NHK紅白歌合戦、大阪・関西万博、嵐のコンサートツアーなど日本を代表する大型イベントの演出を次々と手がけるクリエーター集団・popx。トヨタ自動車や東京建物との協業など、業種を超え、産業構造そのものを変えようとする若き経営者に、日本のエンターテインメントの未来を聞いた。(雑誌『経済界』2026年5月号より)
渡辺大聖 popxのプロフィール
わたなべ・たいせい teamLabで空間演出を学び、独立。ドームクラスのコンサートをはじめ、リアル/バーチャルを問わずさまざまなアーティストのステージを手がける演出家。嵐やTWICEのほか、NHK紅白歌合戦や大阪・関西万博の開幕式など日本を代表する大型イベントの演出を担う。池袋の未来型ライブ劇場harevutaiのコンセプト設計に参画するなど、エンターテインメントと街をつなげる地域創生にも携わる。コロナ以降の5年間、毎月海外に渡り大型エンターテインメント・イベントをリサーチし、世界のトレンドを日本の演出に取り込み続けている。4人組バンド・Sir Vanityのメンバーでもあり、自らもステージに立つ。
teamLabから独立 エンタメ分野を主軸に創業
── 2024年の創業前から演出家、総合プロデューサーとして活動されていました。
渡辺 コンテンツ制作を手がけるデジタル分野の専門家集団・teamLabに10代から身を置いて、空間演出の仕事に携わるようになりました。当時は会社に寝泊まりして、24時間仕事漬けの修業の日々でした。そこからデジタル演出を覚えて、自分のアート作品を制作してきたことが原体験になります。
その後、最新技術を使った新たな表現をエンターテインメント分野に応用するミドルウェアの会社を立ち上げ、15年に独立しました。そして、テクノロジーの進化とともに差別化が難しくなるなか、自身を「技術フィールドが得意な演出家」と定義し直して、18年に空間演出会社を立ち上げています。
そこから次第に世界に通用するコンテンツや世界一の公演の制作を目指すようになり、同じ目的やゴールがあって熱量を共有できるチームになるクリエーターギルド・popxを創業しました。
── 昨年の大阪・関西万博のほか、嵐のコンサートツアー、NHK紅白歌合戦など大型の案件を手がけています。どう受注してきたのですか。
渡辺 ありがたいことに営業的なことは一切していないんです。それまでの人脈から依頼が来たり、人づてに紹介を受けたりして、大きなプロジェクトの座組に入ることが多い。僕は映像の演出やテクニカル・ディレクション、総合演出と、細分化された職務のなかでいろいろな役割をこなすので、汎用性が高いかもしれません(笑)。イベントごとに一緒に仕事をしたプロデューサーやクリエーターから、その次も声をかけていただくことが多いですね。
── 紅白や万博では、どのような部分を担ったのでしょうか。
渡辺 紅白は18年と19年に前社で担当した時は、歌手ごとに変わる大道具のセットを、リアルではなくARを使った映像にするデジタル演出を手がけました。CG上に美術セットや照明を入れて、グリーンバックで抜いた人を立たせることで、地続きの空間のような映像を作ることができます。ARカメラで前面にエフェクトを乗せたりもしました。現実と仮想のセットをCGで拡張する、テレビだからできる演出でした。popxを立ち上げてからは「すとぷり」のイベントの映像演出を毎年担当しています。
大阪・関西万博では開幕式の映像演出を担当しました。独自開発した「Digital Twin Simulator」を使用して、会場のシャインハットをCGで高精細にモデリングし、プロジェクターや照明、人の動線までCG空間に配置してシミュレーションを行いました。
これにより、影が出ないステージ設計や、映像・音楽を含めた演出の事前検証が、本番前にすべてデジタル上で完結します。映画業界でいうプリビズ(事前可視化)のライブエンターテインメント版です。
嵐は、20年のコロナ禍の配信ライブで、カメラの画角のなかで、メンバーと背後の映像、前面のARを1つの世界に同居させて、どのような体験を作れるかという演出に携わっていました。全体の3分の1ほどを手がけています。
── 一般企業との協業実績もありますか。
渡辺 創業メンバーは個々に会社を持っていて、それぞれのフィールドで幅広い業種の一般企業案件を多く抱えています。そのスペシャリストが集まって、大きいことをやろうというのがpopxです。
僕個人としては、トヨタ自動車とも仕事をしています。同社の未来の車を提案する研究開発チームと一緒に、全体的なデザイン設計や、車内のシステムUI(ユーザーインターフェイス)開発などに携わってきました。ほかにも上越市立水族博物館の生き物と映像を同居させる展示設計や、東京国際フォーラムの20周年記念イベントの空間演出も手がけています。
また、前社時代には東京建物とポニーキャニオンと協業し、池袋の未来型ライブ劇場harevutaiをコンセプト設計から携わりました。最近は音楽やエンターテインメントを取り込む地域創生の街づくりに参画し、コンセプトから人を呼ぶ仕組みづくりまで、総合的にディレクションしています。popxでは、街を「建物の集合」ではなく、「連続する体験がインストールされた環境」として捉えています。劇場、展示空間、路上、デジタル空間が同じ思想と物語でつながる状態になります。
日本のエンタメ業界の課題 克服のために見据える世界
── 世界を目指す渡辺さんが日本のエンターテインメントの課題に感じていることはありますか。
渡辺 現状の日本のエンターテインメントは、欧米のように世界中の人々に向けて作っていません。世界中から観光客が日本を訪れているのに、彼らに楽しんでもらうモチベーションがないんです。あらゆる面で内向きになりがちで、国内のファンとライトな層の間でバズを起こすことが主目的になっています。
── そこにどう切り込んでいくのでしょうか。
渡辺 25年1〜10月の訪日外国人消費額は9・2兆円という観光庁のデータがありますが、米調査会社によると、そのうちエンターテインメントの消費は1割に満たないんです。その1位は、ゲームのコスプレで街中をゴーカートで走るアクティビティです。ほかには新宿のゴールデン街や浅草などの観光地に集約されます。
teamLabによる「バイオヴォルテックス京都」や「プラネッツ」「ボーダレス」は連日外国人で満員ですが、このような全世界の人々に向けたエンターテインメントで収益を得ていく発想が、業界全体としてほとんどない。その世界市場は年々拡大しているのに、日本はその波に乗れていません。
もちろん国内の瞬間的なバズはビジネスとして狙うべきです。でもそれは消費でしかない。それを目的にするのではなく、普遍性があり、国境を越えて誰にでも届くようなエンターテインメントを作っていくことが、今この業界に求められています。
── そのためのpopxの手法を教えてください。
渡辺 目線を常に世界に向けています。この5年間のライフワークとして、毎月海外に行って、その時々のテーマでその国のエンターテインメントを体感し、観客の心を動かす術や世界のトレンドを学んでいます。60回以上の渡航で得た知見を、自分のフィルターを通して日本ならではのエンターテインメントに落とし込む。そういった仕事を続けてきて、昨年の大阪・関西万博の開幕式の演出など、日本を代表する大きなイベントに関わらせていただいています。
どんなイベントにおいても、特定のIPのファン以外の人が観ても楽しめるように、全体的なストーリーと演出を作り込む。それが僕なりのpopxのポリシーです。
技術と仕組みで日本発のエンタメを世界に届ける
── 世界共通で人を喜ばせる要素のようなものは得られていますか。
渡辺 2つあります。1つはとにかく規模の大きいもの。いろいろな素材を活用したスケールの大きなコンテンツは、世界共通で人を引きつけます。もう1つは、キラキラと輝き、超没入感のあるダイナミックな映像と音響です。アニメやゲームなど人気コンテンツとなるIP以外では、この2つの要素がないと世界では勝負になりません。
最近の例では、さいたまスーパーアリーナで開かれた「あんさんぶるスターズ!!」10周年ライブの総合演出を手がけた際に、同会場史上最大サイズのスクリーンを設置して8K(4Kの4倍の解像度)の映像を流しました。
なぜそれをやったかというと、16Kの映像を映す米ラスベガスのスフィアに乗り込もうと考えた時に、その映像を長時間分制作するワークフローがまだない。であれば、まず日本でできる極大サイズで技術的なテストを重ねなければならない。同時に、世界中の人たちが楽しめる普遍的な映像の作り方の仕組みを開発する必要がある。あのライブは、作品であると同時に、世界に出ていくためのR&Dでもあります。
── 未来に向けてこれから取り組んでいくことを教えてください。
渡辺 3つあります。1つは、外部プロジェクトで作った映像やCGの演出データなどさまざまなコンテンツをアーカイブすること。制作物を「消費して終わり」にせず、資産として蓄積します。これらのデータをいつでも人やAIが再利用できるようにすることで、制作コストを下げると同時に、高クオリティを担保します。
また、今年はアート業界に切り込みます。蓄積したエンターテインメントの素材を、1つのテーマを元に再編し、アートとして再生産します。 次がAIクルーモデル(人間のスペシャリストがさまざまな専門分野のAIをチームメンバーとして編成してプロジェクトを推進する)を軸としたクリエーティブワークフローの体系化。AIが0から1を作るためのフローをプロダクト化して、業界全体のスタンダードにしていきたいと考えています。このAIクルーと前述のデジタルツインのパイプラインを最大のビジネスモデルの核に据えています。
もう1つが、ライブやイベントのデジタルアーカイブ化です。映像、音楽、照明など、生のステージを形作るあらゆる信号を生データとしてレコーディングし、図書館のように補完・管理をして、何年〜何十年後でも、そのデータで当時の空間や演目をそのまま再現できるようにする仕組みです。再現だけでなく、そこから改変して新しい作品を生み出すこともできます。10〜20年後には、VRやMRを超えた新しい形のライブ再演も視野に入っています。
この3つの取り組みが回り始めれば、受託だけに依存しない自社IPを生み出すブランドになることができる。ここから、業界構造を作り変え、世界中の誰もが楽しめる普遍的かつ感動的なエンターテインメントを作っていきます。