元はゲームに特化したGPU(画像処理半導体)からスタートしたエヌビディア。その後、さまざまな分野にGPUを拡大し、汎用化に成功。世界首位の座を守り続けている。その座を下支えするのは意外にもソフトウエア開発だった。ジェンスン・フアンCEOの右腕として絶大な信頼を得て、日本代表を務める大崎真孝氏に日本半導体復権のカギを聞いた。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年11月号より)
大崎真孝 エヌビディアのプロフィール
おおさき・まさたか 大学卒業後、日本テキサス・インスツルメンツに入社。20年以上、営業、マーケティングなどを経験。2014年にエヌビディアに日本代表として入社。米国本社副社長も兼任。首都大学東京で経営学修士号(MBA)を取得。
AI投資に慎重な日本 パートナーとの関係醸成
―― 日本市場での成長機会をどのように捉えていますか。
大崎 日本はこれから半導体で大きく成長できると確信しています。日本は長い年月をかけて機械、ロボット、それらを使った製造装置、製造現場の技術力を磨き続けてきました。
そこにAIが加わることによって、より大きなイノベーションを起こすことができるのです。
AIは単なる新しい技術ではなく、既存の強みをさらに伸ばす力を持っています。日本の製造業が持つクラフトマンシップ、精緻な品質管理、改善文化、こうしたものはAIと非常に相性が良いのです。新しい産業が生まれるだけではなく、これまで日本が築いてきた強みが、AIによって再び飛躍し、新たな価値を創造することができると考えています。
―― 日本の企業はAIへの投資に慎重だとされていますが、どう向き合っていますか。
大崎 従来のコンピューターの概念にとらわれ過ぎているのだと思います。これまでの計算資源やスーパーコンピューターは、企業内で特定の計算をさせるためのコストとしてとらえられがちでした。しかし、AI時代のコンピューターは全く定義が違いまして、言うなれば新しいものを生み出す製造装置なんですね。価値を生み出し、製品を生み出し、最適化し、現場を変革する装置がAIです。だから、AI時代のコンピューターは未来の収益を生み出す源泉だということを、企業の経営者が理解し、腹落ちしていないといけないのです。AIへの投資は単なるITへの投資ではなく、事業構造そのものを変える投資です。こうした考え方に気付くのが遅れてしまったことが、日本のAI投資が世界から周回遅れになってしまった原因だと思います。それでも、ここ数年で日本の多くの産業に残っていたかつての意識は変わってきていると思います。政府も企業も研究機関も、AI投資を本格的に進めています。こうした動きにわれわれは大きな期待を持ってサポートしています。
―― エヌビディアのGPUが世界で受け入れられている理由は何でしょうか。
大崎 私たちは半導体メーカーでありながら、ソフトウエア開発ツールへの投資を続けてきました。裏を返せば、われわれの創業30年の歴史は、ソフトウエア開発の歴史でもあります。GPUアーキテクチャ(システムやソフトウエアの基本設計)とソフトウエアを一体にして進化させる、いわゆる「汎用コンピューティング」を追求してきました。
1つのGPUアーキテクチャから、自動運転、創薬、科学技術計算、グラフィックス、ロボティクスなど、あらゆる産業のコード(プログラミング言語によるコンピューターへの命令)を作ることができます。 開発者がわれわれのアーキテクチャに精通すれば、複数の産業に横断的に貢献できる。つまりスケールすることができます。半導体そのものの性能だけではなく、ソフトウエア開発ツールが世界中の開発者に活用されているところがわれわれの最大の強みだと考えています。
―― 日本のパートナー企業との関係をどのように捉えていますか。
大崎 われわれはパートナー企業との関係性構築を大事にしています。
日本には、創業期から支えてくれたセガのようなゲーム企業もあれば、政府、研究機関、半導体製造装置メーカー、材料メーカーなどがあり、われわれは多様なパートナーたちと関係を築いてきました。ICパッケージ基板を納入してくれているイビデンも、深い信頼関係で結ばれた、かけがえのないパートナーです。
われわれの企業としてのDNAには〝エコシステムを大事にする〟という価値観が組み込まれています。つまりは良好な関係性を回していくということです。パートナー企業とわれわれの技術者が連携して、共に成長する関係性を大事にしていきたいと思っています。
分散型データセンター時代へ AI技術急進化への対応策
―― 日本のAIインフラ整備はどの段階にあるとみていますか。
大崎 日本のAIデータセンターは、アメリカなどと比べるとまだ規模は小さいと思います。しかし、政府を中心として企業、研究機関が一体となって、インフラ整備が始まっています。 ただ、日本は国土の制約があるため、巨大なデータセンターを一箇所に造るのは難しく、今後はデータセンターを各地に置いてネットワークで結ぶ、分散型データセンターが増えていくでしょう。
AIには〝学習〟と〝推論〟があります。 学習は巨大なデータセンターで行う必要があり、推論でも大きなデータセンターが当然必要になりますが、われわれが普段使うデバイスの近くでリアルタイムに推論を行う必要があります。
日本では今後3年間で、学習用と推論用のデータセンターが混在する環境が増えてくるだろうとみています。このように、日本の産業構造に合ったAIインフラが整備されていくことで、AIの活用はさらに広がり、爆発的なAI需要も持続するでしょう。
―― 今後10年間、日本市場をどのように開拓されますか。
大崎 日本の市場だからといって特別なことはしません。われわれは創業以来、開発者へのサポートを事業の中心に据えてきました。企業、研究者、技術者、そしてスタートアップ企業を愚直に支援し続け、大学や高校、高専の生徒も含め、次世代の技術者を支えていくということを信条に掲げてきました。
従いまして、われわれのビジネスモデルはあくまで、ツールを提供して開発を支援することです。われわれは地道にパートナー企業などとの関係性を築くことを心掛けています。技術者同士をつないで、小さな渦を作り、それを大きな渦にしていく。その渦が日本からさらに広がっていこうとしています。私たちはそれを全力でサポートしていきます。
―― ラピダスの最先端半導体プロジェクトをどう見ていますか。
大崎 日本が最先端の半導体製造工場を持つことは、素晴らしいことだと思います。ラピダスの取り組みは、日本の産業にとって非常に大きな意味があります。
日本は追い込まれてから強みを発揮する国です。官民が一体となり、企業が集まり、知見を結集する。それが日本のチームワークであり、最大の強みです。私は、日本の半導体産業は必ず再び飛躍すると信じています。
―― AI技術の急速な進化に、日本はどう対応すべきでしょうか。
大崎 AIは日進月歩どころか、1日で進歩するほどの圧倒的なスピードで進化し続けています。日本がAIの投資と導入で遅れた理由は、ハードウエア志向が強かったからだと思います。ハードが強い国は、ソフトの変化に対して慎重になります。しかし、日本が得意としてきたハード製造とAI開発を組み合わせれば、日本は世界を再びリードできると思います。特にロボットを含めたフィジカルAIは、いま国を挙げて注力する領域です。政府が後押しするフィジカルAIモデルの開発会社に、日本の数十社が参画しています。このように日本の知見を集めてグローバルに対抗することが極めて重要です。
ただし、開発にも投資判断にもとにかくスピードが求められます。特定の大企業だけではなく、中小企業、スタートアップ、学術界を巻き込み、進める必要があります。
フアンCEOの右腕として 日本AI開発成功のカギは
―― ジェンスン・フアンCEOはどのような人ですか。
大崎 ジェンスンは、技術力・ビジネス力・熱意の3つを併せ持っていると常々感じています。技術への探求心は誰よりも深い、生粋のエンジニアであり、人とのパートナーシップを何より大事にします。そして底知れぬパワーを持っています。ジェンスンは常にビジネスの課題を考えていますし、常に学ぶ姿勢を貫いていて、私から見ても隙が一切ありません。こうした彼の姿勢は、エヌビディアのすべての従業員に、勇気と誇りを与えています。
―― ジェンスン・フアンCEOとの役割分担は。
大崎 アメリカ本社の副社長として日本市場を私が全て受け持っています。前職も含めて外資系企業に30年以上勤めていますが、アメリカ本社のためにと考えたことは一度もありません。
やっぱり日本人として日本のために努めるということが一番大切だと思いますし、そこは一度もぶれたことはありません。
―― 日本のAIモデル開発をどう支援していきますか。
大崎 例えば、刀を作るように1つのことに集中して独自のものを作り上げるところが日本のものづくりの強さの源泉です。しかしそこで終わってはいけないと思います。
特に製造の現場では、今後さらに効率化と革新性の両立を生み出していかなければなりません。そのプラットフォームを確立するために、パートナーである企業と連携しています。日本は、こういった連携モデルの構築は不得手です。だからこそわれわれがデータフライホイール(企業の知見とユーザーからのフィードバックを統合しAIモデルが継続的に改善される循環のこと)と呼ぶ仕組みを日本でも独自につくっていくべきなのです。
われわれは、AIは価値製造装置だと位置付けています。データを価値や収益につなげていく役割を果たすのがAIです。この概念を踏まえつつ、収益を生み出し続けられるような製造装置を、1社ではなく企業連合で作っていくことです。
日本が今後強みを出していけるのが、ロボット技術やフィジカルAIの領域です。ロボット製造に関して言えば、日本の多くのエンジニアが得意としているハードウエアを製造する技術が不可欠ですし、そこにAIというブレーンを入れていくわけです。ハードウエア製造技術こそ、日本の匠の技術を生かすことができますし、ハードをさらに磨いて、そこにソフトとなるAIを入れて新たな技術を創り出していくことが、日本が再び世界と肩を並べていける近道だと考えています。