知県出身。77年慶應義塾大学工学部卒業、同年中部電力入社。2013年副社長、15年社長を経て20年会長に就任。同年中部経済連合会副会長。25年6月より現職。

中東危機が揺らす中部経済の先行き

── 2026年2月末に中東情勢が緊迫した際は、原油価格が上昇しナフサ由来製品の供給網にも混乱が広がりましたが、現在の状況はいかがでしょうか。

勝野 ウクライナ侵攻時と比べれば、原油価格の変動は比較的落ち着いています。しかし、日本は原油の大部分を中東に依存していますから、心配なのは価格だけでなく量です。特に、エネルギー備蓄の少ないアジア諸国からものづくりの部品を調達しているサプライチェーンに影響が出てくる恐れがあります。サプライチェーンのどこが詰まるか予測できないことがリスクです。

 中経連が7月から8月にかけて行った会員企業向けアンケートによれば、中部圏における製造業の景況感は、米国とイランの戦闘による原油価格高騰などの影響を受けた4~6月期の1・7から、足もとで17・7まで大幅に改善しました。

 一方、中東情勢の混乱が企業業績に影響を与えていると回答した企業は製造業で約7割に上り、6割近くの企業が原材料費などの安定供給に半年から1年程度を要すると見込んでいます。

── 原油供給の減少によって原材料・物流費が上昇するとともに、価格転嫁の時間差から後に物価高が家計を圧迫し、個人消費や設備投資を冷え込ませる恐れもあります。 

勝野 中経連のアンケート調査では、景気先行きの懸念材料として「中東情勢悪化の長期化」との回答割合が76%、「資源原材料の価格変動」が61%と高いです。仮に中東情勢の混乱による原油価格高騰やサプライチェーンへの影響がさらに長期化すれば、個人消費や設備投資などを通じて、幅広い業種に波及する可能性があります。先行きの景況感は依然として不透明感が払拭されておらず、今後の状況を注視する必要があります。

産学官金で地域を結び新たな産業と人材を育成

── こうした不確実性の高い時代にあって、中経連は「オープンイノベーションの促進」などに注力しています。 

勝野 中部圏では自動車、航空宇宙、機械などのサプライチェーンの中で、品質やコスト、生産技術を巡るイノベーションを長年積み重ねてきました。ただ、それが比較的クローズドでした。これからは、ものづくりにデジタルやデザイン、アートなどの分野、領域の提供する「新たな価値」を融合することで、サプライチェーンの高度化や新たな産業を創出することが必要です。

 また、技術を社会実装させ、新しい製品やサービス、ビジネスへ変えていくこともオープンイノベーションとして重要な視点です。

── その基盤となる「製造業のスマート化」に向け、中経連は26年3月にDXとGXによる産業の進化と多様化に向けた提言を策定しました。 

勝野 一つの工場や企業だけがデジタル化しても、前後が従来の仕組みのままでは産業全体は変わりません。設計から調達、製造、販売、サービスまでデータをつなぎ、中小・中堅企業を含むサプライチェーン全体へDXを広げる。そのためには、技術と資金、人材を持つ産学官と金融機関の連携が欠かせません。

 生産技術と現場データの蓄積がある中部圏ならではの重要な領域として期待するのが、ロボットや生産設備を動かすフィジカルAIです。製造現場で働く人がフィジカルAIを育て、生産性や品質を高めていく。そして、高度な判断や作業を担う「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」に育っていく。将来的には、製造業のサプライチェ―ン全体が現場に蓄積されたさまざまなデータでつながり、製造業のスマート化が進んでいく。中部圏の製造業が「次世代のものづくり」へと進化する上で重要な要素だと思います。

── そうした人材や新事業を育てる拠点が、中経連と名古屋市が共同運営するナゴヤイノベーターズガレージです。 

勝野 ガレージでは年間400件を超えるプログラムを開催し、累計来場者は20万人を突破しました。25年度に育成したイノベーション創出人材は339人、アントレプレナーシップ人材は2739人に上ります。ガレージで人やアイデアを育て、STATION Aiで企業・技術・資金につなぎ、事業を成長させる流れが生まれています。

 起業家だけでなく、既存企業で新規事業を担い、組織や業種を越えて『新たな価値』を生み出す人材も増やしたいです。

── 国内外から投資家や事業会社、スタートアップなど5千人以上が集まる「TechGALA Japan」も、中部圏のものづくりと世界の技術が交わる場です。さらに静岡・浜松・岐阜・三重の拠点も結び、地域を越えて人材や企業が動く「面的なオープンイノベーションのうねり」を目指しています。 

勝野 中部圏には、製造現場とサプライチェーンの土台があります。〝ものづくりと新しい技術の出会い〟がこの地域ならではの強みです。東京などのようにユニコーンとなったスタートアップが次のスタートアップを育てるのではなく、ものづくりとスタートアップが融合し、新たな価値やビジネスを創出するエコシステムをつくることが必要です。

 また、産業の多様化によって、製造業の周囲にデジタル・AI・デザイン・コンサルティング・情報サービスなどの職種が増えれば、若者や女性が地域で描けるキャリアも広がります。若い人材の流出の背景には、選びたい仕事が不足していた面もあります。地元で働き、キャリアを積める場所をつくっていく。製造業の強さを起点に、産業を進化させ多様化していくと同時に、多様な人材の育成と活躍に資する環境を整備することが、当地の持続的な発展に不可欠です。そのために、中経連は地域や産学官金の「つなぎ役」として、引き続き汗をかいていきたいと思います。