かつて技術の独創性と独立路線を貫く気概で世界を魅了したホンダが、経営の岐路に立たされている。ソニーグループとのEV(電気自動車)合弁の不調や日産自動車との経営統合破談など苦境が表面化する中、8月末には、日産との協業合意を発表。反転攻勢のきっかけとなるのか。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2026年11月号より)
技術へのプライドが他社との提携を阻害か
ここ数年のホンダの四輪車戦略を見ると、アライアンス(提携)の相手との間に不協和音が生まれ、当初の構想が頓挫するケースが相次いでいる。
次世代EVの世界的潮流にキャッチアップすべく、異業種タッグとして大きな注目を集めたソニーグループとの提携(ソニー・ホンダモビリティ)では、双方の企業文化や主導権を巡る思惑の違いから期待された相乗効果を発揮できず、停滞に陥った。ソフトウエア主導のモビリティ革命において、エンターテインメント(娯楽)と車体製造の融合という理想を掲げてスタートし、新型車「アフィーラ」の開発を進めたが、量産モデルの展開や収益モデルの確立において明確な解を得ることはできなかった。
さらに深刻だったのは、日産とのアライアンスを巡る混迷だ。両社は2024年3月、次世代自動車技術を中心とした包括的な協業検討を発表し、共同研究に着手した。同年12月には、新興EV勢に対抗すべく経営統合に向けた議論に踏み込んだ。世界販売台数でホンダ(約352万台)と日産(約320万台)が統合すれば、グループ全体で670万台規模となり、米ゼネラル・モーターズ(GM、約618万台)や欧州ステランティス(約548万台)を超える世界第4位の巨大自動車グループが誕生するはずであった。三菱自動車(約80万台)の合流可能性も含め、日本勢による連合体の誕生に期待が高まった。
しかし、企業文化の相違やガバナンス構造、主導権を巡る対立は根深く、25年2月に経営統合交渉は破談へと至った。大型統合によるスケールメリットで一気に戦局を覆すというシナリオは瓦解した。
これらのアライアンスは、ホンダの特徴だった独立路線・自前主義から転換を図る動きといえる。しかし、ホンダは技術者である本田宗一郎が創業し、世界で初めて米国の厳しい排出ガス規制「マスキー法」をクリアしたCVCCエンジンの開発に代表されるように、画期的な技術開発で成長してきた。このことが自社の技術へのこだわりやプライドの高さにつながり、他社との連携の阻害要因となっている可能性も指摘される。
だが、日産との連携が終わったわけではない。経営統合という大風呂敷が畳まれた後、両社がたどり着いたのは、共通の課題に直面する領域に限定した「実利的なプロジェクト協業」。8月31日にはSDV(ソフトが定義する車)分野での包括的な事業提携に関する本協定を正式に締結したと発表した。SDVは、購入後も無線通信によるソフト更新(OTA)で、自動運転機能の拡充やバッテリー制御の最適化など、性能を継続的に進化させられる次世代車両だ。
SDV開発には巨額の投資が必要であり、共通のOSのシェア拡大による開発費の分散と、膨大な走行データの収集能力向上によるAI進化の加速が至上命題となる。ホンダは自前の「アシモOS」を開発してきた経緯があるが、戦略を見直す。両社は次世代の車載OSや基幹コンピューターの仕様を共通化し、29年度以降を目途にそれぞれの新型車へ順次搭載していくことで合意。ホンダ、日産は「両社の技術的知見や人材などを融合し、開発リソース、効率の最大化を図るとともに、開発スピードの向上や、スケールメリットの獲得による開発コストの低減など、さらなる競争力の強化を目指します」と説明した。三菱自もこの協業への参加を検討している。
特筆すべきは、共同開発したSDV基盤をEV専用にとどめず、ガソリン車やハイブリッド車(HV)にも展開するとしている点だ。米テスラや中国勢、独フォルクスワーゲン・リヴィアン連合などがEV特化型で進めるのに対し、ホンダ・日産連合は既存の主力パワートレイン群にも高度なソフトを組み込むことで、既存大手ならではの競争力を確保する狙いがある。
三部社長の続投でも問われる経営責任
一方、ホンダの四輪事業が置かれた現況は極めて厳しい。世界最大規模を誇る中国市場でも販売不振にあえいでいる。
中国市場においては、政府の手厚い支援を受けた比亜迪(BYD)をはじめとする現地EVメーカーが、低価格かつ先進的なソフト体験を提供する車両を相次ぎ投入し、市場の主導権を完全に掌握した。内燃機関を中心とした従来型のモデルラインアップに頼り、EVシフトへの対応が後手に回ったホンダは、中国で販売台数の大幅な減少に直面している。工場稼働率の低下と販促費の増大が収益を圧迫し、かつての「稼ぎ頭」であった市場が、いまや経営の重荷となっている。
北米市場においても、日産ほどではないにせよ、HVやEVの市場展開と規制対応のバランス取りに苦慮しており、四輪事業単体での中長期的な収益見通しは依然として不透明なままだ。
この四輪事業の停滞を補完しているのが、新興国を中心に圧倒的な市場シェアを維持する二輪事業だ。インド、インドネシア、ブラジルなどで強固な販売網と圧倒的なブランド力を誇る同事業は、高水準の営業利益率を弾き出し続け、ホンダ全体の連結業績を下支えしている。しかし、「二輪車で稼いだキャッシュを、構造赤字寸前の四輪事業の開発費に注ぎ込む」という構造が固定化することは、長期的な企業価値の観点から課題である。四輪事業の抜本的改革が遅れたのは、二輪事業があったからだという指摘も否定できない。
逆風が吹き荒れる中、三部社長の続投が決まった。通常であれば経営責任が問われてもおかしくない局面での続投で、これ以上の業績悪化が許されない状況といえる。
三部社長はかつて、「40年までに世界での新車販売全てをEVまたはFCV(燃料電池車)にする」という業界内でも最も踏み込んだ電動化目標を掲げていた。しかし、足元のEV需要の減速でこの目標を撤回、その後も〝誤算〟が続く。26年3月期決算はEV戦略見直しで巨額損失を計上し、4千億円超の赤字となった。三部社長は6月の株主総会の冒頭「前期の決算が赤字となり、株主の皆さまに心配とご迷惑をかけ、深くおわび申し上げます」と謝罪した。
四輪事業の構造改革ができるかが存続のカギ
経営陣は今後、「独立路線」か「再編」かという意思決定が迫られそうだ。今回の日産とのSDV協業は、コスト削減とリスク分散という点では現実的かつ合理的な選択だ。しかし、プロジェクト単位の協業だけでテスラやBYD、あるいはトヨタ自動車といった〝巨人〟に長期的に抗し切れるかといえば、疑問が残る。ホンダ経営陣は、「自社の単独生き残り(年350万台規模のスペシャリティメーカー化)」を目指すのか、それとも「より深い資本・経営再編に踏み切る」のかという基本軸において、決断しなければならない。
また、四輪事業については、思い切った「選択と集中」が必要だ。フルラインアップメーカーとしての存在感を捨て去る覚悟が問われる。トヨタのようにあらゆる地域で全方位のパワートレインを網羅する規模を持たないホンダが、すべてのカテゴリーで勝ち残ることは不可能だからだ。中国市場をはじめとする不採算地域・モデルからの撤退や規模縮小を迅速に進め、自社が勝てる領域へ経営資源を集中することなどが「解」となりそうだ。強みのある分野としては、スポーツモデルや小型車、HVなどが考えられる。資源を将来の成長領域へ正しく配分する規律の徹底が不可欠だ。
かつてホンダを世界的な企業に押し上げたのは、「他人の真似はしない」という開発者魂と自由闊達な議論の風土(ワイガヤ)だった。しかし、現在のホンダの四輪車からは、そうした「とんがった個性」が消え、他社と似通ったデザインや性能の製品が目立つ。新時代の「ホンダらしさ」を再定義し、開発現場に熱量を取り戻すことが、経営陣の最大の責務といえそうだ。三部社長だけでなく、6月の総会で新任の取締役に就任、企業変革責任者に就いた49歳の四竈真人氏の手腕も問われる。四竈氏は、SDV開発に携わってきた。
ホンダと日産のSDV合意は、生き残りをかけた現実的な一歩である。しかし決して万能薬ではない。OSの共通化によって時間を稼ぎ、開発費を抑制した先に、ホンダ独自の魅力的な製品やサービスを描き出せなければ、自社のブランド価値を希薄化させる結果に終わりかねない。
ホンダが、痛みを伴う四輪事業の構造改革を断行し、自らの強みを再定義したうえで、新時代における「生きる道」を提示できるか。その取り組みの成否は同社だけでなく、日本の自動車産業の未来にも影響しそうだ。