日本が世界に誇る文化のひとつ、アニメーション。世界中の人々を魅了しているにもかかわらず、世界三大映画祭のようなステータスのある日本発の国際アニメ映画祭はない。そこを目指すのが「第1回あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル」(ANIAFF)。世界との連携を掲げる。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2026年1月号より)

真木太郎 あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバルのプロフィール

あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル ジェネラル・プロデューサー 真木太郎
あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル ジェネラル・プロデューサー 真木太郎
まき・たろう 1955年生まれ。77年に早稲田大学法学部卒業、東北新社入社。洋画買付や映画の製作・配給業務に携わる。90年にパイオニアLDCへ移籍。97年にアニメーションの企画プロデュース会社ジェンコを設立して独立。『この世界の片隅に』(2016年、2025年)などプロデューサーとして数多くのアニメーション作品を手がける。2023年にジェネラルプロデューサーとして『新潟国際アニメーション映画祭』を立ち上げる。父は脚本家の宮川一郎氏。

経済力のある名古屋でアニメ映画祭を開く意義

―― ANIAFFの企画経緯を教えてください。なぜ今名古屋なのでしょうか。

真木 愛知は文化事業に積極的な県です。愛知万博「愛・地球博」をはじめ、国際芸術祭「あいち」、「あいち国際女性映画祭」を開催してきたほか、「世界コスプレサミット」は20年以上継続し、「ジブリパーク」を誘致しています。そこで2024年、大村秀章愛知県知事に国際アニメ映画祭の立ち上げを提案したところ、愛知を世界中から才能あるクリエーターが集まる国際的な文化交流の中心地にしたいとご理解いただき、最初のサポーターになっていただきました。大村知事がやろうと言ったことで、愛知県と名古屋市がひとつになって、一気に動き出しました。

―― 真木さんは「新潟国際アニメーション映画祭」を23年に立ち上げたボードメンバーでもあります。

真木 新しい映画祭を新潟に立ち上げて3年がたち、軌道に乗ったところで地元に引き継ぎました。現在は離れており、ANIAFFを世界的なアニメ映画祭としてスタートさせるために尽力しています。

 名古屋はやはり都市として大きく、経済力も発信力もあり、自治体の力がとても強い。加えて、愛知には日本を代表する世界的企業のトヨタ自動車があり、ものづくりの街でもある。それは何百人のスタッフが関わるものづくりであるアニメとも通じるわけです。そんな街で日本を代表する国際アニメ映画祭を開催することに大きな可能性を感じています。

―― 新たに国際アニメ映画祭を作り出す意義をどう考えますか。

真木 映画祭の定義は、そこにある価値をいかに上げていくか。そのひとつが作品の価値であり、必ずしもヒットした作品だけではなく、埋もれていた作品にもそれはある。関わっていたクリエーターやさまざまなクリエーティブも含めて、その価値を再発見し、高めていきたい。それが日本アニメがより世界的にファンを獲得していくことにつながります。

 アニメは100年余りの歴史があり、手塚治虫さんの時代を経て、最近は『鬼滅の刃』が大ヒットしています。時代ごとにメディアが進化し、今は全世界の人々が配信ですぐに楽しめるコンテンツになっています。そういう歴史の検証も映画祭のひとつのミッション。世界の映像クリエーティブに影響を与えてきた日本アニメの価値の再発見と、それをこれからの向上に役立てていくのも必要なことです。

アニメやマンガを活用する自治体イベントが増えている

―― 映像プロデューサーとしての作品製作だけでかなり多忙だと想像します。並行して映画祭の立ち上げを手がける理由を教えてください。

真木 独立して28年ほどになりますが、日本のアニメ産業はすべてが大手企業を中心に動いており、市場シェアの大半を占めます。すると、われわれのようなインディペンデントは作品数も規模も小さくなります。そうしたなかで、映画祭は、作品規模やヒット如何にかかわらず、作品の良しあしでスポットを当てることができる。それは一人一人の作り手に光を当てることにつながります。そういうものが必要です。インディペンデントのプロデューサーと映画祭ディレクターの仕事は、自分のなかでシンクロしています。

―― 愛知県のように文化事業に積極的な自治体は多いのでしょうか。

真木 大小問わず、マンガやアニメを活用したイベントは全国各地で増えていますよね。コンテンツに対する文化的な意味合いよりも、集客力や発信力から、地域ブランディングや街の将来に有効とジャッジする自治体が多いのは確かです。もちろん全く興味を示さない自治体もあります(笑)。

 一方、政界でも、マンガ好きで知られる麻生太郎元首相が最高顧問を務めるMANGA議連(マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟)のメンバーは100人を超えています。同議連は、芸術分野振興の中核となる施設の整備を政府に求めるなど、世界的文化である日本のマンガやアニメの発展に向けて、産業界と一緒に取り組んでいます。まさに今の時代性を象徴しています。

―― マンガ、アニメなどのIPを活用した地域イベントはこれからより増えていくのでしょうか。

真木 それは分かりません。それなりに予算がかかりますし、その地域がやる意味や意義があったうえで、何のためにやるのか、そしてそれがどういう成果を生み出すか、という文脈が大事になります。今やインバウンド観光客の旅行目的のひとつにアニメやコミックが大抵入りますが、自治体がIP活用したイベントをやるとすれば、それをきっかけにインバウンド需要を呼び込む地域全体の構造を考えないといけない。それは簡単ではありません。映画祭のミッションとも重なるところがあります。

あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル

アニメ大国の日本なのに国際アニメ映画祭がない?

―― 映画祭に限らず、アニメ系のイベントを今後も立ち上げていくのでしょうか。

真木 本業は映像作品のプロデューサーです。イベント企画屋ではありません(笑)。まずは第1回ANIAFFを成功させることだけですね。それをレバレッジにして、集客性と継続性を維持しながら、第2回で映画祭としての価値をどう創造していくか。そこに向き合っています。

 映画祭は地域にも業界にも経済的な効果がなくてはならない。成果の測り方は難しいのですが、業界がこれから発展していくために必要です。同時に積年の課題である業界の人手不足にも向き合っていかないといけない。需要と供給のバランスでは、とてつもなくニーズが大きいけど、それに対応できる生産力がない。加えて、これからは少子化がより進んでいく。映画祭には若い世代が集まり、クリエーター同士の国際的な交流が生まれます。そこには課題解消につながる何かがあるはずです。

―― フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭は、60年を超える歴史のある映画祭です。一方、日本を代表する文化の日本アニメは、世界中の人々に愛されているにもかかわらず、世界的に認知される国際アニメ映画祭がありません。なぜこれまで生まれてこなかったのでしょうか。

真木 実写映画では、出品することがステータスになる世界三大映画祭(カンヌ、ベネチア、ベルリン)があります。アニメのそういう場を日本が作らなくてどうする、という気持ちがあり、それが国際アニメ映画祭を立ち上げるモチベーションのひとつです。

 これまでなかったのは、それを作ろうとする人がいなかったからではないでしょうか。日本の映画産業は大手1社グループが市場の50%を占めるような寡占状態であり、映画祭を立ち上げるとすれば企業の損得が強く絡んで色がついてしまう。われわれのようなインディペンデントはニュートラルな立場でできますが、運営においては業界の協力を得ていく必要があります。司令塔はニュートラルでも、大手の思惑が絡むなか、うまくいくこともいかないこともあり、資金面や業界の協力体制が壁になっていました。加えて、全体を束ねて仕切るリーダーが不在だったこともあるでしょう。そういう日本の体質が根底にあります。それがようやく変わったのがここ10〜20年です。

―― この先、世界的権威になるような国際アニメ映画祭が日本から生まれる可能性はありますか。

真木 世界中にアニメはあり、それぞれの国が独自のテーマでさまざまなクリエーティブの作品を作っています。そのなかで、世界中のクリエーターの99%は日本アニメを知っていて、リスペクトしている。アニメシーンにおいて日本の存在は外せないわけです。国際アニメ映画祭の大切さを考えるとき、そういう海外のクリエーターの気持ちが日本の関係者にもっと浸透してほしいと感じます。そこからは、日本のものづくりの素晴らしさやすごさを改めて発見することができる。世界中に多様なクリエーターがいて、いろいろな考えを持った作家がいる。日本で内向きな映画祭をやるより、世界を巻き込んだほうが多様性や柔軟性が生まれる。そこからクリエーティブの勇気をもらうというストーリーはとても美しい。その先に、世界的なステータスのある映画祭が日本から生まれる可能性があるのではないでしょうか。

アニー賞と連携して世界へ アニメ輸出の概念を取っ払う

―― ANIAFFと既存の国内アニメ映画祭との差別化はどう考えていますか。

真木 ひとつは、劇場映画も配信映画も区別しません。メディアにかかわらず、長編アニメとしてエントリーを受け付けており、各部門で同じように上映され、コンペの対象にもなります。もうひとつは、国際アニメーション映画協会(ASIFA)が主催する、アニメ界のアカデミー賞と呼ばれるアニー賞と連携します。日本のアニメは北米でもよく観られますから、ハリウッドとの共同製作がANIAFFから生まれることも、これからはあると思います。

 従来はまず日本のマーケットがあって、それから海外に出ていきました。基本的に輸出なんです。これからはその概念を取っ払って、全世界のユーザーに直接届ける全世界マーケットが主流になっていく。そこでは国際共同製作が当たり前になります。そういうステップを見越した連携になり、大手企業の周辺ですべてが決まる日本アニメ業界へのインパクトは大きい。それがANIAFFの最大の特徴です。

―― 第1回ANIAFFの成功の基準を教えてください。

真木 観客がどう感じるかですね。ひとつの指標として、上映作品数や観客動員数はありますが、そこにとどまって業界の中だけで評価するのではなく、地域や産業界全体と一体になって、うまくいったという熱量を共有できるかが、成否の判断になるでしょう。これまで準備を重ねてきました。必ず成果を出せると確信しています。

© 「時をかける少女」製作委員会2006