中国のBYDが軽規格のEV「RACCO」を発売した。これまで軽は日本独自規格のため、海外メーカーは入ってこなかった。そこに乗り込んできたBYD。航続距離や電池の安全性などの評価も高い。そこに立ちはだかる大きな壁は日本人の中国アレルギーだ。文=ジャーナリスト/伊藤賢二(雑誌『経済界』2026年12月号より)
進出3年で1万台は早いのか遅いのか
10月4日、中国の電気自動車専業メーカー、BYDオート(以下BYD)の日本法人は、日本進出後累計1万台目の新車登録を行ったと公表した。
1万台目となったのはクロスオーバーSUV「シーライオン6」。外部電源からの充電が可能で100キロメートル程度はEVとして走行可能、その後はガソリンハイブリッドとして機能するPHEV(プラグインハイブリッド)である。納車が行われたBYD AUTO湘南にはBYD本社の副総裁でBYDジャパンの社長も務める劉学亮氏が駆けつけ、顧客に直接謝意を伝えたという。
BYDが日本で乗用車(EV)の販売を開始したのは2023年1月のこと。それから3年10カ月で1万台というのは、進出当初に示していた「25年までに年間2万~3万台」という短期的な目標からはほど遠い数値だ。
日本事業の責任者である劉氏にとって、この大幅な目算の狂いは大いなる重圧であることは間違いないであろう。が、劉氏はそれを意に介する様子を見せない。今年7月に行われた軽電気自動車「ラッコ」の発表会でスピーチのために登壇した時、まず発したのはまもなく日本での納車数が1万台に達することについてだった。
「23年に電気自動車を販売開始して以来、1万人のお客さまにご愛用いただいています。1万台というのは1万の糧であり、1万のお客さまであり、そして何よりBYDに対する1万台分の信頼と責任であります」
スクリーンに掲げられた文字は「感謝を、日本へ」。1万台を少ないとみるのではなく、それだけBYDに寄せられた信頼とみるという日本を統括するトップのこの前向きぶりは、苦しいはずの日本事業でいまだ攻め一辺倒の姿勢を崩していないBYDの日本市場戦略と重なるものがある。
BYDはなぜここまで苦戦しているのか。大前提として、元々日本は輸入車にとって極めて厳しいマーケットということはあるが、BYDの場合、それだけではなく特有の事情がある。それは日本の消費者に染み付いた中国アレルギーである。
日本はアジアの中で最も早く近代化がなされた国で、富国強兵、殖産興業が叫ばれた明治時代と戦後の高度経済成長の2回、世界史に残る発展を遂げている。自動車はその主役で、生産台数こそ中国に抜かれたものの、依然として自動車大国だ。
そういう環境の中で自然と醸成されたのが、他のアジア製品を下に見る風潮だ。これは中国製品だけでなく韓国製品についても同様で、乗用車分野では世界3位のヒョンデがいまだに〝安かろう悪かろう〟のようにみられている。
中国製品は韓国製品と比べてもイメージが低いうえ、近年の中国政府の覇権主義的行動や貿易戦争への反発から、一層強い拒否感を持たれている。下に見ていた中国のメーカーであるBYDが力を蓄えて日本に進出してきたことは、その反発をむしろ強めるという現象も生んでいる。BYDもそこはある程度の覚悟を持って進出したものの、実際の逆風は想定以上だったと言える。
輸入外国車代理店大手のヤナセもディーラーに
BYDの商品作りや経営姿勢が信頼するに足りないというわけではない。グローバルで12万人ものエンジニアを要するBYDは、こと電動技術に関する研究開発力にかけては世界トップレベル。25年の研究開発費は日本円で1兆5千億円に達した。
経営は極度の技術オリエンテッド型で、とにかく技術で競合に勝つという意識が強い。一方でEVで不安視されることの多いバッテリーに極めて長い品質保証を付けるなど、顧客のリスクを減らすことにも熱心だ。それでも信用というものは一朝一夕に得られるものではないし、固定観念も簡単に消すことはできない。
乗用車の輸入販売を受け持つBYDオートジャパンの東福寺厚樹社長はその問題について、「解消に時間はかかる。その間、顧客に嘘をつかず、誠実な姿勢を貫くことが成功への唯一の道」と語る。
果たして今、BYDはこの困難な状況を打開するためにどのようなことをやっているのだろうか。
まずは間断なき新商品の投入。BYDは日本進出の際、1年に少なくとも1モデル、新商品の投入を行うと宣言した。
実績をみると、進出を果たした23年に小型クロスオーバーの「ATTO3」とコンパクトカー「ドルフィン」、24年にスポーツセダン「シール」、25年にラージサイズSUV「シーライオン7」とPHEV「シーライオン6」、そして26年10月までに軽自動車「ラッコ」。平均年間販売がせいぜい3千台という実績に比すれば怒涛の新車攻勢である。
だが、新商品を出すだけでは定評は得られない。肝心なのは販売網である。BYDは当初、25年までに全国100店舗、全都道府県を網羅という目標を掲げていたが、今年9月末時点のディーラー数は正規開業したのが59店舗、営業開始しているものの開設準備段階にあるのが18店舗の計77店舗にとどまる。ディーラーが1店舗もない県も8県残っている。
ディーラーのフランチャイズネットワークの拡充が当初の構想通りに進んでいないのには理由がある。BYD側が販売を引き受けてくれるのであればどんな事業者でもいいという方針を取らず、それぞれの地方での販売実績や顧客の信頼を重視する交渉姿勢を堅持しているためだ。
25年11月にヤナセとディーラーシップを締結したのはそれを象徴する出来事だった。1915年創業のヤナセは言わずと知れた輸入車販売の名門で、かつてはメルセデスベンツやキャデラックなどの高級輸入車販売の最大手だった。90年代にそれらのブランドが次々に日本法人を設立し、自前で販売網を展開するというムーブメントが起こると権勢を失っていったが、長年にわたって築いてきた富裕層の顧客名簿はいまだ健在。また接客、アフターサービスのレベルも業界屈指の高さという評価を得ている。
BYDにとってそのヤナセと手を組むメリットは非常に大きい。ヤナセの名声を活用できるだけでなく、営業やサービスの質的向上を他の販売会社に水平展開し、全体の水準を上げるのにうってつけの相手だからだ。
実はこの話、ヤナセ側にとっても旨味があった。今後、高級車分野でシェアが確実に上がるとみられるBEVメーカーと協業することで、技術情報を得たり、ユーザーとの新たな関係構築のノウハウなどを得ることができるからだ。今年7月には子会社、ヤナセEVスクエアのBYD専売店舗が横浜にオープンした。
高級車販売のもう一つの勢力は香港資本の和諧汽車だ。元々は中国でロールスロイス、ベントレー、フェラーリなどの販売を手掛ける会社で、2023年にBYD車の世界販売を行う子会社iCarグループを設立。その一環で日本にも進出した。日本における現在の店舗数は7店舗で、BYD販売網の最大勢力となっている。
その他、プジョー・シトロエン、フィアット、フォルクスワーゲン、BMWミニ、ランドローバー、ボルボなどの輸入車販売会社、日産自動車、ホンダ、マツダなどの国産車販売会社、大手中古車販売会社など経営母体はまちまちだが、リストを見る限りすべて一定水準以上の歴史と実績のある会社である。
ディーラー側も単に新ブランドが日本にやってきたというだけで多額の投資が必要なショールームの整備を行うとは考えにくい。BYDからかなり良い条件が出されているのではないかというのが業界内でのもっぱらの見方だ。
信頼を得るには10年 持ちこたえられるのか
一方で販売やサービスのレベルを高く保つためには相手の選別も必要だ。100店舗は早期に達成したいが、数合わせを優先させて評判を落とすようなことはできないという、BYDにとっては難しい判断を迫られる事案の連続であろう。その結果が現在の77販売拠点とみることができる。
販売網の構築だけでなく、BEVの不安払拭にも必死だ。ユーザーにとって最大の懸念材料はバッテリーの安全性と耐久性である。バッテリーが発火すれば深刻な火災につながりかねないし、バッテリーが劣化して走行に支障が出れば100万円単位の出費につながる場合もある。
BYDはバッテリーにリン酸鉄リチウムイオン電池というタイプを使用している。エネルギー密度が低く、重量1キロあたりに蓄えられる電気が少なく、車両が重くなるという弱点がある半面、耐久性が高く発火にも強いというのが化学的な特徴だ。
BYD車の場合、特に現在のブレードバッテリーという細長い形状のものを使用するようになってからは、メインバッテリーの発火による火災は事故を含めて世界で確認されていないという。
耐久性については充電率100%から0%の繰り返しで3千~5千回の充放電に耐えることを売りにしている。これは1回の充電で400キロメートル走れるクルマの場合、120万キロメートルから200万キロメートルに相当する数値で、車体寿命よりバッテリー寿命の方が長い。
が、そう言われてもユーザーが不安を抱くのを止めることはできない。そこでBYDは業界標準である8年16万キロメートル(10万マイル)の標準保証に加え、10年30万キロメートルという延長保証を低額で付けるサービスをスタートさせた。
これらの取り組みをもってしても、BYDが本当に日本のユーザーからの信頼を得るには10年はかかるだろう。それまで現在のようなアグレッシブな取り組みを継続できるかどうかが成否のカギを握ることになりそうだが、これが成ればBYD以外の中国ブランドも雪崩を打って日本で存在感を示すようになる可能性もある。劇的変化の先駆けとなれるかどうか、今後の成り行きが注目される。