ホテル業界では「省人化」が大きなテーマとなっている。その先頭を走るのがアパグループ。フロント業務の無人化だけでなく、あらゆる部門でデジタル化し人手に頼らないオペレーションを目指している。そこから生まれる利益を、今度は従業員に還元する。この「善循環」の狙いと成果を元谷一志社長に聞いた。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年12月号より)

元谷一志 アパグループのプロフィール

元谷一志 アパグループ
アパグループ社長兼CEO 元谷一志
もとや・いっし 1971年福井県生まれ。95年学習院大学経済学部経営学科卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。5年間勤務した後、99年11月アパホテルに常務として入社。2004年専務を経て12年アパグループ社長に就任。アパグループ専務最高財務責任者、グローバル事業本部長を歴任。22年4月より現職。

採用だけでなく 定着にも力を注ぐ

―― ホテル業界では人手不足が深刻になっています。現在の状況をどのように見ていますか。

元谷 ホテル業界は長らく、サービス業の中でも薄利多売型のビジネスだったと思います。海外と比べても、日本のホテル料金はかなり安かった。日本人のお客さまがほぼ中心だった時代には、それでも成り立っていました。しかし、訪日外国人旅行者が増え、ホテルを取り巻く環境は大きく変わっています。

 訪日外国人旅行者は、ビジット・ジャパン・キャンペーンが始まったころの500万人から、昨年には4200万人まで増えました。訪日客が一部の旅行者ではなく、マスの市場になってきたわけです。その一方で、民泊を含めて参入する事業者も増え、競争は激しくなっています。市場の変化に対応できなかった企業は淘汰され、人材の確保や定着も難しくなる。業界そのものが二極分化しているのではないでしょうか。

―― 人手不足が企業間の格差をさらに広げているというわけですね。

元谷 そう思います。DXに乗り遅れた企業や、ブランド力のそれほど高くない独立系のホテルなどは、集客が難しいだけではありません。人を定着させるための福利厚生やベースアップに充てる資金も稼ぎにくい。待遇を改善したくても原資がない。原資がないから人材が集まらない。そして人材不足によってサービスや収益力が低下する。そういう悪循環に陥っている企業もあると思います。逆に言えば、ホテルの収益力を高め、その利益を人に還元できる企業は、採用でも定着でも有利になっていく。ここが非常に重要です。

―― アパグループでは、どのように人材不足に対応していますか。

元谷 私どもが大切にしているのは「善循環」です。訪日客の増加による需要をしっかり取り込み、客単価を上げ、稼働率を高める。そこで得た利益を人的資源に還元する。

 当社では、この14年間で8万8千円のベースアップを実施しました。それだけではなく、福利厚生も充実させています。

 例えば「オフィスでごはん(置き型社食)」です。健康に配慮した冷凍商材を全店に導入しています。ホテルはシフト勤務ですから、大きな事業所だけに社員食堂があればいいというわけではありません。小さな事業所で働くスタッフも含めて、きちんとケアする必要があります。健康を害して突然仕事を離れるスタッフを少しでも減らしたい。長く健康に働いてもらいたいという考えです。

―― オフィスでごはんはアルバイトも利用できるのですか。

元谷 もちろんです。アルバイトのクルーについても、勤務時間に応じてオフィスでごはんを利用できるようにしています。時給だけではなく、正社員と同じように福利厚生を受けられる部分を増やす。それが会社を選んでもらうきっかけにもなります。

 また、役職に連動した人間ドックも導入しています。管理職、次長代理以上、役員と役職が上がるにつれて、会社負担で受けられる検査オプションの内容も充実させています。人材不足というと、どうしても「どう採用するか」に目が行きます。しかし、採用した人に長く働いてもらうことも同じくらい重要です。

 ホテル業界では、コロナ禍にお客さまがいなくなり、従業員を解雇したり、パートの方に辞めてもらったりしたケースがありました。その後、宿泊需要が戻っても、いったん離れた人材が戻ってこない。そのため、部屋はあるのに稼働させられないという問題も起こりました。

 人材は、必要になったからといってすぐに確保できるものではありません。だからこそ、平時から人に投資し、働き続けてもらえる環境をつくっておくことが重要です。

―― 採用はどうなっていますか。

元谷 採用環境はかなり変わってきました。ここ数年は応募者が増えているため採用の苦労はあまりありません。これはアパのブランドが上がったことも大きいと思います。会社の評価が高まることで、人材が集まりやすくなった面はあると思います。

AIの活用で育てる デジタルコンシェルジュ

―― 省人化にも力を入れています。

元谷 DXは以前から積極的に取り組んできました。代表的なのが「1秒チェックイン機」。フロント業務を効率化し、スタッフの負担を減らしています。もう一つが「APA Stay Here」。従来の「アパアプリ」は予約を中心としたアプリですが、APA Stay Hereは宿泊中のお客さま向けのアプリです。ここで「デジタルコンシェルジュ」を育てています。

―― デジタルコンシェルジュとは?

元谷 AIによる学習などを活用し、お客さまの行動や嗜好に合わせて、より適切なサービスを提供していく仕組みです。例えば、いつもマッサージを頼む人、朝食を付ける人、決まった時間に大浴場を利用する人など、お客さまの特性を学習していく。これまでコンシェルジュというと、熟練した人が経験を積んでサービスを高度化していくものでした。それをデジタル上でも実現する。つまり、人を単純に減らすのではなく、省人化しながらお客さまの満足度を高めることを目指しています。

 それとは別にフロントへの問い合わせを減らすために、ピクトグラムも活用しています。ホテルには訪日外国人をはじめさまざまな言語のお客さまが来館します。分からないことがあれば、フロントに内線電話がかかってくる。しかし、そのたびにスタッフが対応していたら、本当にスタッフが対応しなければならないお客さまへのサービスに集中できません。そこで、言語に関係なく理解できるピクトグラムを増やしました。これによって内線電話は、私の肌感覚では半分以上減ったのではと思います。新しいホテルには積極的に取り入れ、既存ホテルも改装のタイミングでキャッチアップしていきます。

―― ホテル業界の関係者は、ホテル本体よりも清掃などの協力会社の人手不足が深刻と話しています。

元谷 ホテルは自社の社員だけでは運営できません。清掃などを担っていただいている協力会社の人手不足も大きな問題です。そこで私どもには約1千社が参加する「業者協力会」があります。「チームアパ」として一枚岩であることを大切にしています。例えば新しいホテルがオープンするときや、買収があったときには、なるべく早く情報を共有する。

 また、アパは同じ地域に複数のホテルを出すドミナント展開が多いので、同じ清掃会社が担当しているホテル間で清掃スタッフなどを融通する。人材を一つのホテルだけで抱えるのではなく、グループ全体で効率的に活用するわけです。

 そのためには協力会社に対しても適正な支払いをしていく必要があります。さらにはできるだけ地場の企業とも付き合っていく。人を集めやすいということもありますが、それ以上に地域経済に貢献する。これも善循環の一環です。