核融合を起こすには、1億℃以上の熱が必要、というのは常識だ。それだけに開発には時間がかかる。しかしクリーンプラネットの吉野英樹社長は、30年までの実用化を視野に入れる。その秘密は低温核融合という、1000℃未満で起こす核融合にある。その仕組みはどのようなものなのか。吉野社長に聞いた。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年6月号より)
吉野英樹 クリーンプラネットのプロフィール
よしの・ひでき 1974年生まれ。東京大学法学部、ロンドン・ビジネス・スクール修了。95年英会話スクール「GABA」創業。その後投資家としてエネルギー分野に投資を続けるが東日本大震災を受けて2012年クリーンプラネットを設立した。
東日本大震災で核融合に目覚める
―― 吉野さんは英会話スクールGABAの創業者でその後GABAは上場も果たしています。続いて投資家になったと思っていたら今度は低温核融合の会社、クリーンプラネットを立ち上げました。その経緯を教えてください。
吉野 2011年3月11日、私は東日本大震災を経験しました。その後の福島第一原発の事故は、私の人生観を根底から覆す衝撃でした。当時、日本はフランスのように電源構成の70%を原子力に依存する計画でしたが、その「安全神話」が崩壊したのです。震災後、私は、世界中のクリーンテックを調査しました。そこで「アバンダント(潤沢)で、セーフ(安全)で、かつ低価格」なエネルギーを探し求め、行き着いたのが核融合でした。しかし、多くの専門家が「実用化は数十年後」と言う中で、唯一「今すぐにでも手が届く」と感じさせたのが、この低温核融合(量子水素エネルギー)だったのです。
そこで震災後の12年9月にクリーンプラネットを設立しました。当初は「石油業界に睨まれる」と周囲から忠告されることもありました。そこで極力目立たないように事業を進め、まずは15年4月、東北大学内に「凝縮系核反応研究部門」を設立。三菱重工でこの分野の第一人者だった岩村康弘先生らを招致しました。16年末には再現性のある異常発熱(エクセスエナジー)を確認し、その後19年末に量産のための技術開発拠点を川崎市に開設しました。現在はラボレベルの装置を大型化し、実際の製品に組み込む「発熱素子」の量産プラント建設に着手しています。
―― 1989年に「常温核融合」のニュースが世界を駆け巡りました。しかし再現性が低くいつの間にか消えてしまいました。低温核融合とは何が違うのですか。
吉野 最初に常温核融合が報じられた騒動になった時は重水の中で反応させており、表面の状態や不純物に左右される「出たとこ勝負」でした。しかし、2007年に大阪大学の荒田吉明先生が「反応はバルク(金属の塊)ではなく、最表面のナノ構造で起きている」ことを発見しました。 私たちは現在、最新の製造装置を使い、ニッケルのナノ膜を「プレーナー型(平面的)」に精密制御しています。これにより、原子レベルで構造をコントロールできるようになったことが、100%近い再現性を実現した最大の要因です。
1千℃未満の温度で起きる核融合反応
―― 反応のメカニズムを、分かりやすく説明してください。
吉野 本来、水素の陽子同士はプラスの電気を持っているので、プラス同士なので、反発し合います。これをクーロン障壁と呼びます。高温核融合はこの壁を「1億℃の熱」で強引に乗り越えさせます。私たちの方式は、ニッケルなどの金属格子の中に水素を吸蔵させます。すると金属内の自由電子が陽子の周りを取り囲み、プラスの電気を打ち消してくれます。これによって反発力が弱まり、800~900℃程度の加熱と量子トンネル効果によって、陽子同士がスッと融合するのです。これを「電子介在型反応」と呼んでいます。この反応を起こすのがわれわれが開発した発熱素子です。これをモジュール化し、そこから生み出された熱をボイラーで蒸気にしてタービンを回す、これが発電の仕組みです。
―― 本当に核融合が起きているのですか。
吉野 反応後、ヘリウム3(陽子2、中性子1のヘリウム同位体)が検出されていることからも、核融合が起きていることは確かだと言えます。他の方式の核融合とは違って、先に現象が起きている。それを学術的に検証している段階ですが、われわれはすでに、589日間、燃料補給なしでの連続発熱を観測しています。
―― どのくらいの電気が発電できるのですか。
吉野 今、ラボで完成させている発熱モジュールは直径10センチ×長さ120センチのサイズですが、これ1本で24キロワットの熱を出します。これは一般的な家庭数軒分の電力を賄える熱量です。これを複数本束ねてユニット化することで、メガワット(1千キロワット)級の熱源をつくることができ、さらに分散型の低コストな熱源となります。現在、三浦工業とは発電用ボイラーを共同開発しています。
―― 実用化に向けてクリアしなければならない最大の課題とは何でしょう。
吉野 ずばり「量産のエンジニアリング」です。技術的な発熱の仕組みはほぼ解明されつつあり、最近は多くのこの分野の論文が物理学会誌に掲載されています。 現在は、この「発熱素子」を大量生産するためのパイロットプラントを横浜・川崎エリアに建設する準備を進めており、27年中の稼働を目指しています。このプラント建設には約30億円が必要ですが、稼働を条件に、すでに海外ファンドから数百億円単位の出資のオファーが来ています。そうなれば、一気に世界展開が加速します。
―― 低温核融合のライバルはいるのですか。
吉野 われわれは世界の最先端にいると考えています。取得特許の累積件数は155件に達しています。日経新聞による核融合特許競争力ランキングでは全方式の中で13位。低温核融合では世界一です。企業価値も、すでにユニコーンの仲間入りをしています。将来のIPOも視野に入ってきました。
データセンターの電力不足を解決する
―― 将来的には自分たちで発電事業も行う考えですか。
吉野 全ての装置を自社で作るつもりはありません。心臓部である「発熱素子」に全てのノウハウとIP(知的財産)を詰め込み、これのみを自社生産します。周りの発熱モジュールはアセンブリ協力企業に依頼し、実際の熱を活用するボイラーなどのアセンブリは、三浦工業などパートナー企業に行っていただきます。
収益は「素子の販売」に加え、「メンテナンスライセンス」や「従量課金(使用量に応じた課金)」を想定しています。将来的にはこの技術を世界に開放し、ライセンス収入を得ながら、より多くの人に使ってもらいたいと考えています。そのため、この低温核融合技術が、日本に新たな産業を興す大きな可能性があるわけです。
―― 具体的にはどのような使われ方を想定していますか。
吉野 AIの普及でデータセンターの建設が進んでいますが、現状ではまったく電力が足りていません。電力会社に頼んだとしても供給してもらうためには5〜10年待つといわれています。その点、私たちの発電ユニットなら、データセンターの敷地内に設置して「地産地消」の電源になれます。
また、丸の内のような都市の地下にある熱供給システムに組み込めば、街全体のCO2をゼロにできます。1メガワットのユニットがあれば、約300軒の家庭の電力を賄うことが可能です。
―― 市場規模はどのくらいあると考えていますか。
吉野 世界のエネルギー市場の規模は、現在年間1500兆円を超えるといわれています。その市場規模は、AIデータセンターによる需要などもあり、さらに多くなると予想されています。CO2を出さない、さらには安全性の極めて高い低温核融合のターゲットはそれだけ大きいことになります。可能性は無限です。
―― 人類が核融合を手にすることで、どんな未来が待っていますか。
吉野 私は、エネルギーの解放こそが「人類の解放」だと信じています。 現在、エネルギー資源が特定の地域に偏っているために、不要な戦争や経済格差が起きています。水(水素)とニッケル、銅という、どこにでもある物質からエネルギーを取り出せれば、人類は「奪い合い」から解放され、本来のクリエーティビティを発揮できるはずです。
かつての常温核融合にアレルギーを持つ人たちもいますが、私たちは「論より証拠」で、実際に動く製品を見せることでそれに応えます。30年までにこの技術を輸出し、日本をエネルギー輸入国から輸出国へ変える。さらに、このクリーンで最も安全なエネルギーを世界のすみずみに広げる。これが私の使命です。