今年2月に日本の最東端、南鳥島沖深海に眠るレアアースを含む泥の採取を世界で初めて成功させた、内閣府のプロジェクトチーム。世界に類を見ないビッグプロジェクトで、深海6千メートルからのレアアース泥採取は技術的にも困難を極めたが見事乗り越え、来年2月以降はいよいよ産業化に向けたフェーズに移る。聞き手=羽富宏文 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年11月号より)
石井正一 内閣府のプロフィール
いしい・しょういち 1973年に新潟大学人文学部経済学科を卒業後、石油資源開発に入社。副社長時代の2016年に内閣府SIPにPD代行として参画。18年からSIP第2期海洋プログラムのPD、23年より現職。
深海6千メートルの壁 産業化見通しは来年以降に
―― 今回の深海6千メートルでのレアアース泥採鉱試験で、最も技術的に難しかった点は。
石井 海洋の石油・天然ガスの世界での最深はブラジル沖の3千メートル級。われわれはその倍の6千メートル級で固体である泥を連続して船上に揚げるわけですから当初は、不可能だと世界中から言われていました。
特に今回難しかった点は、5569メートルのライザーパイプ接続と呼ばれる作業工程です。現場海域では波の高さが8メートル、風速は20メートル超。風速20メートルを超えるとクレーンは動かせないため、途中まで連結させたパイプをぶら下げたまま、探査船「ちきゅう」が定点保持しなければなりませんでした。3千〜4千メートル先で揺れるパイプを保持しながら、目標地点に採鉱機を着底させる困難さは、ヘリコプターからワイヤーを垂らして地上の特定点に着地させるようなものです。気流より海流のほうが複雑ですから、難易度は桁違いです。
それでも事故なく遂行できたのは、事前に造船企業と何度もシミュレーションを重ね、稼働範囲の基準を設計段階から明確にしていたからです。
今回の試験の目的は、海洋ロボティクス技術と海洋観測技術の確立にありました。深海6千メートルで採鉱機器を操作し、海底と海上の同時モニタリングを行った国は、世界では今までありません。日本は世界第6位の海洋面積を誇る海洋国家ですから、これからの海洋産業を育成する上では、この技術は大きな武器になります。
―― 今回の試験では約50トンのレアアースが回収されました。産業化を見据えた場合、年間の生産量はどの程度を想定されていますか。
石井 まず申し上げたいのは、今回の50トンという数量はごく少量でしかないということです。メディアの皆さんからは質量や品質をよく聞かれますが、数千トン規模で採取して初めて、産業化の議論ができると思っています。来年2月には本格的なレアアース泥の採鉱試験を行います。そこで初めて産業化への規模感が見えてきます。来年の試験で予定している350トン/日を、産業化に向けて例えば5倍または10倍にする話は今後のレアアースの価格次第です。
―― 海底環境への影響モニタリングで、特に重要だと感じた知見は何でしょうか。
石井 レアアース泥には放射性物質や有害物質がほとんど含まれていないことが確認できました。また、深海環境の「見える化」も大きな成果でした。6千メートルの暗黒の世界を4Kカメラで撮影し、深海魚や太平洋の魚群が海底の採鉱機や「ちきゅう」の周囲を回遊している映像を撮ることにも成功しました。深海魚と共存できる採鉱技術を撮影できるとは考えてもいませんでした。
他国の妨害リスクは巨大組織をまとめるコツ
―― 南鳥島周辺は日本のEEZにもかかわらず、他国の妨害リスクも指摘されています。
石井 昨年6月、中国軍の空母艦隊が南鳥島のEEZに初めて侵入しました。その航跡を見るかぎり、明らかにわれわれの調査活動への威嚇行動だと感じました。われわれは世界初のレアアース泥の研究開発をしているだけであり、日本の最先端産業に不可欠なレアアースを、特定国に過度に依存しないための調達源の多様化に少しでも貢献することを使命とする研究です。今までは外圧よりも、むしろ国内から「国産レアアースなんて経済性がなく、研究する必要もない」と言われ続けてきたことの方が大変な圧力でした。
―― 長年資源開発に携わってきた中で、今回のプロジェクトをどう位置付けていますか。
石井 資源の世界は常に山あり谷ありで、石油価格が下がれば、割高な国産資源は不要だと言われ、上がれば上がったで、なぜもっと開発しないのかと言われます。レアアースも同じで、尖閣事件で中国が供給を停止した時は大騒ぎになりましたが、価格が下がると、「わざわざ高い国産レアアースの開発などやる必要はない」と言われてきました。
私は、2018年にプログラムのトップに就任した時には、「世界で初の研究開発をやるには10年は必要」と言いました。SIPは5年の期間のため批判もありましたが、世界に前例がない研究を5年で結果を出せと言われても無理なことでした。今、ようやく、世界の資源情勢がわれわれの取り組みの重要性を後押ししてくれる状況になってきました。
―― 来年2月以降の本格試験に向け、プロジェクト成功の条件をどう考えていますか。
石井 最も重要で優先すべきことは安全です。SIPの12年間の海域調査で一度も事故を起こしていないことが成功の要因だと思います。
さらに、内閣府・文科省・経産省などの関係9府省庁と4国立研究機関の連携も成功してきている重要な要素でした。省庁間には見えない壁がありますが、それを乗り越えて「国を挙げての国産レアアースへの挑戦」として位置付けられたことは、研究開発の促進につながりました。
来年の試験に向けては、技術・環境・国際関係等を結合させながら安全最優先で準備を加速していきます。
―― 産官学からなる巨大組織をまとめるコツを教えてください。
石井 私は新潟大学の文系出身の事務屋ですが、このレアアースプロジェクトの掘削技術等について分かっていなくてはリーダーは務まりません。事務系・技術系という枠を超えて、プロジェクト全体を俯瞰し、3年先や5年先を見据えて組織を動かしていくことが重要だと思います。会社においても、短期の収支だけに焦点を当てた経営ではなく、中長期のビジョンでの経営が重要だと思います。世界で初めての挑戦をやるためには、どうしても長い時間軸が必要であり、会社の経営者にも自分の領域を乗り越えて挑戦する覚悟が求められていると考えています。