2026年8月、東証グロース市場に上場したエブリー。吉田大成はヤフー、グリーを経て15年に創業。レシピ動画メディア「デリッシュキッチン」を育てた。再生数5回からの出発、コロナ禍を経て、今では小売店頭サイネージや購買データまで取り込む。目指すのは、食を起点にした生活インフラだ。文=佐藤元樹 Photo=田中和弘(雑誌『経済界』2026年11月号より)

吉田大成 エブリーのプロフィール

吉田大成 エブリー
エブリー社長CEO 吉田大成
よしだ・たいせい 1980年生まれ。2005年ヤフー入社。06年グリー入社。10年執行役員、12年取締役執行役員常務。15年9月にエブリーを共同創業。26年8月、東証グロース市場に上場。

会社概要:エブリー
レシピ動画メディア「デリッシュキッチン」を運営するメディア企業。生活者に向けて料理や食に関する情報を届ける一方、食品メーカーの広告・販促支援、小売企業向けの店頭サイネージ、アプリ、ネットスーパー支援なども手掛ける。食卓と店頭をつなぐ事業を広げている。

ネットに「正しい情報」を動画から始めた創業期

 エブリー社長の吉田大成は、新卒でヤフーに入社し、06年に社員20人ほどだったグリーへ移った。ゲームやプラットフォームの立ち上げに携わり、常務として経営にも関わった。

 そこで経験したのが、端末や通信環境の進化が産業を変える瞬間だ。一方、スマートフォンが普及しても、ネット上には生活に関わる信頼できる情報が十分ではないと感じていた。

「もっと誰もが安心して使えて、生活が豊かになるようなインターネットにしたい」。そう考え、2015年9月にエブリーを創業した。

 起業自体が目的ではなかった。「何かを成し遂げたい、世の中を良くしたいという思いの方が大きかった」創業メンバーは4人。初日から複数の動画メディアを立ち上げ、その一つが「デリッシュキッチン」だった。

 食は吉田にとって幼い頃から身近なものでもあった。祖父母と暮らし、朝食のみそ汁を作る際には、祖父に代わって鰹節を削るのが日課だったという。自宅には料理本も多く、料理をすること自体が身近な家庭で育った。

 もっとも、事業として食を選んだのは個人的な思い入れだけではない。1日3回という生活との接点の多さに加え、食品・飲料メーカーの広告市場の大きさにも着目した。テレビ離れが進めば、動画メディアが新たな受け皿になるとの読みもあった。

 ただ、出だしは順調ではない。「絶対いける」と思ったサービスの再生数は当初わずか5回ほど。「観ているのは社内の人だけじゃないか」と思うほどだった。最初は判断が正しかったのか悩んだという。

 それでも毎日コンテンツを出し、データと利用者の反応を見て改善。2カ月ほどすると視聴数は伸び始めた。

創業当時のデリッシュキッチン撮影風景
創業当時のデリッシュキッチン撮影風景(写真提供:エブリー)

店頭までつなぐ コロナで迫られた選択

 次の転機は、オンラインの外へ出たことだった。デリッシュキッチンには食品・飲料メーカーから広告が集まったが、広告を見た人が実際に商品を買ったかまでは追えない。食品の大半は実店舗で購入されるためだ。

 そこでスーパー店頭のデジタルサイネージなどへ領域を拡大。19年には伊藤忠食品と資本業務提携し、食品スーパーとのネットワークを構築した。現在は「retail HUB」として店頭販促、小売アプリ、ネットスーパーなどを支援。来店・購買データとデリッシュキッチンの利用データをつなぎ、メーカーや小売りに広告やDXのソリューションを提供している。

 吉田は、IoTや5Gが広がれば店内のさまざまなものがネットにつながると考えていた。さらにAIが誰でも使えるようになれば「最後に差になるのはデータだ」と17年ごろから考え、オフラインの購買データまで持つことが将来の競争力になるとみていた。

 一方、20年のコロナ禍では、レシピを見る人が増えた半面、メーカーの広告出稿が止まり、売り上げの伸びは鈍化した。当時はメイクやファッションなど複数のメディアも運営していたが、経営資源をデリッシュキッチンへ集中。「他の領域もやり方次第では可能性はあった」が、ユーザー、広告主、小売りとの接点を深く持てる食の領域に張ることを選んだ。

吉田大成 エブリー

AIとデータで食の基盤を広げる

 今年8月、エブリーは東証グロース市場に上場した。本格的に準備を始めたのは約2年前。リテールメディアまで事業が広がり、蓄積したデータを使った成長の道筋が見え始めた時期だった。上場準備は管理部門を中心に進め、事業部門にはほとんど知らせなかったという。

 これからの成長で中心に据えるのが、食生活に関するデータとAIだ。

 エブリーでは「AIファースト」を掲げる。単にAIツールを導入するのではなく、社内データにAIがアクセスできる環境を整え、業務フロー自体を組み替える。従来、データ分析担当者が1、2週間かけていた広告効果や商品分析を、現場担当者が数十分で行えるケースも出ている。

 利用者向けには「デリッシュAI」を提供。料理名や食材から探す従来の検索に対し、「今日は暑いからさっぱりしたものが食べたい」「父の誕生日だから何か作りたい」といった相談から献立決定までを支援する。

 吉田が注目するのは、その過程で得られるデータだ。同じハンバーグでも「ひき肉が安かった」「子どもの運動会だった」など理由は異なる。何を買ったかだけでなく、なぜ選んだかまで分かれば、メーカーや小売りのマーケティングにも使える。

 今後は全国の食品スーパーとのネットワークをさらに広げる。自らスーパーを運営するより、各地域の小売事業者と組み、リテールメディアやDXを共通基盤として提供する方針だ。関連するテクノロジー企業のM&Aも選択肢に入れ、「エブリーに相談すれば、小売りの課題をまとめて解決できる」状態を目指す。

 事業領域を広げる際は「価値あるデータが取れ、既存事業とのシナジーがあるか」を重視する。

 吉田は「僕らのサービスは生活必需品ではないけれど、生活のインフラになりたい」と話す。水道やガスのように意識されなくても、日常のそばにサービスがある状態を目指す。そのために技術の進化に合わせてサービスを変え、食の意思決定から店頭、購買までをつなぐ基盤を広げていく。(文中敬称略)

上場セレモニー集合写真
上場セレモニー集合写真(写真提供:エブリー)
エブリー共同創業者の菅原千遥と共に打鐘を行った
エブリー共同創業者の菅原千遥と共に打鐘を行った(写真提供:エブリー)