視覚障害者のホーム転落事故は後を絶たず
リオデジャネイロ五輪のさなかに悲痛なニュースが飛び込んできた。
東京メトロ銀座線の駅で、盲導犬を連れた男性がホームから転落し、電車にひかれて死亡してしまったのだ。
これを受け、日本盲人会連合の竹下義樹会長は、次のような声明を出した。
〈我が国においては、多くの視覚障害者の犠牲の上に、駅ホームの安全対策が進められ、近年は関係行政機関や鉄道事業関係者の努力により目覚ましい成果をあげつつあるが、視覚障害者がホームから転落する事故は後を絶たず、取り組みは今なお道半ばである。
また、本連合の知る限り、盲導犬使用者が駅ホームから転落する事故が大きく報じられたのはこの度が初めてと思われ、改めて駅ホームの安全な歩行について検証が求められていると受け止める〉
そこで調べてみた。盲人会連合が2011年2月に実施した転落事故に関するアンケートの調査結果によれば、回答を得た252人のうち実に約37%にあたる92人がホームからの転落を経験しているのだ。
4年後、東京にはオリンピックとともにパラリンピックもやってくる。当然、視覚障害者も多数、来日する。今のような状況で果たして大丈夫なのか。
視覚障害者が訴えるプラットフォームの危険性
いわゆる「点字ブロック」(正式名称は視覚障害者誘導用ブロック)には「誘導ブロック」と「警告ブロック」の2種類がある。
前者は進行方向を示すブロックで、1つのブロックに4本の突起状の線が入っている。視覚障害者は足裏や白杖でこれを確認しながら歩く。線の先が進行方向だ。
一方、後者は主に危険箇所を示すブロックで、階段や横断歩道の前、あるいは駅のホームの端などに設置されている。視覚障害者にとって、とりわけ危険なのがプラットホームだという。
「あなた方は鳩ですか? と聞きたくなる時があります」
視覚障害者でパラリンピック陸上日本代表選手の高田千明は言った。
いったい、どういう意味なのか。
「点字ブロックの上に荷物を置いて、あれこれしゃべっている人が多いんです。それが、まるで電線に鳩が止まっているように思えるぐらい、皆一列に並んでいるんです。
そういうとき、私は“自分はここを通るのでどいてください”と言わんばかりに、杖で大きく音を立てながら歩きます。あるいは風船ガムを食べながら歩くとか。時折、パンッと鳴らすと、皆、こちらを注目してくれるんです。破裂音は耳にすごく残るんですね」
高田は黄斑変性症が悪化するまでは視力が残っていた。それゆえ点字ブロックの上にいる人たちが「電線に止まっている鳩」のように思えたのだろう。
歩きスマホで視覚障碍者に対する危険度はさらに増加へ
ホームでの危険度は、近年さらに増している。原因は“歩きスマホ”だ。
ある盲目のアスリートから、こんな話を聞いたことがある。
「いくら、こちらが白杖をつきながら歩いていても気が付いてくれないんです。スマホの画面ばかり見て歩いているんでしょうね。ぶつかると方向を見失ってしまうんです。こういうことを、ぜひ理解してもらいたい」
そして、こう続けた。
「ゲームの“ポケモンGO”が流行してからは、特に周囲を気にするようになりました。ゲームをやっている人は悪気がないんでしょうが、私たちにとっては一大事です」
日本盲人会連合は、先の転落事故を受け、抜本的な対策を強く求めている。
その中には〈駅ホームでの歩きスマホを禁止すること〉との項目もある。
具体的に、どういう行為を“歩きスマホ”と見なすか。難しい問題ではあるが、視覚障害者の側に立ったルールづくりが求められる。
では、どうすれば転落事故は防げるのか。先のアンケートでは約90%の228人が「ホーム柵の設置」をあげていた。いわゆるホームドアである。
国土交通省によると、ホームドアを設置している駅は全国で665(16年3月時点)。これは全駅のわずか7%にすぎない。
これについて日本盲人会連合は〈計画対象駅ホームへの転落防止柵の設置を急ぎ、更なる計画拡大を求めること〉と訴えている。
この国の高齢化率(65歳以上の人口)は、五輪とパラリンピックがやってくる2020年、約30%に達する。障害者に対する環境整備は、きたるべき超高齢化社会への備えともなる。
私たちだって齢を重ねれば自ずと視力は落ちる。白内障や緑内障、あるいは加齢黄斑変性症にかからないという保証は、どこにもない。必要な投資なら、都民、国民は反対しないはずである。
(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。
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