インタ―ネットでラジオが聴けるサ―ビスとしてスタ―トしたradiko。昨年12月に15周年を迎えた現在、全国の民放ラジオ99局とNHKが参加し、月間アクティブユ―ザ―(MAU)は850万人を超える。一時期は衰退が叫ばれたラジオの広告費を押し上げるエンジンになり、新たなメディア価値を創造している。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2026年6月号より)
池田卓生 radikoのプロフィール
いけだ・たかお 1969年生まれ。番組制作会社を経て、2001年にTBSラジオ&コミュニケ―ションズ(現TBSラジオ)入社。ディレクタ―、プロデュ―サ―として番組制作に携わる。編成部次長、制作部次長、営業推進部長を経て、22年からTBSラジオ執行役員として経営企画局長、営業局長を歴任。25年6月にradiko社長就任。
世界的イベントWBC中継聴取者数はグッと伸びた
―― スマホで聴けるradikoは、ラジオの楽しみ方もリスナー層も拡張しています。スタート当初の経緯を教えてください。
池田 もともとは首都圏の難聴取地域(電波が届きにくい場所)対策がありました。AMはビルに入りにくく、FMは入りやすい一方、AMと比較すると届く範囲が広くない。そうしたなか、受信機が減少していく状況に対して、デジタルデバイス対応の推進に向けたIPサイマルラジオ協議会が発足し、これからのラジオの在り方の検討と、ラジオ放送のインターネット同時配信の試験運用が2010年に始まりました。その後、同年12月にサービスとしてローンチしたのがradikoです。
当時は在京阪の民放ラジオ局13局でのスタートでしたが、徐々に増えていき、最終的に民放99局が参加したのは20年です。
―― これまでのMAUの伸びは順調でしたか。
池田 ローンチ当初から右肩上がりで順調に増えていましたが、やはりコロナ禍で大きく伸びました。伸び率としてはその頃がピークで、現在は落ち着いています。
―― 3月に行われたWBCは、ラジオでもradikoでも聴取できました。リスナー数はどうでした?
池田 ニッポン放送と文化放送が中継していましたが、リスナー数はグッと伸びました。ああいった世界的なイベントの放送があると大きな影響があります。
―― 現在は放送と配信のどちらの聴取者が多いのですか。
池田 地域によります。ローカルは放送が圧倒的に強い。首都圏の比較は難しいのですが、まだまだ放送の方が多いです。
ただ、ラジオは推し活と密接につながっており、好きなアーティストやタレントがしゃべっているからradikoで聴いたという若い世代が圧倒的に多い。そこを入口にする若年層が増えていることが調査で分かっています。
―― radikoではライブとタイムフリーではどちらが多いですか。
池田 AMとFMで変わりますが、FMはライブ聴取が強い。一方、AMが中心のトーク番組は、タイムフリーが増えていますが、全体的にはライブの方が若干多いですね。
―― ラジオ深夜番組は、1人で聴きながらも、仲間が大勢一緒に時間を共有している一体感や連帯感があったと思います。タイムフリーはそれを弱めませんか。
池田 タイムフリーによってそれが弱まっているとは感じていません。ただ、ファンにとってやはり生の声やトークを聴くことには、価値があります。どこまで連帯感を意識しているかは分かりませんが、きっと生で聴きたいという回帰は起きると思います。
いま、深夜ラジオが共通の趣味の高校生男女の漫画『さむわんへるつ』(週刊少年ジャンプ)が人気になっています。ラジオの投稿文化がそうやって取り上げられるのはうれしいですし、それが生聴取につながると面白いですよね。
デジタルデバイスで伝える 100年の歴史の体験価値
―― マスメディアのひとつであるラジオの特徴はどう考えますか。
池田 想像力を喚起するメディアであることです。例えば、コップに水とお湯を注いだとき、両者は粘度が異なるので、音はまったく違うんです。音はそういう細部まで届けられる。さまざまなシーンの情景を音だけで思い浮かべるメディアは、4マス(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)のなかでもラジオだけ。トーク番組では、パーソナリティがリスナーに語りかけるときは、その声から緊張感や本気度など繊細なニュアンスが伝わるから、個人対個人の対話のような感覚をリスナーは覚えるでしょう。メディアとユーザーの距離の近さは、圧倒的にラジオが強いと感じます。
――お笑いコンビ・オードリーのラジオ番組イベントは、東京ドームに5万人以上を動員しました。ラジオのリスナーとの絆の強さが示されています。
池田 もちろん他のメディアもユーザーとのエンゲージメントをしっかり構築していますが、ラジオが顕著なのは、番組発のイベントが増えていることです。3月には、赤坂で開催されたラジオパーソナリティが集まる「Japan Podcast Fes 2026」に延べ3万人のリスナーが集まりました。両者の共犯関係と言っていい絆は、そういったイベントで実感できます。
―― 一方、SNSやネットメディアの台頭により、マスメディアの影響力は小さくなり、オールドメディアと呼ばれることも増えています。
池田 そうくくられることはありますが、ラジオは100年続いてきたメディアであり、長い歴史を紡いできた体験価値があります。
ラジオは時代によって聴取環境が目まぐるしく変わってきました。かつてはお茶の間の大きなラジオで大勢が聴いていましたが、ポータブルラジオが登場して個人聴取になり、いまはスマホやPCで自由度高く聴かれ、リスナー層は広がっています。オールドメディアなりの体験価値を、デジタルデバイスでどう伝えていくかが、radikoに課された使命です。
現状のradikoは、聴取者数も広告もとても好調です。コンテンツはしっかりリスナーに届いています。ラジオがなければradikoは存在できませんから、ラジオ局のみなさんにもっともっと自信と誇りを持ってくださいと伝えています。
ラジオ広告費は雑誌を超えた デジタル音声広告は2桁成長
―― マスメディアの衰退のようなことも言われますが、ラジオに関しては当てはまらないということですね。
池田 広告費の観点では、ラジオはすでに雑誌を超えています。CM環境がパーソナリティとリスナーの深いエンゲージメントのなかにあることがラジオの強みであり、他メディアと棲み分けられています。数字上は価値があるメディアであることが示されています。
radikoのデジタル音声広告は18年にスタートし、2桁成長を続けています。今年度は150%増ですが、まだまだ全体のパイが小さい。もっと伸びる余地があります。
radikoは、基本的に放送のCMがそのまま流れますが、番宣告知や事業イベントなどのスポットは差し替えることができ、その独自セールスが大きく伸びています。
radikoの強みは、リスナーの属性や聴取環境などのデータから、CMをターゲティング配信できること。例えば、山手線を使っているラジオリスナーへ広告配信ができ、また購買データと紐づけることで、広告から商品購入へつながったか分かります。データマーケティングがradikoのオーディオアドの特徴です。ラジオ局にはそこからの配分があり、プラスアルファの収入になっています。
―― radikoはラジオメディアの在り方を変えたのではないでしょうか。
池田 radikoとしては、リスナーの選択肢を増やしたいと考えています。かつてラジオは地域ごとの生放送しか聴取できませんでしたが、radikoは全国のラジオ局の放送を聴けるエリアフリー機能を14年に提供しました。16年には、聴き逃しのニーズに応えるタイムフリーを加えました。
個人的には、生の深夜放送を楽しみにしていますが、いまのリスナーはタイムフリーで通勤通学時に聴く。もちろん生で楽しむリスナーもいます。それぞれの選択の中で接してもらう。そういう時代性に合ったメディアになっています。
―― オンラインの音声メディアがいくつもある時代です。競合環境はどう見ていますか。
池田 競合として見ているサービスはひとつもありません。アメリカではポッドキャストがブームになり、とても盛り上がっています。それと比較すると日本はまだまだ。音声メディアがこれからもっと盛り上がる環境を作っていかないといけない。競合とか言っている場合ではありません。
ラジオを多角的に楽しむプラットフォームへ
―― ラジオ業界におけるradikoの役割を教えてください。
池田 当初はラジオ番組を配信で聴く受信機の役割が大きかったのですが、15周年を迎えたいま思っているのは、ラジオ番組を流すだけでなく、ラジオをもっと好きになってもらうプラットフォームにしたいということです。
そのために、オリジナルコンテンツを作り始めています。いろいろなラジオ番組の名物パーソナリティに参加していただくような、ひとつの放送局ではできなかったコンテンツを作り出すことで、従来のラジオとはちょっと違う面白さをradikoに感じていただく。それがラジオの新規リスナーの獲得にもつながるかもしれない。
ほかにも、ラジオ番組を聴いているときに、グッズや番組イベントなどのチケットを購入できる導線を設けることを考えています。ラジオを聴くだけでなく、参加して楽しむ。多角的に楽しめるプラットフォームになるべく、そこに向けたブランディングを進めています。
radikoがラジオに付加価値をつけていこうと舵を切ったところです。まだ話せませんが、他のプラットフォームと相互に送客できるような連携も検討しています。
―― この先の目標設定を教えてください。
池田 ユーザー数を現在の倍にしたい。まずは今年度中にMAU1千万人の大台突破を掲げています。
『radiko15周年記念 太田光と15人のしゃべり手』