戸田恵梨香、有村架純らが所属する芸能プロダクションの敏腕マネジャーであり、映画プロデューサーなど芸能界で広く活躍してきた辻村草太氏。2024年に独立し、俳優育成合宿所を運営しながら、一般企業へ向けたメンター制度導入支援をスタートさせる。芸能界で培った人を育てるスキルや知見をどう生かすのか。聞き手=武井保之 Photo=片山よしお(雑誌『経済界』2026年11月号より)
辻村草太 JIKKAのプロフィール
つじむら・そうた 1986年生まれ。静岡県出身。目白大学卒業後、芸能プロダクション・フラームに入社。以降15年間、役者のマネージャー、新人開発に従事。東放学園や京都芸術大学の講師、「横浜国際映画祭」新人女優公開オーディション審査員、映画プロデューサーなどを兼務。芸能界で幅広く活躍する。2024年に独立しJIKKA創業。古民家を活用した俳優養成合宿所運営のほか、俳優のメンターとして、俳優のメンタリングや演技ワークショップなどのサービスを提供する。一般企業向けの人材育成プログラムを準備中。
売れる俳優を育てるために人間性を鍛えていく
―― 人気俳優が多く所属する芸能プロダクション・フラームで長く活躍してこられました。独立起業した経緯を教えてください。
辻村 新人発掘を担ってきたなかで、若手俳優の悩みを聞くことが多かったんですが、その多くがマネジャーとのコミュニケーションがうまくいっていなくて。それは、俳優自身が少し目線を変えれば、考え方が大きく変わることが多い。そうなるともっと伸びていく可能性がある。壁にぶつかって悩んだり、将来が見通せずもがき苦しむ俳優も含めて、彼らにしっかり向き合いたいと思いました。それを1つの芸能プロダクションのなかではなく、芸能界全体で行っていくための起業です。
―― フラームは韓国スターのハン・ヒョジュの日本マネジメントも行っていました。そこから得たこともありますか。
辻村 彼女が韓国で所属する大手芸能プロダクション・BHエンターテインメントの話を聞く機会がありました。そこから得たのは、世界進出で成功している韓国にはあって、日本に足りていないものは何かという学びです。大きく言えば、俳優部のほか、プロデュース部、演出部、技術部、制作部などがありますが、それぞれがより高みを目指す必要があると感じています。僕なんかが言うのはおこがましいですけど(笑)。
―― 成功している俳優とそうでない俳優の違いはどう考えますか。
辻村 もちろん俳優個々の芝居の技術や人としての器など、個人の力量は影響します。しかし、いい俳優とは何だろうと考えたときに、最も大きい要素は人間性という結論に達しました。
技術を伸ばすのも人としての器を大きくするのも、全て人柄です。ただ、この部分に特化してレッスンをしている芸能事務所も養成学校も、調べた限りありませんでした。技術的な部分のアプローチを中心に行うところがほとんど。だから、人間性や心とカラダをつくることにフォーカスして、そこに向き合う場所をつくろうと思いました。それが独立のスタートです。
―― 現在の事業内容を教えてください。
辻村 浜松にある古民家を改装した合宿所で一人一人のポテンシャルを最大限引き出し、可能性を伸ばすための俳優育成プログラムを実施しています。講師は、モデル、歌手、声優、俳優として40年以上芸能界で活躍し、イデアアクターズスクールの代表を務める皆川真澄さんです。
現在は、新人や若手俳優だけでなく、すでに芸能界で経験を積んでいる中堅やベテラン俳優も学び直しや新たな視点を得るために来てくれています。芸能界以外からも、俳優を目指す学生のほか、子育てを終えた主婦や一般社会人、会社経営者など10〜50代まで幅広い層が、演技を学びたい、仕事に生かしたい、人間性を高めたいなど、それぞれの目的を持って参加しています。
スタートから1年で、ありがたいことにキャンセル待ちが出るほどになっています。
―― どのようなプログラムになるのですか。
辻村 基本的には2泊3日のパッケージで、皆川先生の台本を使わない心とカラダに向き合うためのレッスンを1〜2日目に合計10時間ほど受けます。2日目には大自然のなかの森林浴で五感を研ぎ澄ませる時間があり、夜を含めたそれ以外の時間は、合宿所にいる全員でとにかくずっと会話をします。合宿のなかでもこの会話がとても重要です。
3日目は、それぞれが作ってきた「今の自分」に関する詩を森の中で朗読します。すると、事前に準備してきた詩ではなく、その森の中で感じて、湧き出てきた感情を今の自分として独白する人が多いんです。それは、自然のなかで自分と向き合う長い時間から生まれてきます。結果的にどう生きるかという人間の根源的な部分に突き当たるのですが、そこから自分を知り、良い部分もその逆も受け入れていく。すると自分のなかのいろいろなことがかみ合い、人それぞれが持つ“流れ”が良くなります。そこから周囲と自分の流れが合ってきて、いろいろなことがうまく回り始めます。
―― 俳優としての心の強化につながるのですね。
辻村 ただ、目に見えない部分の変化なので、内容や変化を人に伝えるときに難しさを感じます。でも、そこには紛れもない成長があるから、結果的に参加者はみんな楽しく生きられるようになっていくんです。合宿に参加してから仕事がうまくいっているという俳優さんからのお礼の言葉をよくいただきます。
この流れって確かにあって、それを良くする絶対条件は、他人軸ではなく、自分軸で生きることです。他人の求めるものや正解に合わせるのではなく、自分がどう考えてどうしたいかに気づいていく。自分のなかの真実の感覚を高めて生きることを第一歩にしています。
広がる俳優メンターの役割 一般企業の人材育成へ進出
―― 育成合宿以外にも俳優メンターとして活動されています。
辻村 メンターとして個々の俳優のメンタルケアや業績向上のお手伝いをしているほか、現在は俳優の山田孝之さんが企画プロデュースするオーディション番組「THE OPEN CALL-MAIN PARTNER 山田孝之 -」(Lemino)のアクティングメンターも務めています。オーディションから俳優を発掘し、オリジナル映画を作る過程を配信していく数年に渡るプロジェクトです。現在は3次審査まで進んでいますが(7月中旬時点)、運営サイドよりも近い立ち位置で、参加者たちのメンタルケアなどさまざまなサポートをしています。
リアリティショーは、参加者がSNSで中傷にさらされるトラブルが過去に起きていますが、特有の難しさがあります。だからこそ撮影中だけでなく、撮影前から関係性を構築し、撮影後や放送中でも気軽に連絡ができる、出演者に対して寄り添うことに特化した人間がそばにいるべきだと思いました。新しい価値観が根付いてさえいけば、何かは変わっていきます。この企画にはそういうメッセージが込められていますし、僕自身もそのための役割の一端を担っていければと考えています。
―― メンターの活動は、一般企業向けの汎用性が高いように感じます。
辻村 現在は、高校での講演も行っています。そこでは、俳優へのメンタリングと一般社会のコミュニケーション術を掛け合わせた、社会に出たときの人との関わり方などを話しています。とても反響がありました。
俳優のメンターを名乗っていますが、芝居は心とカラダを使ったコミュニケーションが基本なので、一般企業の営業的な仕事のマインドとも通じるものがあると感じています。人はみなそれぞれのポテンシャルがあるのに、それを使い切れていないことが多い。ほんの少し視点を変えるだけで、モチベーションも行動も全く変わります。それは一般企業でも役立つはずです。
―― その部分の事業化はこれからでしょうか。
辻村 メンタリングは、企業にとって、もともとあるものをより良いものとして認知できるように社員のマインドを変えていくことになります。それだけでほかは何も変わらない。でも、その社員の価値観やモチベーションが変わり、人それぞれの存在価値が高まる効果があるうえ、離職率の防止にもつながります。企業にメンター制度を導入することで、こうした人材育成のお手伝いをしていきたいと考えています。
人の魅力の本質を見つけ スポットライトを当てる
―― 具体的には、芸能界で培ったスキルや知見を一般企業向けにどう生かすことができますか。
辻村 どんな人にも魅力があります。あらゆる角度でその人を見て、その本質的な部分を見つけたら、そこにスポットライトを当てて、応用の仕方や引き出しを見つけていく。そこで肝になるのは会話です。そこに時間を費やせば、それが自信につながり、ブレない思いの大きさが生まれます。決して効率的ではなく、コスパやタイパが叫ばれる現代とは逆行しているかもしれません。でも、そこからしか生まれないものがあることを芸能の仕事から学びました。古い形かもしれませんが、そういう一面が残っていくことも大切ではないかと考えています。
これは人だけでなく、商品の開発にも当てはまります。この手法と成果は、業種や業界を越えてつながっていくのではないでしょうか。
―― 最後に、JIKKAは芸能界のなかでどのような役割を担っていくのでしょうか。
辻村 俳優の能力の底上げと、基本的に立場が弱い彼らの地位向上を掲げています。それが俳優たちが幸せに生きていける道づくりにつながると考えています。
未来の夢は、俳優の村をつくること。そこでは、表現をしたい人たち誰もが楽しみながら芝居をして、生活していける。そして、そこに住む俳優たちの姿から、都会で身を粉にして自分を削りながら働くだけが正解ではなくて、こういう生き方もあるし、人生は楽しいということを伝えていきたいです。