半導体製造に欠かせない工程のひとつ、ウエハー上に回路パターンを転写する露光。とりわけ先端半導体の露光に必要なのが、現在世界でASMLしか供給することができないEUV露光装置だ。日本に進出して25年。日本の半導体産業を側面から支えてきたASMLは、ラピダスをはじめとする官民を挙げた日本の動きを“変化への起点”と歓迎する。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年11月号より)

藤原祥二郎 ASMLジャパンのプロフィール

藤原祥二郎 ASMLジャパン
ASMLジャパン社長 藤原祥二郎
ふじわら・しょうじろう 名古屋大学工学部を卒業後、1981年に⽇製産業(現・⽇⽴ハイテク)に入社。その後、⽇⽴ハイテクの半導体製造装置営業部⾨の部⻑、本部⻑職を歴任。2015年に⽇⽴ハイテク台湾董事⻑兼総経理(Chairman & CEO)。18年4月から現職。

ラピダスを側面支援 日本市場の転換点が商機

―― EUV露光装置のラピダスへの導入では、どのような苦労がありましたか。

藤原 まず一番大きかったのは、北海道の千歳市という場所が、もともと半導体関連の産業がほとんどない地域でしたし、われわれにとっても初めての土地で、そこにEUV露光装置を導入するということは、まさにゼロから環境を整える大きな挑戦でした。そもそもEUV露光装置は数万点に及ぶ部品から成り立ち、重量も自動車数十台分と大きさも重さもケタ違いです。ですから複数のモジュールに分けて輸送します。ロジ面の苦労はもちろん、ラピダスが求めるスケジュールに合わせて、装置の設置、サポート体制、現地拠点の立ち上げを同時並行で進めなければなりません。これは本当に大変な作業で、日々ラピダスを含め関係者間で綿密にコミュニケーションを重ねながら、どうやってスケジュールに間に合わせていくか、綱渡りの日々でした。

 プロジェクトを成功させるために、私たちが最初に取り組んだのは、日本、台湾、韓国の技術者で構成する、ハイブリッドチームの編成でした。台湾や韓国には、すでにEUV露光装置設置の経験を持つ技術者がいましたので、まずはそうした人材を千歳に招きました。その一方で高い技術力とものづくりへの熱意あふれる日本国内のベテラン技術者たちにも声を掛けました。さらにわれわれの長期的な人材育成も見据えて、新卒採用者も加えています。

―― ラピダスの歩みとASMLジャパンの成長は連動しているのでしょうか。

藤原 ASMLは2001年に日本法人であるASMLジャパンを設立し、25年にわたり日本の顧客に寄り添ってきました。その基本姿勢は変わっていません。ラピダスプロジェクトは、われわれにとって、次の成長段階へ進むための重要な起点になったと認識しています。

 これまでのASMLジャパンは、どちらかというと既存の顧客に対して装置を導入、サポートするという役割が中心でしたが、ラピダスプロジェクトでは、ゼロから立ち上げました。

―― ラピダスのような半導体の国家プロジェクトが進む、今の日本市場をどう見ていますか。

藤原 日本の半導体産業は本当に大きな転換点にきていると強く感じています。先端ロジックや先端メモリに加え、パワー半導体、アナログ半導体をはじめとする幅広い領域で、官民による投資や取り組みが日本各地で進んでいます。

 こうした産業構造の変化の中で、われわれが担う役割がますます重要になっていると感じています。具体的には3つの役割を果たしていこうと考えています。1つ目は、ASMLが持つ最先端の技術を日本の顧客の現場に確実に導入し、安定稼働させ、顧客の価値に結び付けること。2つ目は、日本の顧客は非常に高い品質を求めていますので、現場から出てくる要求や課題をタイムリーにオランダ本社に届けて、製品の開発や品質改善につなげることです。これは日本市場の声を本社に反映させることで、ASML全体の製品力を高めることにつながります。

 3つ目は、材料や部品などの日本メーカーとの連携を強化し、サプライチェーンをより強固なものにしていくことです。日本には非常に優れた材料・部品メーカーが多く存在しますので、われわれとしても日本のサプライヤーとの協業を深めることで、製品の競争力をさらに高めていきたいと考えています。

対話で規制の壁を崩す 最先端技術の日本導入を加速

―― 日本市場特有の参入規制にはどう対応してきましたか。

藤原 EUV導入では、高圧ガス保安法への対応が大きな課題でした。われわれは、規制は障壁ではなく、むしろ安全を守るための前提条件だと捉えて、正面から向き合っていくことが重要と考えました。具体的には、規制当局や政府機関と早い段階から対話を重ね、技術的な安全性の根拠や国際規格との整合性を丁寧に説明していって、オランダ本社の設計・品質チームとも連携し、追加の負荷がかからないような形を模索。こうした取り組みによって課題を解決できました。

―― 企業としてのASMLをどうみていますか。

藤原 ASMLはオランダで設立当初は、わずか31人の会社でしたが、今は全世界で4万4千人を超える規模に成長しています。ASMLは設立当初から研究開発、技術進化を重視する組織文化を育んできました。その文化、設立当初のベンチャー的なマインドはいまも受け継がれています。技術進化を止めない姿勢が、ASMLという会社の根幹を支えています。

―― 藤原さんがASMLに参画したきっかけを教えてください。

藤原 ASMLが日本市場に参入する最初の段階から関わってきました。ASMLジャパンが設立される前の1990年代半ば、私は日立ハイテクにいて、ASMLは代理店を設定して日本市場に参入しようとしていました。その後97年に代理店のASMLチームに加わり、ゼロからASMLの日本市場を開拓していきました。代理店契約が終わる2008年までそのチームにいて、その間の01年にASMLジャパンが発足しましたが、その後も日本市場を共に開拓していったのです。そして18年にASMLジャパンにカントリーマネージャー、日本法人社長として戻り、現在に至ります。

―― 日本市場での苦労や印象深い点はありますか。

藤原 90年代半ばのわれわれの参画当初は、ニコン、キヤノンという名だたる日本企業が市場の大半のシェアを占めていたので、われわれがそこに参入して、ゼロからスタートし、信頼関係を築いていくことは、並大抵のことではありません。

 ただ半導体産業は、1つの国の技術で全てを賄うことができるものではなく、グローバルの中で技術が進化して成長してきた産業です。その時点で最も優れた技術を、最適なタイミングで取り入れ進化させていくことが必要です。ASMLは露光装置に特化した専業メーカーであるだけに、顧客が必要とするタイミングで、必要な技術を提供していくことができるかどうかが生命線です。そのために、どういうことを今やっていくべきかということを絶えず考えながら、技術も製品も顧客の最適なタイミングに合わせて出していく。

 われわれの開発の基本は、オープンイノベーションです。露光装置のレンズの部分も含め大部分を他社から調達し、そこにわれわれのインテグレーション能力を加えて装置を完成させています。オープンイノベーションで顧客やパートナーと早い段階から手を組んできたことが今につながっていると思います。

―― 日本企業から外資であるASMLに参画する際にとまどいはありませんでしたか。

藤原 ASMLの優れた技術を日本に持ってくる、日本の半導体産業に貢献するという気持ちでやってきましたので、そういう意味では外資だからどうということはなかったですね。

 われわれの露光装置は、海外の技術のひとつかもしれませんが、最終的にそれが顧客の価値につながって、顧客の競争力が高まると信じてやってきました。

拠点と人材を厚くして 日本市場拡大に対応へ

―― 日本の顧客企業との関係性はどう変化してきましたか。

藤原 25年前にASMLジャパンができてから、顧客の数は増え続けていますし、信頼関係も一歩ずつ積み上げてきていると信じています。日本の半導体産業は、アナログ半導体やパワー半導体を手掛ける企業も数多くありますし、ラピダスのような最先端の半導体を作ろうという動きもありますから、日本は大きな市場になってきていると感じます。これに応じてわれわれも、幅広い顧客企業をサポートできるように、基盤を強化していかないといけません。今、日本の半導体産業は大きな転換点に差し掛かっていますが、われわれも変化できるタイミングに来ていると思います。

―― 具体的にどう変化させていきますか。

藤原 ここ数年で拠点を増やして人員も増員して、今は500人体制になりました。さらなる成長を見越して、業務の効率化と生産性向上を進め、持続的な成長を支えられる体制を構築したいと考えています。具体的には今の500人体制を700人体制に増やしていく計画で、企業体質をさらに強化していこうと考えています。

―― EUV露光装置はかなりの高額ですが、日本市場での需要は本当に広がるのでしょうか。

藤原 ラピダスだけでなく、TSMC、マイクロンも日本で先端半導体製造への投資が進んでいます。こうした技術の高度化に伴い、 EUV露光装置の需要はますます伸びていくとみています。

 さらに、最近新工場への投資を発表したキオクシア、ソニーをはじめ、先端分野以外の成熟半導体と呼ばれる分野でも露光装置の需要が継続すると考えています。日本市場はまだまだ大きな伸びしろがあると考えています。

―― 今後10年間、日本市場をどう進化させたいですか。

藤原 半導体産業はグローバルな環境で成長してきた産業で、われわれもグローバル企業として歩んできました。グローバルならではのスピード感は大切ですが、品質にこだわる高い技術力は、日本が持つ特性だと思います。グローバルと日本それぞれの強みを生かしながら、日本市場の発展に貢献していきたいと考えています。

―― ASML全体の中で日本市場のシェアをどう伸ばしていきますか。

藤原 われわれはシェアを伸ばすことを目的にしているのではなく、日本の半導体市場の成長に貢献できるようにしていくことを目的としています。だからASML全体に占める日本市場のシェアはあまり意識はしていません。

 それよりも、日本市場の成長にどのように貢献できるか、日本市場とわれわれがリンクしながら成長できるということが非常に重要だと思います。日本の半導体産業が大きく成長するチャンスを生かしてわれわれも成長していきたいです。

世界でASMLしか供給できないEUV露光装置(画像提供:ASMLジャパン)
世界でASMLしか供給できないEUV露光装置(画像提供:ASMLジャパン)