大阪・関西万博が閉幕して1年。開幕前は不人気が懸念されたが、終わってみれば収支で黒字となるなど、「大成功」の結末となった。その一方で、竹中工務店社員が万博に絡む背任で逮捕されたほか、工事費の未払いなど、負の遺産も残っている。ここから何を学ぶべきなのか。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2026年11月号より)
着服した1300万円で自宅をリフォーム
8月、2025年大阪・関西万博のシンボル「大屋根リング」の建設工事を手掛けたゼネコン・竹中工務店の社員の男(61歳)が背任容疑で逮捕されるというショッキングなニュースが飛び込んできた。下請け業者に工事費を水増し請求させ、自社に約1300万円の損害を与えたのだという。万博会場の建設を巡ってはかねてから、下請けへの未払い、無許可工事など、旧態依然とした問題が噴出。「いのち輝く未来社会のデザイン」という高邁な理念と現場の大きな乖離が明らかになり続けている。2500万人超を集め、収支が黒字という結果を叩き出したことだけをもって、単純に成功と位置付けていいのか。今後も国内で目白押しの国家的な大プロジェクトへの不信感も高めかねないだけに、「過程」をどう評価していくべきかの意識も大切だ。
「(大屋根リングの工事は)非常にやりがいのあるプロジェクトだった」
総括作業所長として現場トップを務め、取材を受ける立場でかつてテレビのインタビューにこう語っていた竹中の社員。関係者の間ではよく知られた存在で、その逮捕には衝撃が広がった。
竹中は、万博の工事を担う主要ゼネコンのうちの1社だった。1周約2キロの大屋根リングについては、約3分の1ずつ、3つの工区に分けて設計や施工が行われた。竹中などの共同企業体(JV)が担当したのは約730メートルの「西工区」だ。
このほか、約650メートルの「北東工区」は大林組などの、約740メートルの「南東工区」は清水建設などのJVが担っていた。逮捕された竹中の社員は、西工区の現場トップで、調達や発注などを仕切る立場だった。
大阪府警がこの社員を逮捕したのは8月19日。容疑は、万博開幕直前の25年2月から開幕後の6月にかけ、竹中が発注した仮設事務所の内装工事について、下請け業者に工事費を水増し請求させて竹中に不当に高く請求し、支払わせたというものだった。正規料金とは別の、水増し分にあたる約1300万円の損害を竹中に与えたとされる。
その金は、自宅のリフォーム代などに充てていたという。その後の報道によると、この社員は別の万博関連工事でも同様の手口を繰り返していた疑いがあり、被害総額は6千万円を超える可能性があるとされる。
逮捕を受け、竹中は「この事態を厳粛に受け止め、警察による捜査に全面的に協力し、事実関係を確認した上で、会社として厳正に対処いたします」とのコメントを発表。「心よりお詫び申し上げます。今後、再発防止に向けて内部統制及び管理体制と教育を一層強化し、コンプライアンスの徹底に全力で取り組んでまいります」とした。
下請け業者との取引ルールの見直しについて、7月に社内につくった再発防止チームで検討していくという。事件に関連する損失は、26年12月期の決算期末までに業績へ反映させる。
工事代金の未払いは30社で合計10億円超
それにしても、古くからある旧態依然とした手口の犯罪容疑での、まさかの竹中社員の逮捕。建設現場に詳しい関係者からは、万博のような突貫工事の現場では、発注量と工期のバランスが崩れやすく、「現場の担当者に権限が集中して、チェック機能が形骸化していたのではないか」との見方が上がる。
そして、万博の工事に関する問題は、今回の背任事件にとどまらない。深刻なのは、海外パビリオンの建設費未払い問題だ。
報道で表面化したのは25年4月。これまで判明しているだけで、ネパール、アンゴラ、マルタ、中国、ルーマニア、セルビア、ドイツ、アメリカ、インドなど11カ国分のパビリオンで、下請け業者への工事代金未払いが起きている。被害を訴える企業は約30社にのぼり、被害総額は約10億円超に達するとされる。
5月に発足した「万博工事未払い問題被害者の会」は「このままでは孫請け、ひ孫請けまで連鎖倒産しかねない」と訴えた。
未払いが集中したセルビア、ドイツ、マルタ、ルーマニアの4館で元請けを担ったのは、フランス系イベント企業、GLイベンツの日本法人だ。
被害業者側の証言によると、同社は契約書を一方的に不利に書き換えて「期限に間に合わない場合は減額する」との文言を追加した。工事後に支払いを求めても「契約の未履行があるので払わない」と拒んだという。このGLイベンツ社は、今年9月から10月にかけて開催の愛知・名古屋アジア大会の運営業務を630億円で受注するなど、日本国内の大型イベントに深く食い込んでいる企業でもある。
なお、こうした窮状に対し、大阪府の吉村洋文知事は「民民の問題」であるとして行政による直接的な介入には否定的な姿勢を崩していない。
このほか、未払い問題に関する大阪府の調査の中で、アンゴラ館の建設工事に関し、業者が建設業の許可を得ないまま携わっていたなど、無許可工事が続々と判明。大阪府が下請け9社に対し営業停止処分を出す事態となった。
逮捕、未払い、無許可工事、これらは性質の異なる問題でありながら、同じ現場の中で、同じ会期に前後して、並行して起きていた。あまりに数が多く、深刻と言えるだろう。
一方、万博の事情に詳しいある関係者は「開幕半年前に、経済産業省の担当者が、遅れているパビリオンの建設を急ぐよう日本国際博覧会協会に対してプレッシャーをかけた。この結果、変な業者も入ってきて、未払いや無許可建設の問題が起きる原因の一つになったのではないか」と振り返る。
実際、万博の建設を巡っては混乱が続いた。
会場建設費は誘致決定時の1250億円から、20年に1850億円、23年に2350億円へと2度にわたり増額。その都度、万博協会は「これで最後」と説明してきたが、結果的に資材価格や人件費の高騰を見誤り続けた。
24年に入っても、海外パビリオンの建設は遅れ、関西経済連合会の松本正義会長(住友電気工業会長)が建設業界に対し「デッドラインは過ぎている」「建設会社はけしからん。万博を成功させようというコメントがない」と苦言。日本建設業連合会側からも「工期はどんどん苦しくなっている」との悲鳴が上がり、パビリオンの予算や工期、設計書などをなかなか示さない外国政府に対し、不満が起きていた。
今回の竹中社員による背任事件は、「膨張し続ける予算」「逼迫する工期」「重層的な下請け構造」という、万博建設が最初から抱えていた土壌の上で起きた出来事とみることができるだろう。
一方で、万博には2500万人超が来場し、入場券や公式ライセンス商品の好調な販売によって、運営収支は最大約370億円の黒字となった。こうした事実を踏まえ、「大阪・関西万博は成功だった」という見方は少なくない。大阪府の吉村知事も、閉幕直前の25年10月9日の報道機関によるインタビューで、「黒字が出て、大きな経済効果が生まれている。合格点だ」と述べている。
「過程を問わない」を悪しき前例とするな
だが、万博のような大規模な国家的プロジェクトの成否を、来場者数や収支、経済効果といった量的指標のみで評価してはいけないだろう。
1つ目は、こうした国家的プロジェクトは公金が投じられる事業だからだ。大阪・関西万博も国と大阪府という公的主体が運営し、国、大阪府・市がそれぞれ会場建設費の3分の1ずつ負担した。残り3分の1は経済界だ。竹中の工事費もこの枠組みから支払われており、水増し分は最終的にこの公費を含む予算から支出されている。
今回の背任事件は、公金を原資とする工事費が、下請けへの水増し請求という形で不当に膨らまされ、その差額が個人の自宅リフォーム代に流用されたという構図だ。「税金が不正に使用された」と言って差し支えないだろう。投入された税金がどう使われたかは、公金プロジェクトが負うべき説明責任そのものの一部であり、結果の数字だけで免罪されるものではない。
2つ目は、量的な成果指標には現れない、損をした当事者がいるからだ。大阪・関西万博でも、「2500万人が来場し、収支は黒字だった」という数字の裏で、たとえば工事代金を払われないまま倒産の危機に立たされた業者もいる。突貫工事が行われる中、重層的な下請け構造で未払いのような問題が起きる構造的な要因がなかったのか検証しなければ、次の大規模プロジェクトでも同じことが繰り返されるだろう。成否の評価にこうした検証を含めることは、次に同じ立場に置かれる人々を守るためにも、最低限の手続きだといえる。
こうした構造的な課題を解決せず、同じような不祥事が繰り返されれば、大規模国家プロジェクトそのものへの社会的信頼が摩耗していく。次に同種の事業が持ち上がっても、「またあの構造が繰り返されるのではないか」という不信感が、事業の正当性そのものを掘り崩しかねない。
日本では大規模プロジェクトが目白押しだ。今年9月から10月にかけては、愛知・名古屋アジア大会が開かれ、前述の通りGLイベンツが運営の一角を担う。27年には横浜市で2027年国際園芸博覧会が開かれる予定で、旧上瀬谷通信施設の広大な跡地で会場整備が進んでいる。
大阪では、大阪湾の人工島・夢洲の、万博会場跡地の隣接地で、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の開業が30年に予定されており、工事が進む。このほか、札幌市などでは将来的な冬季オリンピック招致論議も繰り返し浮上している。
「開幕日という動かせない期限」「重層的な下請け構造」「現場への権限集中」……万博で露呈した構造的な問題の検証を急がなければ、控えるプロジェクトでも同じような不祥事が繰り返されかねない。
日本国際博覧会協会(万博協会)や国、大阪府には、万博閉幕をもって問題に区切りをつけるのではなく、税金がどう流れ、誰が割を食ったのかを検証し、その教訓を次のプロジェクトの発注や監督の仕組みに反映させる責任がある。怠るならば、大阪・関西万博は「過程を問わない」という悪しき前例そのものになりかねない。