日本の自動車市場の4割を占める軽自動車。海外にはない独自規格のために国産勢が独占してきたが、ここにきて中国勢が電気自動車(EV)で進出することを相次ぎ表明。これまで規制に守られてきた業界地図が大きく塗り替えられる可能性が出てきた。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2026年8月号より)

中国自動車大手とオートバックスがタッグ

 中国自動車大手の奇瑞汽車(チェリー)や、日本の自動車用品大手、オートバックスセブンなど日中の5社は合弁会社「EMT(イーエムティー、横浜市)」を設立し、2027年に軽自動車のEVを発売すると発表した。日本の独自の規格である軽の市場にEVで参入するのは中国のEV大手、比亜迪(BYD)に続く動き。中国勢の相次ぐ参入で、長らく日本企業が独占してきた国内の軽の勢力図が大きく変わる可能性がある。

 EMTはチェリーとオートバックスセブンに加え、空気圧縮機などの設備機器を手掛けるアネスト岩田(横浜市)、中国の自動車製造、江蘇悦達汽車集団車載(Yueda group)、蓄電池メーカー、国軒高科(Gotion)が共同で出資し、25年に設立された。

 EMTは5月27日に東京都港区で記者会見を開き、軽EVへの参入などを発表。軽EVの価格や、一回の充電で走行できる航続距離、販売目標台数などは明らかにしなかった。

 EMTのブランド名は「EMTA(エムタ)」。EMTという社名は「Electric MobilityTechnology」に由来し、EMTAというブランド名は「Easy,Made To All(全ての人の日常を幸せにする)」という意味だという。軽を含め、29年までにEV計4車種を生産・販売する計画だ。

 EMTが擁する日本の自動車メーカー出身者が日本市場向けの商品企画を担当する。チェリーなどの中国側が設計し、チェリーとは別の中国工場で生産を行う。中国の工場で生産し、約1200あるオートバックスの店舗網の一部を活用して販売する方針で、100拠点程度とみられる。販売が軌道に乗れば、日本での生産も検討する。当面は軽EVが、設計や構造などが法令や基準に適合しているか、国や認証機関の審査を経て「型式認定」を得るのが課題だ。

 チェリーは第一汽車、東風汽車などとともに、中国自動車メーカー「ビッグ5」に数えられる。設立は1997年、生産を始めたのは99年と、比較的新しい会社だ。自動車の輸出に関しては中国最大で、2025年の輸出台数は前年比17%増の約134万台。中国からの自動車総輸出台数の約2割を占めている。メインブランドのCheryのほか、高級路線のExeed(星途)、Jetour(捷途)、Luxeed(智界)などを展開している。

 EMTのCEO(最高経営責任者)には、チェリーの副社長などを務めた何暁慶氏が就いた。記者会見では、「世界では自動車の電動化が広がっている。日本の消費者に新たなブランドを示し、技術で新しい体験をお届けする」と話した。

 EMTでは、日産自動車を経て、仏プジョーや米ジープなどのブランドを擁する欧米自動車大手、ステランティス日本法人社長を務めた打越晋氏が最高マーケティング責任者(CMO)を務める。また、日産で初代EV「リーフ」の開発を担った山本浩二氏が最高技術責任者(CTO)に就いている。参入に際し、日本市場やEVに詳しい人材を揃えた格好だ。

 軽EVをめぐっては、日産が今夏に「サクラ」を一部改良して販売する予定で、すでに受注を始めている。外装デザインを刷新し、装備を充実させる。スズキは今年度内に新型車を投入する方針。25年に「N-ONE e:(エヌワンイー)」を投入したホンダは28年、国内新車市場でトップ常連の「N-BOX(エヌボックス)」のEV版を発売する予定だ。

 BYDは昨年の「ジャパンモビリティショー」で今年7月に日本で発売する軽のEV「RACCO(ラッコ)」のプロトタイプを公開した。ラッコは、車高の高い「スーパーハイトワゴン」と呼ばれるカテゴリーに属し、広い車内空間を確保。サクラやエヌワンイーなどにはない後部座席のスライドドアを採用し、狭い場所でも乗降できやすくした。価格や航続距離は未公表としたが、電池の容量を2種類用意し、「日常の足」としての使用を想定した通常モデルと、旅行などの遠出もできる航続距離が長いモデルを販売する方針だ。

 BYDは25年の世界でのEV販売台数が225万台と、米テスラに60万台超の差をつけて首位となった。EV開発のノウハウや規模のメリットを生かし、日本メーカーによる軽市場の独占を崩したい考えだだ。

 日本国内でもBYDの販売台数は前年比62・4%増の3870台に膨らんだが、台数の水準としてはまだまだ。海外ブランドでは12位で、首位のメルセデス・ベンツの5万857台と比べると約13分の1に過ぎない。テスラは日本での販売台数を公開していないが、「その他」に区分される1万693台(前年比88・4%増)の大半を占めるとみられる。

日本独自の軽規格でわが世の春を謳歌

 日本独自の軽自動車規格は、1949年に設けられた。58年に富士重工業(現SUBARU)が販売した「スバル360」がヒットし、軽自動車の普及を後押しした。さらに普及を推し進めたのは79年にスズキが発売した「アルト」だ。2024年に死去した同社中興の祖、鈴木修氏がトップとして開発を主導。石油危機でガソリン価格が上がり、国民の生活が厳しくなっているときに、1台47万円という低価格で燃費性能の高いアルトが発売され、人気となったわけだ。スズキとダイハツ工業が軽自動車メーカーとしてしのぎを削り、ホンダや日産、三菱自動車も力を入れたことで、軽自動車の性能は大きく向上し、販売台数も拡大した。

 現行の規格は長さ3・4メートル以下、幅1・48メートル以下、排気量は660cc以下と決められており、これは排ガス規制の厳格化などに対応して何度か改定され、1998年に現行の規格となった。

 世界でEVの販売不振が続く中、とりわけ新車販売に占めるEVの比率が約2%に過ぎない日本の軽EV市場に各社が注力する背景には、軽とEVの「親和性」が高いからだ。EVの最大の弱点は「電欠」の不安にあるが、軽は主に通勤・通学や主婦の買い物など、日常の足として使われるケースが多い。地方都市でよく使われるが、戸建て住宅が多いため、充電器を設置しやすい。

 注目されるのは、日本メーカーが牙城としてきた軽の分野で、EMTやBYDが販売競争を優位に進められるかだ。日本人に人気のある外国車は何と言ってもドイツ車であり、中国ブランドの人気は高くない。それだけに、商品そのものの魅力で勝負する必要がある。両社は低コストで消費者のニーズをつかんだ車を短い開発期間で投入するという中国メーカーのノウハウを生かし、日本勢からシェアを奪い取る考えとみられる。

 物価高が続き、消費者の懐にそれほど余裕がないのが現状だけに、価格設定が重要になるのは必至だ。日産が今夏に一部改良するサクラは、最も低いグレードのSが244万8600円となり、国の補助金を使うと186万8600円で買える。BYDのラッコは通常モデルで200万円台前半を目指しているとされている。価格は軽のガソリン車をベンチマークに低く抑える方針だ。

 アフターサービスを行う態勢については、EMTは日本人にもなじみのあるオートバックスで対応。BYDは全国で店舗網を急拡大しており、アフターサービスや中古車の流通に関する消費者の不安を払拭できるかも販売競争の鍵となりそうだ。

 自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会によると、25年の車名別新車販売台数のベスト5のうち、1、3、5位に軽がランクイン。1位はホンダのN-BOX(20万1354台)、3位はスズキのスペーシア(16万5589台)、5位はダイハツのタント(12万4619台)。N-BOXに代表されるスーパーハイトワゴンは、軽自動車なのに車内空間が広く、スライドドアを採用するなど使い勝手が良いことで人気となっている。細かい所まで配慮された造りから軽は〝日本的〟なジャンルであるとも言える。

世界の自動車市場に波及する可能性

 BYDが25年4月の声明で「日本の乗用車販売のメインストリームである軽自動車分野への進出を決定しました」としたように、軽は台数でみると日本の新車販売の4割近くを占めており、25年は前年比7・0%増の166万7360台。BYDやEMTがこの軽市場で一定のシェアを奪取すれば、日本の自動車業界における存在感が大きくなるのは必至。軽での競争の状況は、新車市場全体の趨勢を左右しそうだ。

 一方、省エネや効率性の観点からも海外でも軽自動車のような小型車の規格に注目が集まる。欧州連合(EU)は軽の規格を参考に「E car」という新規格を設ける方針だ。昨年12月にはトランプ米大統領が、日本などで普及している小型の自動車を「本当にかわいい」「美しい」と評価した。

 トランプ氏の念頭にあったのが軽なのか登録車の小型車なのかは不明で、具体的な動きは見えていないが、米国内での生産許可について言及したという。EMTは軽EVに関するビジネスの経験やサプライチェーン(部品などの供給網)を他の市場で「水平展開」する思惑もあるとみられる。

 日本の軽市場へのEMT、BYDの挑戦は、国内新車市場の動向を占うものになり、世界的な販売競争にも影響を与える可能性がある。日本の家電は、商品のコモディティ(汎用品)化で利幅が小さくなり、大量生産などでコストを抑える中国勢に敗れ、撤退や事業売却が相次いだ。日本が優位性を保ってきた自動車もEVシフトを契機に厳しい競争を強いられる可能性がある。