ニデック創業者の永守重信氏は立志伝中の人物として取り上げられていた。京都の小さなモーター企業がM&Aを次々と成功させ、日本を代表する企業に成長した。ところが、その裏にはさまざまな不正があり、9月末には後継社長が辞任した。なぜこのようなことになったのか。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2026年12月号より)
東証が指定した 特定注意銘柄の意味
非金融資産の減損損失6321億3500万円。モーター大手・ニデックが9月30日に発表した2026年3月期の連結決算は、「不正会計」と「品質不正」という2つの不祥事がもたらした損失がいかに巨額であるかを浮き彫りにした。経営トップも電撃的に辞任。監査法人は決算について2年連続で意見を表明しないという、大企業として極めて異例の事態となっている。上場維持の瀬戸際にも立つニデック。長年、創業者・永守重信氏への依存が続いた経営のツケは、どこまで重いのか。
「過剰な設備投資の蓄積が原因だ」
決算発表翌日の10月1日、京都市で開いた記者会見で、戒田理夫新社長は減損の理由をこう説明した。
ニデックはこれまで、部門ごとでも四半期や単年度の売上高・利益目標の達成を優先し、需要の見通しが悪化した後も、工場や設備への投資を止めなかった。本来その時点で採算悪化を認め、資産価値を見直す(=減損する)べきだが、ニデックは目先の業績を保つため、減損の判断を先送りしてきた。
具体的に使われていたのは「棚卸資産の評価損を計上しない」などの手法だ。今回の決算では、何年にもわたって先送りされた損失が一気に表面化した。そこに電気自動車(EV)市場の成長鈍化や、中国の家電用モーター市場での競争激化など、事業環境の悪化が重なり、追い打ちをかけた。
全体の最終損益は5646億円の赤字と、前期の846億円の黒字から暗転。営業損益も5189億円の赤字(前期は1282億円の黒字)に転落した。
巨額損失の責任を取り、前社長の岸田光哉氏は9月29日に辞任した。減損損失が巨額になるとの報告を受けた社外取締役中心の取締役会は岸田氏の経営責任は免れないと判断。財務報告を巡る岸田氏の「適切とは言いかねる言動」も確認された。そして岸田氏が辞意を示し、取締役会が受理する形の決着となった。前日まで経営トップだった人物が、巨額減損の公表を前に退任するという異例の事態は、問題の深刻さを物語っていると言えるだろう。
では、なぜ損失は先送りされてきたのか。そして、なぜ今回、一気に表面化したのか。
混乱の発端は約1年前にさかのぼる。
25年9月、ニデックは本体やグループ会社で不適切な会計処理の疑いが見つかったと発表し、第三者委員会を設置した。不正の内容は多岐にわたる。棚卸資産の評価損を計上しなかったケースのほか、固定資産の減損を回避するため実現性の低い売上計画を前提にしたケース、人件費を固定資産に計上して費用化を先送りしたケースなどだ。
東京証券取引所は同年10月28日、内部管理体制に問題がある企業が対象の「特別注意銘柄」にニデックを指定した。指定から1年をめどに内部管理体制の改善状況が審査され、改善が認められなければ、最終的に上場廃止につながる可能性が出てくる。
今年3月に公表された第三者委員会の報告書は、創業者で社長・会長を務めてきた永守氏が「最も責めを負うべきだ」と結論づけた。永守氏による強いトップダウンと、業績目標達成への過度な圧力があったという。永守氏は25年12月、不適切会計の疑いに対する経営責任を取り、代表取締役を辞任し経営の中心から退いている。
カリスマ経営者からのプレッシャーありき
永守氏は1944年生まれ。73年にニデックの前身である日本電産を創業し、一代で兆円単位の売上高を叩き出すグローバル企業に育て上げた立志伝中の人物だ。「元日の午前中しか休まない」と公言するハードワーカーとして有名で、社員への要求水準も厳しかったとみられる。
過去には「物事の成否はまず、やる気で決まる」「自らできると信じたとき、その仕事の半分は終了している」などの発言もしている。「目標未達や損失を永守氏に報告すれば、厳しく叱責され悪い評価をつけられる」といった現場のプレッシャーも、減損が先延ばしにされてきた背景にあったのだろう。
問題は、会計だけではなかった。
今年5月には品質不正の疑いも浮上。顧客の承認を得ない設計・工程の変更や試験・検査データの改ざんといった不適切行為が、最終的に844件認定された。うち60件は、法令違反の疑いや組織的な関与の疑いがある「重要品質事案」だった。これも、永守氏からのプレッシャーが根っこにあったとみられる。納期やコスト目標を守るため、現場は、顧客からの承認手続きを省いたまま仕様を変更したり、本来必要な検査を省略して合格したことにするといった形で帳尻を合わせていた可能性が高い。
ではなぜ、ニデックは今回の決算で先送りせずに、損失を一気に計上したのか。理由として考えられるのは、経営陣の裁量が及ばない「外部の目」が、同時に複数働いたことだ。
まず、第三者委員会が経営陣から独立した立場で検証しており、その指摘を無視することは許されない。監査したPwCジャパン監査法人も、過去の処理を含めて十分な証拠を得られなければ意見を出さないとの立場を崩さず、あいまいな先送りを続ける余地を経営陣に与えなかった。
加えて、東京証券取引所による特別注意銘柄の指定が、1年という期限付きで内部管理体制の総点検を迫っていた。先送りを続ければ東証の審査も通らず、上場廃止に直結しかねない。損失をすべて洗い出し、一度に計上するほうが、結果としてリスクが小さいという判断が働いたとみられる。
だが、ニデックの先行きは多難だ。
PwCジャパンは、9月30日公表の監査報告書で、2年連続となる意見不表明とした。不正会計の調査が終わったはずの決算で、なぜ再び意見を表明できなかったのか。
10月1日の会見に同席したPwCジャパンの久保田正崇代表執行役によると、不適切会計に関与するなどした役職員の一部が、9月末時点でも財務報告プロセスで責任ある立場にいたからだという。人事上の是正措置も一部で終わっておらず、減損に関する会計上の見積もりの妥当性についての十分かつ適切な監査証拠も入手できていなかった。
「ルールを作ったり守らせたりする権限を持つ立場の人が、意図的にルールを飛び越えて対応するリスクが十分軽減されていない」
久保田氏はそう指摘し、不正に関与した役職員から得る情報は「どうしても信頼できない」と述べた。一方、久保田氏は10月末までに適正意見を出せるよう「努力する」ともしている。
会見ではニデックの南井正之常務執行役員が、配置転換や人事上の是正が必要な役職員の規模について「20人ほど」になるとの見通しを示した。損失を適切な時期に認識し、問題を指摘し、是正する仕組みを組織として機能させられるのか、重要な課題と言えるだろう。
これは、ニデックが上場を維持できるかにも関わってくる。
特別注意銘柄に指定された企業は、1年をめどに内部管理体制が改善したかの審査を受ける。改善が認められなければ指定が続き、上場廃止につながる可能性もある。上場廃止になれば影響は小さくない。株式を売買する機会が失われるので、ニデック自身の資金調達が難しくなるし、個人株主を含む多くの投資家も影響を受ける。
株主の視線は厳しく、香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが大株主として存在感を高めており、会計不正を巡って株主訴訟も相次いでいる。
取引先への影響の広がりも避けられない。品質不正は、車載モーターや家電向け部品の納入先にとって量産品の品質保証などに直結する。自動車業界などが追加検査や代替調達先の検討といった対応に動く可能性は小さくない。ニデックは顧客に対する案件ごとの丁寧な説明が求められる。
買い手として成長したニデックが売却する側に
日本企業全体が考えるべき課題もある。創業者・永守氏の強力なリーダーシップで急成長したニデックは、その影響力を制度として切り離せなかった。同じ構図を抱える日本企業は少なくないだろう。
もっとも、創業者には魅力的な人物が多い。ニデックについても、ある在阪メディアの記者は「永守氏の会見での話が面白く、記事の見出しが立ちやすかった。決算そのものに特段のトピックがなくても、永守氏の出る会見には必ず出席して取材し、記事にしていた」と振り返る。
今後ニデックがやるべきことは、まず減損の中身と根拠を、市場が納得できる形で開示し続けることだ。6321億3500万円という数字だけが独り歩きすれば、不信は増幅するだろう。次に、人事の是正を完了させることだ。「20人ほど」の配置転換・処分が、いつまでにどこまで実行されるのか。その進捗が上場維持に向けた東証による内部管理体制の審査を左右する。最後に目標の設定と評価の仕組みを改め、数字を作る圧力を断つことだ。人を替えるだけでは、同じことが繰り返される。
その点、事業の切り離しが始まったことは、仕組みを改める第一歩になるかもしれない。
10月1日、ニデックは、電子部品子会社のニデックコンポーネンツ(旧コパル電子)の全株式を、米投資ファンドのカーライルに売却すると発表した。譲渡価額は1029億8千万円。売却は12月1日付で実行される予定だ。M&A(合併・買収)で事業を拡大してきたニデックが、逆に事業を切り離す側に回る構図は、永守氏が築いた拡大路線の転換を映していると言える。
ニデックは27年3月期、売上高2兆8千億円、営業利益2千億円への黒字転換を見込んでいる。戒田社長は会見で、ニデックを「技術で勝負できる会社」に戻したいと語った。創業者のパワーに牽引される成長モデルから抜け出し、技術力そのもので信頼を取り戻せるのか。
その答えは、これからの決算と、現場の行動によって証明されることになるだろう。