長年にわたり、スポーツは、学校の部活動など教育的な観点から語られることが多かったが、近年では健康寿命の延伸や地域活性化など、その社会的意義が見直されるようになってきた。今後、スポーツが社会・経済に果たす役割と日本スポーツ協会の取り組みについて、遠藤利明会長に聞いた。聞き手=吉田 浩(雑誌『経済界』2026年2月号より)

遠藤利明 日本スポーツ協会のプロフィール

日本スポーツ協会会長 遠藤利明
日本スポーツ協会会長 遠藤利明
えんどう・としあき 1950年生まれ、山形県出身。中央大学法学部卒業後、山形県議会議員を経て、93年第40回衆議院議員選挙で初当選。自民党総務会長、建設政務次官、文科副大臣等を歴任。2020東京オリンピック・パラリンピック大臣、2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長代行なども務める。2023年6月、日本スポーツ協会会長に就任。

地域スポーツと部活動の連携を図る

―― スポーツを通じた国民の健康寿命の延伸は、社会保障費の抑制にどの程度貢献すると見ているか。

遠藤 日本の社会保障費は年間約134兆円だが、運動を3年ほど継続すると、1人当たり年間3万5千円程度の医療費が抑制されるというデータがある。それをベースにすると、仮に1千万人が継続的にスポーツに取り組めば、全体で3500億円くらいの医療費が抑制される計算になる。さらに2千万、3千万人と裾野を広げることもできるし、医療費や社会保障費の削減だけでなく、介護給付の抑制まで含めて考えると、桁が1つ変わるレベルのインパクトになるだろう。

―― スポーツは地域活性化にどのように貢献すると考えているか。

遠藤 日本のスポーツの原点は学校体育と武道にあり、長い間、教育的な効果が中心で、経済的な効果はほとんど意識されてこなかった。今でも学校の先生方の中にはそうした意識が残っている。しかし、先ほど話したように、スポーツは健康にも経済にもプラスになる。2011年にスポーツ基本法をつくった際、それまで「体育」という概念の中に「スポーツ」が含まれていたものを、「スポーツ」という大きな概念の中に「教育としての体育」を位置付けた。スポーツの持つ力や社会全体への影響が大きいからこそ、その枠組みの中で教育を担うのが「体育」という整理である。そうした視点から見ると、スポーツは単に集客を生むだけでなく、観光振興や地域づくりの手段にもなり得る。一部の地方自治体の首長も、スポーツを用いた地域づくりに本気で取り組むようになってきている。

―― 18年に協会の名称が「日本体育協会」から「日本スポーツ協会(JSPO)」に変わったのも、そうした考え方の変化と関係しているのか。

遠藤 1961年制定のスポーツ振興法では、プロスポーツは支援しない、商業的なものはスポーツに含めないという立て付けだったが、現実にはJリーグやプロ野球などプロスポーツが広がってきた。そこで2011年に法律を全面改正し、スポーツと体育の位置付けを入れ替えた。法律の条文の「体育」を「スポーツ」に書き換え、両者の役割を整理した。名称も同じで、「日本体育協会」は「日本スポーツ協会」になり、「体育の日」も「スポーツの日」になった。2024年には「国民体育大会」が「国民スポーツ大会」になった。「国スポ」という呼び方はまだ十分にはなじんでいないが、最近ようやく認知度が上がってきたと感じている。

―― 地域スポーツの振興に向けて、学校の部活動と地域スポーツをどのように一体化していく考えか。

遠藤 生徒数が減り、部活動の指導ができる先生も減る中、複数の学校が合同で活動したり、地域スポーツと一体になって指導者を派遣する必要性が出てきた。地域スポーツという枠組みの中で全体を見ながら一体化を進め、その中で学校体育も含めてわれわれの日本スポーツ協会もその一端を担っていく考えだ。今、物足りないのは大学の参画が少ないことである。大学は社会との接点を持ちにくく自己完結しがちであるが、立派な施設があり指導者もいて、スポーツに関する教育、研究開発のノウハウもある。大学が中心となり協会と連携し、地域スポーツコミッションのような組織をつくり、全体として協会が責任を持って運営できる仕組みを構想している。

企業と協力して指導者を養成

―― 企業との連携については、どのような取り組みを進めているか。

遠藤 スポーツ基本法をつくるきっかけになったのは、06年トリノ・冬季オリンピックで日本が惨敗したことだ。当時、私は文部科学副大臣を務めていて、その理由を調べたところ、ちょうど日本経済低迷の影響で企業の運動部が大幅に縮小していた。スポーツへの支援がなくなりつつある中、選手強化をどう進めるかを考え、企業の皆さんにもう一度支援してもらう仕組みをつくろうとしたのがスポーツ基本法の出発点だった。今では、競技団体への支援やテレビ放映への協力など、企業の関わりは単なるスポンサーシップや宣伝にとどまらない。企業内の運動部やスポーツ活動は会社の連帯感をつくる役割も果たしており、経営者もその点を意識するようになってきている。

―― 日本郵政との間では、指導者養成のプログラムも始めている。狙いは何か。

遠藤 運動部活動と地域スポーツを一体化していくと、指導者が50万人くらい必要になるが、現状で確保できているのは30万人程度にとどまっている。そこで日本郵政と協議をし、社員向けに共通のコーチ資格取得のためのカリキュラムを両者で開発するとともに、仕組みをつくり、業務として地元の地域クラブ活動でコーチをしてもらう取り組みを24年からスタートした。これまでも多くの指導者は専業のコーチではなく、企業に勤めながら夕方5時から学校やクラブに行って教えてきた。その実態を社内の制度として位置付け、企業の社員にJSPOの資格を取ってもらい、日本郵政の業務の一環として正式にコーチを務めてもらう形にした。受講料も含めて費用は企業が負担する。始まったばかりなので、日本郵政だけでまだ指導者が300人だが、今後、公共性の高い企業から順に広げ、企業と地域連携を広げていきたい。

―― 協会としては、今後どのような枠組みでスポーツを広げていこうとしているのか。

遠藤 現在、スポーツを「する」「みる」「ささえる」人たちを包括的に楽しませるためのスポーツの祭典ブランドである「JAPAN GAMES」という枠組みの改革案をつくっている。ここにeスポーツやマインドスポーツ、アーバンスポーツなどをどう位置付けるかが課題である。こうした新たなスポーツも「JAPAN GAMES」ブランドの枠の中に取り込み、日本全体で「スポーツ」の名が付くものを幅広く扱い、地域活性化や地域の一体感づくりに役立てていきたい。国内スポーツの育成・強化も含め、JSPOがしっかりその役割を担っていかなければならない。

―― そのための財源はどう確保していく考えか。

遠藤 今でもスポーツくじから年間200億円程度が施設整備や選手強化、地域スポーツなどに回っているが、さらに財源を増やし、その成果を再びスポーツに還元する好循環をつくりたい。例えば、「スポーツ産業支援法」などの法律をつくり、企業がスポーツ団体に支援するとき、寄付や宣伝広告費だけでなく「投資」として出資できる形にできないかと考えている。