(雑誌『経済界』2026年11月号より)

長内 厚 早稲田大学のプロフィール

早稲田大学大学院経営管理研究科教授 長内 厚
早稲田大学大学院経営管理研究科教授 長内 厚

 私が日本の半導体産業復権のための処方箋として「逆転戦略」という言葉を使っているのは、日本の半導体産業が抱えてきた思い込みを根本からひっくり返す必要があると強く感じているからです。

 日本の製造業は長い間、技術を磨き続ければ競争に勝てると信じてきました。技術を磨けば良いものができる。良いものができれば売れる。

 具体的な事例では、1980年代後半の日本の半導体が世界を席巻した成功体験があります。

 日本には優れた技術者がいて世界に誇れる技術もある。しかし、技術力が強い国ほど、その技術力に依存しすぎる傾向があります。技術が強いからこそ、技術だけで勝てると思い込んでしまう。ここが落とし穴です。

 半導体は技術産業であると同時に、装置産業であり、投資産業であり、サプライチェーン産業です。技術だけで勝てるほど甘くない世界です。むしろ、技術よりもビジネスとしての判断が勝敗を決めることが多いのです。

 ソニーのイメージセンサーが世界一になったのも、半導体は規模が重要なので、モノを作って自社の製品に実装するビジネスだけではなくて、外販が重要だと、当初から外に売るビジネスとして考えていった結果なのです。

 問題は、ビジネスの知恵が圧倒的に足りていないことです。日本には技術力はあるけれども、戦略を描く人材、マーケティングを理解する人材、広報でブランドを作れる人材、経営判断を下せる人材、こうした文系のプロが圧倒的に不足していると考えています。

 逆転戦略はこの構造をひっくり返すことです。技術中心の発想から、ビジネス中心の発想へ。技術偏重の組織から、戦略・マーケティング・広報などを含めた総合力の組織へ。この逆転ができなければ、日本は半導体で再び勝つことはできません。

 もうひとつ重要なのは、少量販売ではなく数を追うという逆転の発想です。日本は長い間、少量でも高品質なら勝てると信じてきました。これはアナログ時代の発想です。ところが、デジタル時代はまったく違う。ソフトウエアは一度作れば、広範囲に一気に拡散させることができる。半導体も同じで、数を出した企業が圧倒的に強くなる。数を出すことで固定費が下がり、利益率が上がり、さらに投資ができる。投資ができるから、次の技術開発ができる。技術開発ができるから、さらに数が出る。このサイクルを作ることができる企業がいま日本で求められているのです。

 ソニーが中国のTCLとテレビ事業で協業を決めたのも、裏側で数のメリットを確保しながら、表側ではブランドを維持するためです。こうしたビジネスとしての戦略的な判断を下すことができる企業がもっと出てこないといけません。

 人材にも逆転の発想が必要です。日本は理系と文系がはっきり分かれすぎています。理系は技術だけ、文系はビジネスだけという区分けがある。しかし、半導体産業では、この区分けが逆に致命的です。技術とビジネスをつなぐ人材がいないと、せっかくの技術が宝の持ち腐れになります。

 元東芝社員で電子工学研究者の舛岡富士雄さんが、営業での経験を経てNAND型フラッシュメモリを発明したように、技術と市場をつなげられる人材が不可欠です。ラピダスが成功するかどうかも、こうした人材が育つかどうかにかかっています。

 技術という武器を持ちながらビジネスとしての戦略をきっちり描くことができれば、日本は必ず半導体で復権できる。私はそう確信しています。(談)