日本のエネルギー政策が「三重苦」に直面している。中東情勢など地政学的リスクの長期化、脱炭素とデジタル化がもたらす急激な需要構造の変化、原子力政策の根本を揺るがす中部電力のガバナンス不全。政府は、脱炭素化を進めるが、前提条件が次々と崩れている。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2026年12月号より)
先行きの見通せない 中東からの原油輸入
9月17日、高市政権初の内閣改造で再任された赤沢亮正経済産業相は翌18日の会見で3つの有事対応に取り組む姿勢を示した。この一つに、原油の安定供給確保など「中東情勢への対応」を掲げた。
米国とイスラエルがイランに攻撃したことで勃発した戦争は、まだ完全には終わっていない。中東情勢緊迫の中で、日本のエネルギー調達の根本的な脆弱性が浮き彫りにされた。原油輸入における中東依存度が90%を超えていた日本にとって、ペルシャ湾の出口に位置するホルムズ海峡が、エネルギー安全保障の「急所」となっていることだ。9月にはドローンにより、サウジアラビアのパイプラインが攻撃されるなど緊張が続いている。
この中東有事に対応するため、政府は燃料油の備蓄放出、代替調達などの施策を迅速に展開してきた。その結果、製油所への投入量の減少は回避できているようだ。日本全体として必要となる原油の量は確保され、供給の偏りや流通の目詰まりといった混乱も解消に向かっている。
中東依存と単一の輸送経路に頼る構造的リスクの顕在化を受け、政府が取りまとめたのが、いわゆるパワーGXと呼ばれる「エネルギー需給構造強靱化のための総合パッケージ」だ。「化石燃料の調達安定性の抜本向上」と「GXの加速・強化」という2つの強靱化を掲げ、調達多角化に向けた具体的な制度設計が進められている。原油の輸送経路を変更することで追加的に発生する輸送費をはじめとする差額への支援、およびパイプライン等の代替輸送ルート整備への支援が大きな柱。ホルムズ海峡の通航が事実上困難となった局面でも、東西パイプラインなどを用いて海峡を迂回し原油供給を継続してきた実績がある。サウジのパイプラインの早急な復旧を注視しつつ、中東以外の調達先拡大と同時に、ホルムズ海峡を迂回する多様な輸送経路を活用・支援していくことが、エネルギー安全保障上、重要な戦略となっている。
調達先を多様化しても、一定の中東依存は続く可能性が高い。米イランの交渉の中で取り沙汰されているホルムズ海峡の特定国による管理や、通航料の徴収という事態は避けたいところだ。高市早苗首相は8月、日本を訪れていたクウェートのサバーハ外相と会談。ホルムズ海峡を巡り、追加的な費用のない形で自由で安全な航行を確保することが重要だとの認識を伝えた。10月にはカタールのムハンマド首相と会談し、中東情勢を巡る事態の早期沈静化と、ホルムズ海峡の航行の自由の回復に向けて連携していくことを確認した。
電力を「爆食い」する AIのデータセンター
調達面の不透明さに追撃をかけているのが、国内における電力需要の急激な変化と電気料金の上昇だ。これまで日本の電力需要は、人口減少や省エネルギー技術の進歩によって微減ないし横ばい傾向で推移すると見込まれていた。しかし、生成AIの急速な普及とそれに伴う大規模データセンターの建設、さらには先端半導体工場の新増設が相次いだことで、需要予測は一変した。これらの巨大施設は24時間365日体制で膨大な電力を消費し続けるため、国内の電力需要の見通しは一転して急拡大に向かっている。
赤沢経産相は、各産業分野のAIトランスフォーメーション(AX)が成長戦略の肝であり、AIが社会経済の基盤になるという前提での政策立案が求められていると強調する。赤沢氏はAX社会実装担当を拝命し、医療、介護、運輸、建設などの分野でAI活用を加速させるとともに、特に地方の中小企業におけるAX普及に力を注ぐ構えだ。地域ごとに「中小企業AX実装ネットワーク」を構築し、来年度は50カ所で1千社への実装を目指すほか、3年間で官民1万人の支援者を育成する計画だ。日本が誇る「世界有数の製造現場」や、「世界唯一の廃炉の現場」にある独自の現場ビッグデータとAIを掛け合わせる「フィジカルAI」の分野では日本に勝算があるとしている。
このAX推進の前提となるのが電力供給の安定とコストの抑制である。需要が急増する一方で、供給能力の確保は難航している。太陽光や風力などの再生可能エネルギーは天候による出力変動が大きく、一定の出力で安定して発電できる「ベースロード電源」を担うことはできない。火力発電の稼働率を高く維持せざるを得ない現状では、化石燃料価格の高騰が電気料金の上昇圧力となり、国民生活や企業活動を圧迫している。
需要急増と火力依存からの脱却に向け、政府が主軸に据えてきたのが原子力発電所の再稼働推進だった。しかし、この政策の実行性を揺るがす深刻な問題が起きた。それが中部電力・浜岡原発(静岡県)で発覚した一連の不祥事だ。中部電力は安全審査において「基準地震動」の策定に関わる重要なデータを不適切に改ざんしていたことが判明し、審査の前提となる科学的データの信頼性が崩壊した。9月14日には林欣吾社長と勝野哲会長の辞任を発表。同25日に審査申請を取り下げた。事業者のコンプライアンス欠如により、地元自治体や住民の信頼を損ねた格好だ。
中部電力は同日、2024年度に同社が実施した浜岡原子力発電所1号機および2号機の廃炉工事の一部について、使用済燃料再処理・廃炉推進機構に対し、実態とは異なる工事実績の報告および費用請求を行っていた可能性があると報告した。経産省は同日、再度の報告徴収命令を行った。この件について赤沢経産相は会見で、「本命令への回答も踏まえつつ、最大限厳格に必要な対応を検討してまいりたい」と話した。浜岡原発のみならず、全国の既存原発の再稼働に向けた機運全体に大きな冷や水を浴びせる結果となっている。
再稼働の停滞は、日本の原子力政策の根幹である「核燃料サイクル」の機能不全にも波及している。青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場は、1993年の着工以来、ガラス固化体の製造トラブルや新規制基準への対応などに追われ、27回以上の完成延期を繰り返してきた。現在も稼働に向けた見通しは極めて不透明であり、再処理工場が機能しなければ全国の原発敷地内に保管されている使用済み核燃料のプールが満杯に近づくという構造的限界に突き当たる。
「核のごみ」処分文献調査に 複数自治体が受け入れ表明
一方で、高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定を巡っては、北海道の寿都町や神恵内村に加え、佐賀県玄海町などの自治体で第1段階である「文献調査」を実施。9月30日には、茨城県常陸大宮市の鈴木定幸市長が「文献調査を受け入れ、市民を含めた議論の俎上に載せることで可能性を未来につなげられる」と調査受け入れを表明。これを受け、赤沢経産相は「国からの申し入れに正面から向き合っていただき、大いに感謝を申し上げたい」と述べた。
ただ、茨城県の大井川和彦知事は「原発が立地するなど、国のエネルギー政策にすでに貢献し、かなりの負担がかかっている」として、第2段階の「概要調査」に進む場合は法律に基づく手続きで実施に同意しない考えを表明しており、一筋縄では進みそうにない。自治体の文献調査の受け入れの背景には、交付金による地域振興の思惑がある。一方で、住民投票や周辺自治体との不和など「社会的分断」も生じている。概要調査へ進むには都道府県知事および市町村長の同意が必要不可欠であるが、知事レベルでの慎重・反対姿勢は強い。
高市首相は9月23日に米国で行った記者会見で、「臨時国会では、原油調達多角化に関する法案など、国民の皆さまに身近な法整備で結果を出していきたい」と表明した。政府はまた、年末までにパワーGX戦略を取りまとめる方針。化石燃料の調達多角化とあわせ、既存原発の再稼働や次世代革新炉の開発、再エネの主電源化を一体的に進め、エネルギー安全保障と経済成長、脱炭素の達成を目指す。
しかし、中東情勢の緊迫化による原油価格や物流のリスク、AI普及に伴う爆発的な電力需要、そして電力会社の不祥事に起因する国民的な不信感という障害は重くのしかかる。赤沢経産相が掲げるように、災害大国における事前防災の強化やAX社会実装による産業の生産性向上を進め、「国民が昨日より今日、今日より明日豊かさを実感できる社会」を実現するためには、強靱なエネルギー基盤が不可欠だ。
単に目標を掲げるだけでなく、パイプラインなどの迂回路整備をはじめとする現実的な調達多角化策を着実に実行し、電力業界の根本的なガバナンス改革と国民・地元自治体との透明性ある合意形成を果たせるかどうかが、日本の経済と命運を左右することになる。