名作『世界の中心で、愛をさけぶ』で知られるラブストーリーの巨匠・行定勲監督が、同作から20年を経て同じテーマを別の物語で描く新作が公開される。映画業界では格下のジャンルに見られるというラブストーリーを撮り続ける真意と、日本特有の情緒が映る物語の世界進出の可能性を聞いた。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2026年2月号より)

行定 勲のプロフィール

映画監督、演出家 行定 勲
映画監督、演出家 行定 勲
ゆきさだ・いさお 1968年8月3日生まれ。熊本出身。97年映画『OPEN HOUSE』初監督。次作『ひまわり』が『第5回釜山国際映画祭』国際批評家連盟賞を受賞。2002年に『GO』で『第25回日本アカデミー賞』最優秀監督賞ほか主要賞を受賞し、脚光を浴びる。04年の『世界の中心で、愛をさけぶ』が社会現象的大ヒットになる。『パレード』『リバーズ・エッジ』で『ベルリン国際映画祭』批評家連盟賞を受賞。演劇では演出家として「第18回千田是也賞」を受賞している。くまもと復興映画祭のディレクターを務める。

プレッシャーもあったスピッツの名曲の映画化

―― 最新作『楓』(12月19日公開)は、スピッツの同名曲を映画化した作品です。なぜいまこの曲だったのでしょうか。

行定 もともとプロデューサーの企画としてあり、僕は「スピッツは好きですか?」と聞かれたところからはじまりました。

 「楓」はたくさんの人に聴かれている誰もが知るヒット曲であり、人それぞれの受け止め方や、解釈があります。だから逆にいうと、正解はない。そのなかで、純度の高い物語を提示し、いろいろな人それぞれにとっての「楓」のひとつになればいいという思いで手がけました。

―― 原曲には抽象的な歌詞もあり、確かに聴く人それぞれの人生によってさまざまな解釈がありそうです。

行定 僕はその歌詞から、この世から離れていく魂を想像しました。その魂は生きている人たちをどんなふうに眺めているのかを意識しながら、残された人の苦しい思いや愛といった感情をしっかりと描いています。

―― 物語の後半で現在と過去がクロスしながら映されるシーンには、心を激しく揺さぶられました。

行定 幻と対峙しているというか、記憶の中の存在がまるで目の前にいるかのようなシーンですが、でも実はそこには隠された真実があり、それが後に明かされて観客は腑に落ちる。人が人をまっすぐに思う気持ちが交錯するラブストーリーではありますけど、スピッツの曲なので、ひと筋縄ではいかない。そんな解釈が生まれるといいなと思っています。

―― この物語は「楓」という曲が持つメッセージを立体的に提示してくれた気がします。映画の最後に聴くと、曲の歌詞がこれまで以上に心に染み入ってきました。

行定 楓の花言葉に「遠慮」があります。僕はこれがとても日本人らしい情緒だと感じます。遠慮して、ちょっと引く。そこに余白が生まれるんです。この映画の裏側には、複雑に入り組んだ人間関係がありますが、物語の進行とともに、そこに余白を少しずつ入れていって、その余白にはどんな思いがあったのかをラストシーンでフィードバックさせる。そして、エンドロールで「楓」が流れるなか、余白を埋めた物語全体を振り返ることで、観客はすべてを理解する。そんなエンディングになるといいなというイメージで作りました。

―― 最近は、ネットやSNSにおけるコミュニケーションが生活のなかの大きな割合を占めるなか、人と人の感情や思いがぶつかり合う恋愛を面倒くさいと感じる風潮も一部の若者にはあるようです。本作はそんな社会へのアンチテーゼ的な側面もあるように感じます。

行定 それは考えていません。人を好きになったり、それによって後悔や寂しさが生まれたりするのって、理由はないんですよね。そのときにどんな思いがあって、その人にとっての大切な気持ちがどうあったかを描きたいだけです。

 どんな社会でも、人と人は支え合って生きています。そして、その支えるという行為は愛情そのもの。スマホに生きる楽しみがある人のなかにだって、ラブストーリーが好きな人も、それを求めている人もいると思います。ラブストーリーは、人それぞれの心のなかの心当たりのある何かに触れて、気持ちを少しだけ揺さぶり、生きていることそのものが感情に直結することで、そこから何かが生まれる。それが人を思いやったり、人に優しくしたりすることの素晴らしさなど、人生にとって意義のあることを教えてくれます。

ラブストーリーの巨匠・定勲監督の最新作『楓』
ラブストーリーの巨匠・定勲監督の最新作『楓』
Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会

『セカチュー』から定着した恋愛映画監督のイメージ

―― 本作のラストは2人の未来への再生を示しているように感じました。行定監督の代表作のひとつである『世界の中心で、愛をさけぶ』のラストシーンに重ねて捉えることもできます。両作に通じる行定監督のメッセージがあるのでしょうか。

行定 大切な人はいつかは亡くなる。そのときに喪失感とどう向き合い、そこからどう立ち直るか、その後をどう生きていくのか、ということを誰もが問われています。そういう物語って、涙を誘う悲恋や感傷的な別れみたいなものに陥りがちですが、本作は似ているようでそれとは異なる、ひねりが効いた物語です。

 一人称で描かれる一方的なラブストーリーではなく、三人称を含めた複数の視点が入り、いろいろな角度から見た思いがひとつのストーリーのなかで昇華されていく。今回は久々にそういうお題をいただきましたが、『セカチュー』のときも同じスタートでした。好きだった人への身につまされるような思いを抱えて生きていくのは、まさに「楓」の歌詞と通じる。そういう意味で、20年を経て再びこういった作品に出会うめぐり合わせを感じています。

―― 本作を『セカチュー』と重ねて語られるのは、行定監督にとってはどのような気持ちですか。

行定 こうしたテーマを20年経って別の物語として描き、自分にどんな変化があったのか自身では計り知れませんが、観客にどう思っていただけるかは、次へのヒントになるかなと思っています。『セカチュー』の監督らしい映画と言われるのは、もちろん悪い気はしません(笑)。

―― さまざまな作品を撮られているなか、『セカチュー』によって定着したラブストーリーの巨匠という行定監督の世間のイメージが足かせになっていることはありませんか。

行定 それはありません。そう見ていただけるのはありがたいですけど(笑)。ラブストーリーは長年軽視されているジャンルであり、むしろ僕は積極的に取り組みたいと思っているんです。

 時代のうねりや社会の激動を描く社会派作品こそ高尚な映画であり、世俗的なラブストーリーは、格としてその下に見られています。でも、本来は映画に上も下もない。もちろん社会派作品は社会的に意義のあるメッセージやテーマを描きますが、一方、人の心の機微や、そこから生まれる障壁のようなものを乗り越える苦しさや生きづらさを内包するラブストーリーにも、人々の人生に寄り添うようなドラマがあります。それはささやかな物語かもしれません。あるようでないような感情だけがそこにあって、いろいろな思いが絡まっていく。そういう映画に僕は興味があるし、好きだから、ラブストーリーを作っていきたい。

 ただ、ド直球なラブストーリーって実はそんなに作っていなくて。『セカチュー』がそれだけ目立っているということでしょうね(笑)。

―― いまの時代の若い世代にこの映画を観たいと思わせるフックになるのは何ですか。

行定 人の見苦しさや愚かさ、傷ついている姿とか、清らかで美しいだけではない生々しい一面もさらけ出すことが、そのひとつではないでしょうか。本作のヒロインは自分のなかにずるさもあって、苦しかった。そこの救いになったのが、人と人の理解。彼女が主人公とどう向き合っていくかには真実の愛の形がある。キレイでよくできた作りものの物語ではなく、どこかねじ曲がっているけど嘘のない物語が、悩みや息苦しさを抱える若い人たちに、自分と同じだと思わせる。そういった共感が得られると思います。

俳優に演出をする『楓』撮影現場の行定勲監督
俳優に演出をする『楓』撮影現場の行定勲監督
Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会

令和時代の若者に共感を得るラブストーリー

―― 日本人らしい情緒や心の機微が細やかに描かれる日本のラブストーリーは、日本特有の文化が映るジャンルであり、日本アニメのように世界で認められるコンテンツになるポテンシャルがあるように感じます。

行定 アメリカという映画大国にマスターピースと呼ばれる素晴らしいラブストーリーがたくさんあるんですよね。作風にちょっとクセがありますけど、フランスもそうです。それぞれの文化ごとに会話が特徴的なので、そういう意味では日本なりのラブストーリーのあり方を追求いくのはいいかもしれませんが、一方で優れたラブストーリーは常に進化しています。そのなかでアメリカやフランスを超えるのは現実的にはなかなか難しい。それでも、日本のラブストーリーを世界へという気持ちはもちろんあります。

 アメリカのラブストーリーは1950年代のビリー・ワイルダーの作品あたりが基盤になっているので、日本はそことは別のものを作っていけばいい。そのひとつの要素が〝余白〟です。人が涙を流して悲しんだり、悶え苦しむ理由が説明されるのではなく、観客がそれぞれの気持ちでその余白を埋めていく。それが日本のラブストーリーのよさではないでしょうか。

―― 韓国公共放送局KBSのドラマ演出(『完璧な家族』)を日本人で初めて担当されました。行定監督にとって海外の仕事はどのような位置づけになりますか。

行定 国内外は関係ないですね。『楓』の撮影は『完璧な家族』でコンビを組んだ韓国人のカメラマンに依頼していますが、僕はデビュー当初からアジアのスタッフと一緒に仕事をしてきているので、それがふつうです。もちろんそれぞれの国のやり方があるので苦労はありますけど、問題は人と人の関係性。長年お互いにコミュニケーションを取ってきているから、円滑に回ります。

 いま業界全体で国際合作や国を越えたコラボが増えていますが、これからますます国境は関係なくなっていくでしょう。ただ、経済の問題はあります。いまの円安では、日本映画をアメリカで撮るのは考えられない。逆にアメリカをはじめ海外作品を日本で撮るケースは増えていくと思います。

―― これからも日本エンターテインメントの世界進出の先陣を切っていくのでしょうか。

行定 先陣を切るつもりはありませんけど(笑)。パイオニア的な先人が苦労して築いた道の後に続く人がいるかどうかや、それに対して国の理解があるかという問題は別にあります。でも、僕はその後に続いて、それをより大きくしていきたい気持ちはあります。