サマンサタバサを一大ブランドに育てた寺田和正さんが今、力を注ぐのが那須発の銘菓「バターのいとこ」。東京駅や羽田空港、新宿などにも店を構え、行列や完売が相次ぐ人気ぶり。華やかなファッションの世界にいた寺田さんが、なぜ地方や酪農家を支える事業に取り組んでいるのか。その背景を伺いました。構成=佐藤元樹 Photo=田中和弘(雑誌『経済界』2026年11月号より)
寺田和正 GOOD NEWSのプロフィール
てらだ・かずまさ 1965年広島県生まれ。駒澤大学卒。94年サマンサタバサジャパンリミテッドを設立、2019年代表を退任。20年サマンサグローバルブランディング&リサーチインスティチュートを設立。現在、同社社長、GOOD NEWS会長。
コロナ禍の那須で出会った 光を当てたい人たち
佐藤 サマンサタバサを離れた後、なぜ競争の激しいお菓子の世界に進んだのですか。
寺田 最初からお菓子をやるつもりはなかったんです。本当は海外に出るために新しい会社をつくったのですが、コロナで行けなくなった。そこで国内を回る中、那須で酪農家の方や「バターのいとこ」を手掛ける人たちに出会いました。
佐藤 寺田さんの目に、那須の人たちはどう映ったのですか。
寺田 地域や未来のためにと、東京から移住して酪農や農業に取り組む人がいることに驚きました。僕は広島の田舎育ちですが、一度東京に出たら都会の生活がいいと思っていた。だから新鮮だったんです。
佐藤 寺田さんといえばサマンサ時代に、女子プロゴルファーにかわいいウエアを着せて、ゴルフファッションのイメージを変えた第一人者という印象です。
寺田 あの頃はビヨンセやヒルトン姉妹のような華やかな人たちに光を当ててきた。でも今度は、地方で実直に頑張る人たちに光を当てたいと思うようになりました。
佐藤 「バターのいとこ」に本格的に関わるようになったきっかけは何だったのですか。
寺田 コロナがひどくなると那須に人が来なくなり、お菓子も牛乳も売れなくなった。ある時、酪農家の方から乳牛を手放すと連絡をもらいました。「これは何とかしないと」と、僕の店で牛乳やお菓子を売り、知人にもSNSで紹介してもらいました。
半年ほど毎週のように会って、どうすれば継続できるかを話し合いました。思いを事業として続ける仕組みが必要だと考えたんです。
社会性だけでは続かない「売れる」仕組みをつくる
佐藤 思いだけでは、事業は続きませんね。
寺田 そうなんです。どれだけ考え方が素晴らしくても、商品が売れなければ続かない。そこで僕の出店や人材、ブランドづくりのノウハウを持ち込みました。商品がバッグからお菓子に変わっても、ストーリーがあり、お客さまに支持され、売れることが大切なのは同じです。
ただ、那須の人たちとはスピード感が全然違いました。「那須には那須時間がある」と言われて(笑)。僕は東京の感覚でどんどん進めたい。でも地方で人を雇いながら丁寧につくれば原価も上がる。都市部では家賃も高い。その一つ一つを理解してもらうのは、思った以上に大変でした。
佐藤 寺田さんにとって、経営や商売は子どもの頃から身近なものだったのですか。
寺田 実家が鉄工所で、父は経営者でした。1億円、2億円というプラントを売る世界ですから、僕が1万5千円くらいの商品を売り始めた時は、「1億円売るのに何個売るんだ」と言われました(笑)。それが今は数百円のお菓子ですからね。
佐藤 幼少の頃から、将来は経営者になろうと思っていたのですか。
寺田 父の会社を継ぎたいと思っていましたが僕は次男だったので……。ただ子どもの頃、会社が危なくなって「夜逃げの準備をした方がいい」という事があって。結局しなくて済みましたが、母が動揺する一方、父は動揺を見せなかった。その肝が座った姿は今でも覚えています。
佐藤 サマンサ時代も、何度も危機を経験したでしょう。
寺田 何度もありました。昔はひたすら突き進んでいましたが、今は、深刻になる前に手を打てるようになりました。
佐藤 そうした経験を重ねた今、事業が成長することをどう捉えていますか。
寺田 酪農家の皆さんの収入が上がっているのを見ると、少しはいいことができているのかなと思います。小さな酪農家の方でもきちんと収入を得られれば、「自分もやりたい」という人が出てくるかもしれない。昔は牛乳を飲んでも「ありがたい」とまでは思わなかった。現場を知って、地方で頑張る人がいるから都会にも商品が並ぶと気づかされました。
ただ、年に1、2回は「俺、何でこれをやっているんだろう」「これは本当に正しいのか」と思うこともあります。でも次の日には「早く新商品、出して」って言っているんですけど(笑)。
佐藤 サマンサタバサ時代と比べ、消費者の価値観も変わりましたか。
寺田 当時は「憧れ消費」の時代でした。海外セレブを広告に起用し、その流れにうまく乗れた。でも今はSNSが広がり、リアルかどうかが重要になった。次は「共感」や「応援」で商品を選ぶ時代だと思っています。
実は将来、もう一度ファッションをやりたいんです。まずスイーツを固め、次にアート、その次にファッション。ファッションでも「応援消費」の仕組みがつくれたら、今の時代の新しい流れをつくれるかもしれない。
佐藤 もう一度、時代をつくる挑戦ですね。
寺田 できるか分かりませんけどね。でも、そんな夢を見ながらやっています。