人手が足りない代表的業種のひとつが医療・介護現場。不思議なのは、戦後、全国の大学に医学部がつくられ、医師の数自体は増えている。にもかかわらず、医師不足が起きている。それも地方都市だけでなく、首都圏でも起きているという。その理由を追った。文=ジャーナリスト/吉田 浩(雑誌『経済界』2026年12月号より)
深刻化する「医師偏在」制度変更も背景に
日本の医療現場で、人手不足が深刻な課題となっている。ただし、医師についていえば、単に人数が減っているわけではない。
厚生労働省の「2024年医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、2024年末時点の医師数は34万7772人。1982年の16万7952人から40年余りで2倍以上に増え、人口10万人当たりの医師数も141・5人から280・9人へ増加した。
それでも「医師が足りない」という声はなくならない。医療人材紹介プラットフォームを展開するMRTの小川智也社長は、問題の本質について「総数というよりも偏在であり、地域格差が非常に顕著になっている」と指摘する。診療科による偏りに加え、都市部と地方の間でも医師の確保状況に差が生じているという。
厚生労働省では、人口構成や医療需要、医師の年齢・性別などを加味して、地域ごとの医師の多寡を示す「医師偏在指標」を算出している。数値が高いほど相対的に医師が多い地域となる。都道府県別に見ると、全国の255・6に対して東京都は353・9。一方、岩手県182・5、青森県184・3、新潟県184・7、埼玉県196・8と地域差は大きい。
また、同じ都道府県内でも格差がある。東京都では区中央部が789・8なのに対し、西多摩138・1、伊豆諸島や小笠原諸島などの島しょ地域は131・6。埼玉県でも、さいたま医療圏236・6に対し、利根155・7、秩父157・5となっている。「東京には医師が多く地方には少ない」という単純な構図ではない。
こうした偏在の背景の一つとして挙げられるのが、臨床研修制度の変化である。2004年度から新医師臨床研修制度が導入され、診療に従事する医師には2年以上の臨床研修が必修化された。それ以前は研修医の約7割が大学病院で研修していたが、新制度では幅広い基本的診療能力を身につけることが重視された。
研修先を幅広く選択できるようになり、若手医師が症例数の多い都市部や高度な医療を学べる病院を選ぶケースが増えた。その結果、都市部でキャリアを築くことを選ぶ医師が増えたことも、現在の偏在につながっているとみられる。厚生労働省も新制度導入後に「地域における医師不足問題を顕在化させた」との指摘があったとして、その後制度を見直している。
働き方改革で顕在化した「長時間労働に頼る医療」
また、24年4月に始まった「医師の働き方改革」も影響している。制度導入により、勤務医にも時間外・休日労働の上限規制が適用され、原則年間960時間までとされた。ただし、救急医療や地方の医療体制維持のため長時間勤務が避けられない医師、研修や高度な技能習得が必要な医師には、例外的に年間1860時間まで認められている。
働き方改革は、医師の健康を守るために必要だった一方、従来の医療提供体制が長時間労働や複数医療機関での勤務によって支えられてきた実態も浮き彫りにした。以前は、大学病院の医師が週末に別の地域病院で当直するなど、一人の医師が複数の医療機関を支えることも珍しくなかった。労働時間を通算して管理する必要が生じ、こうした勤務を続けにくくなっている。外来診療の日数を減らしたり、休診日を増やしたりする病院も出てきた。
医師の意識も変化している。以前は当直や週末勤務を当然とする医師も多かったが、若い世代では「当直をしない」「週末を確保できる」ことを勤務先選びの条件にするケースが増えている。一般社会では当然とされる働き方が医療業界にも浸透する一方、人員配置に新たな課題を生んでいる。
看護職でも、勤務環境と人材定着が課題となっている。日本看護協会の「2024年病院看護実態調査」によると、23年度の離職率は正規雇用看護職員11・3%、新卒採用者8・8%、既卒採用者16・1%だった。さらに看護補助者では、非正規雇用者の離職率が26・1%に上る。
とりわけ課題となっているのが夜勤だ。同調査では、夜勤を一度も行わなかった看護職員がいる病院に理由を尋ねたところ、「子どもの世話」が74・8%を占めた。夜勤専従や勤務回数・時間・曜日を選べる制度を導入する病院も増えている。正規雇用看護職員についても、31・9%の病院が短時間勤務正職員制度を導入している。
病院とクリニックの働き方の差も大きい。病院では夜勤や当直がある一方、クリニックでは夜勤のない勤務を選びやすい。結婚や出産、育児など生活環境が変化すると、病院勤務を続けることが難しくなり、クリニック勤務を希望する看護師も少なくない。
医療人材不足は、医師や看護師の人数を増やすだけでは解決できない。限られた人材をどこに配置し、専門職でなければできない仕事にどれだけ集中させられるか。さらに、生活環境が変わっても働き続けられる職場づくりが求められる。
その手段として進められているのがタスク・シフト/シェアやDXである。日本看護協会の調査では、看護師から医師以外の医療職へのタスク・シフト/シェアを実施している病院は70・6%に達した。一方、ICTを利用して看護師が通院患者の療養支援を行っている病院は4・7%にとどまり、デジタル活用には大きな余地が残っている。
今後、オンライン診療やAI、将来的にはフィジカルAIが普及すれば、記録や書類作成、情報検索、患者のモニタリング、院内搬送などを効率化できる可能性がある。ただし、システムを導入するだけでは生産性を上げるのは難しい。医師、看護師、医療事務を含め、病院全体で業務フローそのものを見直す必要があるだろう。
人口減少と高齢化が同時に進む日本では、医療人材を際限なく増やすことは難しい。問われるのは、限られた人材をどう生かすかだ。柔軟な働き方の導入、職種間の役割分担、テクノロジー活用などによって、医療提供体制そのものを見直すことが求められている。