中小企業の人手不足感は人口減少だけでは説明がつかない。国の政策がもたらした「必然」の一面があるのではないだろうか。働き方改革、高水準賃上げ、M&A推進が三位一体となり、結果として中小企業を追い詰める。だが、それをもろともせずに生き抜く企業がある。今回取り上げた6社は人手不足に直面しつつも少人数で組織が動き、業績を維持・拡大する。その実態に迫った。文=ジャーナリスト/吉田典史(雑誌『経済界』2026年12月号より)
人手不足は政治的、人為的
人手不足は経済産業省・中小企業庁など政府や与党、経済界が進める「起死回生策」の結果として生じた可能性がある。その策とは働き方改革と継続的な賃上げ、M&Aである。
いずれも中小企業を支援するものであり、淘汰を目的とした施策ではない。だが、3つが同時に進むと企業間の人材獲得競争や廃業・再編を加速させ、アフリカのサバンナのような厳しい生存競争を生む。働き方改革と継続的な賃上げがメスライオンのように中小を追い詰め、弱らせる。多くの求職者は働きやすく、賃金の高い企業を当然のように選ぶ。
中小企業が人材難で衰弱したところにM&Aが待ち構える。オスライオンのような大企業やメガベンチャーが安く、または合理的な価格で取り込む。市場シェアと生産性が上がり、業績を拡大しやすい。政府のM&A推進は2022年頃から本格化した。24〜25年時点で中小M&A(登録支援機関報告ベース)は年間約5千件前後に達し、過去最高水準を更新中だ。政府は「事業引継ぎ」「集約・活性化」という言葉を使い、補助金・税優遇・公的マッチングで後押しする。
24年の中小企業白書では、M&Aを実施した中小企業は実施していない企業に比べ、売上高、経常利益、労働生産性のいずれも高まっていることを示している。3つの政策を同時に進めることで「無数の廃業や倒産、失業を防ぎ、成長と分配の好循環を実現」と位置づけることはできる。「生産性向上のための労働力の大移動・再配置」とも言えよう。
最も得をするのは大企業・メガベンチャーと、変化に適応できた一部の中小、そしてそこに移れた労働者だ。低生産性の中小とその従業員は、政策の「再配置」のコストを最も負担する。「成長と分配」の名の下に進む選別の仕組みでもある。そこで生き残る中小企業は何かを捨てて、何かを残した。それが人手不足を乗り越える重要な分岐点となる。
「カリスマ依存」からの脱却
人手不足にあえぐサービス業界において、専門職の確保と高い離職率はリスクである。神奈川を中心に11店舗を展開するパパラギダイビングスクール。運営するテクニカ(神奈川県藤沢市)の取り組みの狙いは、従業員53人でも持続可能な組織を再構築することにある。
核は、個人技やカリスマ性への依存を徹底的に排除した「仕組み化」だ。業界ではトップインストラクターの集客力に頼る営業が一般的だが、個人に依存した組織は人材流出とともに現場が崩壊する脆弱性を抱える。
2代目社長の松本行弘氏は13年に就任後、急な規模拡大を封印した。創業者はカリスマ性のあるインストラクターであった。まずは「カリスマ依存」から「システム(仕組み)」への転換を図った。「3代目へ確実に引き継げる組織基盤の整備に力を注いできた」(松本社長)。
1つは、店長への売り上げノルマを廃止した。現場の疲弊と離職を防ぐためだ。各店舗で受付・相談・講習・ツアー案内を複数人でシェアし、「個人依存からの脱却」も試みる。定着率やチーム力を高めるためだ。
2つは採用方法。新卒や中途採用へのエントリーを増やすことに多額の投資をする以前にまずは、「ファンを社員にする」戦略をとった。現在、社員の8割は同社が運営するスクールの元受講者。サービスの安全性追求や会社の理念に深い共感を持つ顧客を採用し、早期離職を防ぐ。
インストラクターは26年現在で40人。入社したファンを短期間でインストラクターとして戦力化する育成体系も確立した。安全を確保するために全員を正社員にした。安全研修や接客基準をマニュアル化・標準化し、「トップインストラクターの背中を見て覚える」文化を変えた。年間90日を超える研修・トレーニングを開催する。
「辞めないファンを採り、標準化で育て、チームで回す」。この歩みにより、安定成長の基盤が整い、25年の売り上げは7億円。サービス業の中小が目指すべき脱・属人化のモデルを示している。
ファブレス経営の“パイオニア”
焼酎などのお酒を割る「ハイサワー」を製造販売する博水社(東京都目黒区)。25年の売り上げは5億円、26年の従業員数は20人。
1980年にハイサワーが大ヒットしたころから工場を完全にアウトソーシングする「戦略的ファブレス経営」を続ける。製造人員を抱えずに済む体制は、人手不足の時代にこそ生きる。
80年代前後から消費者のニーズが多様化し、メーカーでは多品種生産が主流となる。創業者である社長(故人)は工場のコストが膨大になるのを察し、同業の中小メーカーに先駆けて製造委託(OEM)を始めた。
来るべき少子化をこの時代に見通し、自社ですべきことと外部に発注する業務も区別した。自社では企画開発、原料調達、調合指示やPR、居酒屋やスーパーなど販売店への営業に絞った。
「製造と物流、配送はその分野のプロに任せ、製造計画も外部のプロと連携する。配送手配の指示はこちらからパソコンやスマホで行う。本社では機能の絞り込みを図り、20人前後の少人数体制としてきた」(田中秀子社長)
3分の1が女性で、女性の感性を徹底して前面に出すPRやSNSを展開し続ける。子育て中の急な呼び出しや休暇にも、女性同士の相互カバーで補う。まずは社員の定着を促進し、1人の生産性や利益率を上げる試みをした。
60歳定年後の再雇用は積極的で、「会社を知り尽くし、信頼できる人材」(田中社長)を残す。最年長は71歳で、2人。工場・大型設備・大量の製造人員の固定費をあえて持たない。人材面では「今いる人」を大切にして離職を防ぐ。少数で回る体制をファブレスと女性、中高年に着眼し、構築した。大企業と同じ土俵に上がらない、生存の知恵である。
町工場が果たすデジタルシフト
創業110年の印刷業・ツジマキ(神奈川県横浜市)は人手不足に悩む町工場が果たすべき真のデジタルシフトを実現した。
3代目社長就任の2016年以前から、特定の技術者の頭の中にしか技術や工程が存在しない「属人化(個人技)」に危惧するものがあった。ベテランに頼りきった体制では、いずれ問題が生じると感じていた。
2代目の父(故人)を支えつつ、属人化を克服するためにも13年から助成金を活用し、デジタル印刷機、レーザー彫刻機を次々導入する。24年まで11年間で9台の機械を購入。ベテラン技術者は従来の機械を、若手・中堅の技術者がデジタル機械を動かす。役割を分担し、少人数体制を質の高いものにしようとした。
その矢先の26年、70代のベテラン技術者が体調を崩す。従業員10人の最年長だ。「社内が大変なことになり、困り果てた」(辻巻晋輔社長)。
辻巻社長はピンチをチャンスと捉え、構造改革へと舵を切った。まず着手したのが、外部の知恵の積極的な導入だ。中小企業基盤整備機構の「新現役交流会」を活用し、大手メーカーのOBを人材育成アドバイザーとして招く。狙いは外部の客観的な視点を取り入れながら、ベテランの暗黙知に頼っていた作業や工程の標準化(ナレッジ化)を推進することにある。
改革を支えたのは「5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)」と、作業のデジタル化・業務プロセスの「見える化」という両輪である。現場のアナログな無駄を削ぎ落としたうえで、承認体制や進捗状況をデジタルで可視化する。「探す時間」や「指示を待つ時間」を排除し、小規模組織でも業務がハイスピードで回る高生産な体制の構築を目指す。
この改革で「未経験者でも育つ受け皿」が整うと判断し、世代交代と業務拡大を見据え、20代を中心とした採用活動を始めている。売り上げは16年の数千万円から23年には約3倍、25年には1・3億円となり、今後5年以内に3億円を目指す。
離職と不正を二重に封鎖
一人親方(建設業個人事業主)を対象に労災保険の特別加入支援、事故対応、相談業務を行う埼玉一人親方部会(埼玉県さいたま市)は血縁重視とAIで成長を続ける。
11年に社会保険労務士のキャリア36年の中村紳一氏が理事長として創業、26年で売り上げ5億円。10人の従業員は家族や親類など、ほぼ血縁者。23年、知人の紹介で採用した男性が600万円の架空請求書事件を起こし、解雇にする。以降、家族や親類のみで従業員を構成してきた。
「少人数組織で致命傷になるのは1人の“不正”やメンタル崩壊による機能不全。能力のあるなしは採用時には問題にしない。仕事は時間をかければ覚える」(中村氏)
少数精鋭にしてAIで一人当たりの生産性を高め、膨大な労災手続きを滞りなく処理する生産性を実現している。最近は業務が拡大し、血縁関係がない人の採用を再開した。プライベートへの介入はタブーとされがちだが、あえて試みる。入社後に本人同意のうえで家族や配偶者に会い、家庭環境や経済状況を把握する。
「血の通った擬似血縁関係を築くことで心理的安全性を浸透させ、不正や離職を防ぎたい」(中村氏)
「情の投資」は抜かりない。創業時から15年間毎日、全従業員にポケットマネーでランチを提供する。1人1千〜2500円。誕生日プレゼントも贈る。一体感と忠誠心を生み出して離職と不正を二重に封鎖する。
ある企業からM&Aの交渉を受け、売ることを求められたが、断った。「むしろ、こちらが小さな会社を買うことを検討中」と強気だ。事業承継と売り上げ10億円を当面の目標とする。
市場の「バグ」を突く
主に20~30代の働く女性支援を行うNewMe(東京都渋谷区)。23年、サイバーエージェント、デロイトトーマツ出身の篠原さくら氏と元TBSアナウンサーの笹川友里氏が共同創業した。
採用は中途が中心で、大企業やメガベンチャーが主導する採用市場の「バグ(歪み)」を突く戦略を進める。優秀な人材が大手に流れやすい現実を直視したうえでのものだ。
10人の従業員全員が20~30代の女性で、育児などをする。高い労働意欲と能力を持ちながらも、育児やブランクといった事情や制約ゆえに従来の画一的な採用システムから外れた女性に着目した。
実際のアプローチは創業以前からのネットワークに加え、累計1万人以上が参加する自社主催のイベントやSNSから始まる。「大手と同じ方法で競えば不利だからこそ、自社のやり方で進める」(篠原氏)
この戦略を支えるのが、テクノロジーと対面コミュニケーションを融合させた組織設計だ。時短や在宅勤務、子育て中でもパフォーマンスを発揮できるように、移動中やすきま時間にAI音声入力で作業を進める体制やAIエージェントの活用を整えた。独自のメールアドレスを持つAI社員も設けた。
各自の働く時間や場所が異なっても、AIで業務全般のスピードや精度を引き上げる。一方で議論や重要な意思決定が必要な場面では全員がリアル出社し、膝を突き合わせてお互いの納得感を高める。
「AIによる作業の大胆な効率化」と「濃度100%の対面議論」を両立させ、限られた時間の中でも高い生産性と強い組織の一体感を生み出した。従業員全員のバックグランドが似ていることも、それをより強くする。
早期離職を未然に防ぐため、「インターンや業務委託によるお試し期間」を必須化している。面接だけでは把握できない実務能力や意欲、価値観のすり合わせを入社前に行い、ミスマッチを防ぐ。ブランクがあったり、育児をしていたりする女性はお試し期間を受け入れやすいようだ。
「優秀な人材」を使いこなす
「専門性×AI」で人手不足を克服しようとするスタートアップが現れた。25年に創業したDAPOND(東京都港区)は主に企業や団体の広報支援をする。代表の池田桃子氏はヤマト運輸で10年間(うち7年間は広報)のキャリアを積んだ。23年から個人事業主としてAIを本格的に使い始めた。「駆使すれば少数精鋭の会社運営が可能」と判断し、少子化の時代に備えた会社をつくろうとしている。現時点は代表1人。状況に応じて外部スタッフに業務委託する。
AIを「優秀な後輩」と位置付け、使いこなす。クライアントから依頼を受けるプレスリリースや資料の作成をする際は目的や重要箇所、懸念点を音声入力で懇切丁寧に指示。1つの指示が5分を超える場合もある。AIが出力した一次案を自らの経験や専門性を生かし、確認・リライトする。従来6時間かかっていた一連の作業は30分へと縮小し、生産性は跳ね上がった。浮いた時間は新サービスの企画やクライアントとの対話へと再投資する。
「内省(「何を目指すのか」の棚卸しなど)の壁打ち相手として最も使う。深いやりとりをして脳が引きちぎれそうになるほどに考え抜くようになった」。専門性を持ったプロがAIを駆使し、無理・無駄を徹底して省いた組織をつくる。規模は小さくとも、完全な人手不足時代の最前線に立っている。
ここで取り上げた6社は何かを捨てて、何かを残した。そして独自の「生存アルゴリズム」を確立した。知恵とデジタル、濃密な人間関係を組み合わせた少人数組織でバグを突いて領域を広げていく。サバンナを生き抜くのはライオンだけではない。環境の変化に即座に適応し、自らの生態系を築いた草食動物にもその可能性はある。