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憲法改正への真剣な議論を―榊原英資

榊原英資の「天下の正論」「巷の暴論」

日本国憲法の草案はわずか9日で用意

 衆知のように現在の日本国憲法は1947年5月3日から実施されたもので、実施以来全く改正されていない。

 当時は敗戦後の占領下。日本政府も松本烝治国務大臣を中心に甲案、乙案と2つの憲法草案を用意するが、GHQは保守的過ぎるとこれを拒否、民政局長のホイットニー准将に憲法作成の指示を下したのだ。

 民政局はケーディス大佐、ハッシー中佐、ラウエル中佐のハーバード3人組(3人ともハーバード大学出身)を中心にわずか9日間で草案を用意し、それがほとんどそのまま現行憲法になっていったのだ。ハーバード3人組は左翼ではなかったが極めてリベラル。理想主義的憲法を新たな民主国家日本に定着させようと努力したのだった。

 ハーバード3人組を含めてGHQは占領が終わって日本が独立すれば憲法は改正されるものと思っていたようだ。

 しかし、この理想主義的憲法は日本の世論に受け入れられ、現在に至るまで改正されていない。GHQの原案は若干の修正はあったもののほとんどそのまま法律化されている。最も大きな修正はいわゆる芦田修正。第9条の戦争放棄の条文の第1項に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し……」の一文を挿入し、第2項に「前項の目的を達成するため……」という文章を加えたのだった。

日本も外国並みに通常の軍隊を持つべき

日本も外国並みに通常の軍隊を持つべき(写真:AFP=時事)

 この修正により、「自衛のための軍隊」、自衛隊を持つことが可能になったのだった。当時の民政局長ホイットニー准将も芦田の意図を理解し、これを承認したのだった。後に民政局のケーディス大佐は「……個人に人権があるように、国家にも自分を守る権利は本質的にあると思い」これをOKしたと述べている。

憲法改正を主張した岸田元総理と筆者の父

 実は筆者の父・榊原麗一は当時、芦田均の政務秘書官で、しかもGHQの担当だった。

 父のカウンターパートはハッシー中佐。中佐はしばしば筆者の自宅の鎌倉に訪ねてきていた。訪問のたびに、その頃貴重品だったハーシー・チョコレートをおみやげに持ってきてくれたのは以前にも当欄で書いた。鎌倉が東京から遠くない保養地・海水浴場だったこともあって、ハッシー中佐はしばしば訪れてきたし、ケーディス大佐もラウエル中佐も時々訪問してきたものだった。

 どのような憲法論議が父とハッシー中佐の間でなされたか筆者は知らないが、こんな背景もあって、父は憲法普及会の総務部長になって、新憲法の旗振り役をしばらくしていたのだった。

 しかし、そう長くの日時を経ないで、父は芦田元総理と歩調を合わせて、憲法改正を主張するようになっていった。特に第9条の戦争放棄条項の改正が必要だと考えたのだろう。ちなみに芦田均の次男・富は海上自衛隊に入隊している。

70年以上もの間、憲法改正しなかった先進国はほとんどない

 たしかに現行憲法は理想主義的性格を持ち、それが世論に受け入れられているところもある。しかし、憲法制定から既に70年以上が経過し、国際情勢も大きく変化しているし、また、日本経済も世界のナンバー3のGDPを持つに至っている。

 他の先進国を見ても、70年以上もの間、憲法を改正しなかった国はほとんどない。当然、日本国憲法も状況の変化に対応して修正されるのが筋というものだろう。どうも日本の憲法論議はイデオロギー的になりがちだ。現行憲法は数々の維持すべき利点を持っているが、時代遅れになっているところも少なくない。憲法改正そのものが、「反動的」だとか「軍国主義への回帰」だとかいう議論も極論だし、「押しつけ憲法」だから全面的に改正すべきだという議論も問題だろう。

 少なくとも、そろそろ憲法のどこを維持しどこを改正すべきかの議論を始めるべきなのではないだろうか。第9条だけではなく改正すべき点は少なくない。自衛隊も、今や日本軍と呼んでいいのではないか。また、自衛隊法のさまざまな制約も取るべき時期だろう。戦後70年超。日本も外国並みに通常の軍隊を持つ普通の国になるべきなのではないだろうか。

 
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