中国の電気自動車大手、BYD(比亜迪)の王伝福会長は6月の年次株主総会で「5年以内に規模の面で真に世界一の自動車メーカーになる」と宣言した。EVの世界販売台数6位のBYDが長期的な成長市場と位置付ける日本。7月には日本でなじみが深い、軽自動車のEVを本格投入する。日本市場を統括する東福寺厚樹氏に成長戦略を聞いた。聞き手=羽富宏文 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年9月号より)
東福寺厚樹 BYDオートジャパンのプロフィール
とうふくじ・あつき 1958年生まれ。早稲田大学卒業後、81年に三菱自動車に入社。国内外の販売・事業運営に携わり米国や豪州などに駐在。2011年、フォルクスワーゲン グループ ジャパンに移籍。16年、フォルクスワーゲンジャパンセールス社長。21年にBYD Japanに参画、22年より現職。
モデル数の多さが強み 日本市場になじみの軽を投入
―― 世界首位のEVシェアをどう受け止めていますか。
東福寺 バッテリーメーカーから始まったBYDは2003年から自動車産業に参入し、電気自動車(EV)の研究開発を行ってきました。その基礎技術をもとに08年にプラグインハイブリッド車(PHEV)を世界で初めて発売しました。
長年蓄えてきた技術や人材が20年ごろに大きく羽ばたいて、販売台数もそれまでの50万台から、21年には72万台になって、それが147万台、320万台、460万台と急拡大しました。
この5年で予想以上の成長を遂げることができたのは、何より王伝福会長の経営判断が大きかったと思います。
王会長の号令で新エネルギー車(EVとPHEVの総称)へと大きく舵を切って巨額投資を一気に実行し、工場・サプライチェーン・研究開発を同時並行で進めていきました。
その結果、今では50を超えるモデル展開も強みで、あらゆるユーザー層に対応できるブランドとラインアップを整えています。
共通の技術をベースにしながら、顧客のニーズや嗜好に合わせたものを提供していくことができているところが、中国だけではなく、世界的にも台数が少しずつ伸びてきている1番大きな要因だと考えています。
―― 26年1〜3月期の世界販売台数で世界ランキングの順位が下がった点をどう受け止めますか。
東福寺 第1四半期は確かに前年比マイナスで、1〜3月期の数字だけで見ると11位に落ちていますが、一方で、3月に発表した肝いりのメガワット級の急速充電技術とこれに対応した車種の発売、1年間充電無料という施策を打ち出しまして、4月以降の販売台数は急回復しています。前半の落ち込みは、これによる生産調整と買い控えが影響したようです。
さらに、ホルムズ海峡の緊張により、一部の国ではガソリンの供給が制限され、生活の足としてのEV需要が急速に高まっているとみています。
このままいけば、EVの浸透率が各国ものすごく伸びていく傾向にあります。BYDは中国ブランドの中でも早い時期から海外展開を進めていたこともあり、今年は大きく伸びる余地が出てきていると思います。
―― 日本市場に軽自動車EVの「ラッコ」を投入する狙いは。
東福寺 日本市場に軽のEVを投入するという決断は、単なるラインアップの拡充ではなく、日本の自動車文化を理解した上での戦略的判断に基づいています。
日本では軽自動車が新車販売台数の4割弱を占めています。軽ユーザーの場合、日常の走行距離が短い傾向にあり、常に充電をしなくてもよいという点ではEVとの親和性が非常に高いとされます。また、軽ユーザーは、軽から軽への買い替えが多いのも特徴です。こうした点は世界でも珍しく、軽自動車が日本の人々の生活の足として根付いていることを示しています。
23年のジャパンモビリティショーに来日したBYD本社の幹部が日本国内を視察した際、台数、車形ともにたくさんの軽自動車が走り、家族の送迎や買い物などに利用されているのを目の当たりにして、「ラッコ」を日本市場に投入しようということになりました。
開発にあたっては、日本の多くのユーザーが好んで使っている装備は何か、よく調査・研究した結果「スーパートール」を採用しました。
左右スライドドア、室内高も十分確保した、ファミリー層に人気の車形なら、ニーズに応えられると考えました。
7月28日に発売する「ラッコ」は単に中国でつくった軽EVを日本市場に投入するものではなく、日本の生活環境や実際の使い勝手に優れた「日本専用の軽EV」なのです。
独自のバッテリーも自社製造 急速充電技術も進化
―― BYDの強みでもあるバッテリー技術をどう経営戦略に位置づけていますか。
東福寺 われわれの強みは“車載バッテリーを自社で製造できる”という点にあります。
創業者でもある王伝福会長は、今でも時間があると白衣を着て研究室に入り、バッテリー開発に直接、進言できる専門知識を備えた技術者であり、経営者でもあります。
王総裁は「地球の温度を1℃下げるために排ガスを出さない」と公言し、そのために自社のバッテリーとモビリティを組み合わせていこうとEV事業への本格参入を決断しました。
BYDはもともと携帯電話などのバッテリーを祖業とするメーカーとして成長し、世界中の通信会社やパソコン会社に採用され、品質の高さが認められてきました。
その後、03年に進出した自動車事業でも、バッテリーの開発とともに成長し、現在のコア技術である「ブレードバッテリー」の開発に成功、自動車事業を大きく飛躍させる原動力になりました。
このブレードバッテリーは、主成分にリン酸鉄リチウムを採用することで、発火しない高い安全性、5千回の充放電に耐えうる耐久性、安定性、そして低コストを同時に実現しています。
さらに、ブレードバッテリーを隙間なく敷き詰め、バッテリーパックを車体の一部として組み込むことで、車体のねじれ剛性を高めるCTB(Cell to Body)技術も大きな特長です。BYDのブレードバッテリーは“BYDの世界進出を決定づけた技術”と言っても過言ではありません。
―― 急速充電の技術はどこまで進化していますか。
東福寺 現在は、1・5メガワット級のフラッシュ充電技術を実用化しています。これは20%から97%まで約7分という充電スピードが特長です。EVの弱点と言われていた充電時間を、これまでのガソリン給油と同じ時間での充電を可能にしています。加えて、充電インフラの整備にも積極的に取り組んでいます。
―― 価格競争力の強さの源泉はどこにありますか。
東福寺 BYDは、単に安い部品を使って車づくりをしているのではありません。むしろ自社で高品質な部品を作る「垂直統合」型のメーカーであるからこそ、多彩なモデルを提供できているのです。
競合ひしめく中国でも優位に立っている理由は、BYDでは「タイヤとガラス以外は自社で作れる(垂直統合)」と言われるほど部品の内製化が進んでいることです。これに加えて安全、高性能、低コストなリン酸鉄リチウムバッテリーを基軸とした最新の自動車づくりを垂直統合で徹底して実践する。これにより、研究開発、素材・部品の調達、製造、為替などのあらゆるコストを削減でき、リスクも低減できるようになりました。
販売網を多様に拡大 地道なブランド構築が肝
―― 日本での販売網拡大はどのように進めていますか。
東福寺 当初は25年末までに100店舗を目標としていましたが、現時点で70店舗です。8月末には78店舗に達する見込みです。
100店舗達成に向けては、これまでの大都市圏や各県の県庁所在地とは異なり、中規模商圏をカバーできる都市への出店を進めていきたいと考えています。小規模なショールームとワークショップを併設したサテライトショップを、まずは滋賀、福岡、北海道から展開する予定です。販売店を増やすのは簡単ではありませんが、長期的に日本でビジネスを続けていくためにも、引き続きお客さまに寄り添うことができる販売網を拡大していきます。
―― 日本市場での今後の戦略の肝は何でしょうか。
東福寺 販売網の拡大と同じく重要な課題としているのは「商品ラインアップの拡充」です。
日本市場では補助金の違いにより、バッテリーEVという単一商品だけでは市場を広げていくことが難しい現実があります。
そのため、プラグインハイブリッド(PHEV)とバッテリーEVの両輪でラインアップを強化することが不可欠だと考えています。
また、価格だけで勝負するのではなく、技術力や安全性、使い勝手にデザインといった総合力で選ばれ、買って良かったと思われるブランドを目指しています。
そのためにも、日本のユーザーの声を反映した商品づくり、そしてBYDの大きなメリットであるOTA(無線によるソフトウエアのアップデートで車両の改善が可能)で購入後の車をさらに使いやすく、便利にできるよう努力していきます。
―― 30年時点の日本市場での販売台数目標は。
東福寺 去年は受注ベースで4千台くらいでしたが、まずは7月に導入する軽EV「ラッコ」で年販1万台は超えたいと考えています。
テスラが去年1万台を超えている中、BYDも今年は上半期で3千台に届く勢いなので、決して実現不可能な数字ではないと思います。
店舗網があり、さまざまな商品が整っているからこそ、ブランド力はより強くなっていくと思います。
30年には、軽EV、PHEVの多彩なモデルラインアップで、日本市場での存在感をさらに高めたいと考えています。