経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

経営者に知ってほしい「社員がすぐに辞める会社と辞めない会社の違い」 野崎大輔

社労士・野崎大輔氏

 「社員の退職が止まらない……。けれども、うちの会社は売り上げが伸びないから昇給も賞与もないし仕方ないか」とA社長は嘆き、「うちの会社は右肩上がりだ。高給で賞与も出るし福利厚生も手厚い。それなのになぜ社員は辞めてしまうのか」とB社長はいぶかる。この2社の経営状態は両極にあるのに、なぜどちらの会社も社員の退職に歯止めがかからないのか。社員定着のカギは「愛着」にある。愛の社労士・野崎大輔氏がポイントを語ります。(聞き手・文=大澤義幸)

社員がすぐに辞める本当の理由

社員は「突然」辞めるわけではない

―― 野崎さん、春は出会いの季節。プライベートはもちろん、会社にとっても新卒が入社してきて新しい活気が生まれますね。それにしても、「愛の社労士」、甘美な響きです。

野崎 大澤さん、前回「肉食系社労士」がウケたから調子に乗ってるでしょ。肩書の話は別にして、新卒でも中途でも新しい社員が入社してくると、会社の雰囲気が変わりますね。

―― そうですね。しかし会社にとって重要なのは、手間をかけて採用した社員が定着してくれるかどうかですね。業界・業種にもよりますが、新人の場合は職場で先輩や同僚とのコミュニケーションがうまく取れなかったり、長時間労働、低賃金、仕事がきついなどの理由で辞めてしまうケースを見かけます。

野崎 この時期、起こりがちなのが、「若手社員が突然会社に出てこなくなった」「新人が仕事放棄をしているがどうしたらいいか」といったものです。でも、実際にはそんな状況になることは稀です。この原因を探ると、こうした状況は1人の問題のある上司に起因していることが多い。

例えば、上司の指示の出し方やプレッシャーのかけ方に問題があったり。人は我慢の許容レベルを超えると感情的になって反発したり、やる気をなくして悪いほうに変貌していきます。真面目な社員が次第にモンスター社員になり、退職したりするのはそのためです。

―― 「突然」に見える部下の変化は、実際は「次第に」なんですね。

野崎 そう。現場や部下をきちんと見ていない上司にはその変化がわからない。だったら初めから部下を付けないほうがいい。厄介なのは、営業成績が良く、経営や人材育成に積極的に関わりたいという意識の高い上司の場合。部下との間に摩擦が起きても、経営者も注意を躊躇います。つまり抜本的な解決を図れない。

―― 退職の理由が社員本人の問題ではなく、問題のある上司にあるなら、その職場でいくら優れた人材育成方針や制度を導入しても無意味ですね。皮肉なのは、「問題社員だと思っている部下はまともで、実際は上司が問題社員になっていること」ですね。

野崎 そのとおりです。先に人の問題を解決しなければどんな制度を導入しても無駄になる。

例えば、「会社の近くに住んだら住宅手当何万円」「何とか手当何万円」といった福利厚生もそう。お金で全て解決できるというのは経営者の驕りでしかない。辞めさせたくないからと、給与を一時的に上げてもバラマキになるだけで、社員の退職は止められません。

―― 手当やバラマキ、なんてうらやましい……なんて思ってませんよ(笑)。

会社に「愛着」がなければ社員は辞める

―― 最近は好業績の企業で、決算賞与として全社員に100万円程度をポンと支給したりします。それでやる気を出してくれるなら良い投資ですが、賞与を出した直後に辞めてしまう社員もいます。この差は何なのでしょう?

野崎 辞めるのは会社に「愛着」がないからです。会社をお金稼ぎの場としか考えていないから。ある中小企業で他社から頻繁に声がかかり、独立できる能力もある働き盛りの部長がいました。給与も平均程度ですが、ある時今後の仕事やキャリアについて尋ねたところ、「独立も考えましたが、この会社が好きだからこの会社でキャリアを積みたい」と即答しました。

―― 中小企業の経営者が聞いたら泣いて感動する話ですね。

野崎 別の技術系の会社は人材の代えの利かない専門家集団で、ワンマン社長の意向で社内恋愛が禁止されていました。ところが社内で女性社員の妊娠が発覚したんです。社長は相手の男性社員を呼び出し、「おまえは結婚を取るか会社を辞めるかどちらかにしろ!」と烈火のごとく怒りました。

すると、その社員は泣きながら「どちらも嫌です。この会社が好きだからここで働きたいんです!」と答え、その社長は2人の結婚を認めたそうです。

後日社長に話を聞くと、「うちは給与が良いわけでもないのに、あいつはうちの会社を好きだと言ってくれた。だから在籍を認めたんだ」と話してくれました。会社に愛着がなく、高給取りでも辞める社員とは大違いですよね。

離職を防ぐために何をすればよいのか

―― 後者はパワハラぎりぎりのラインですが(笑)、ハートフルなエピソードですね。社員にそこまで言わせる魅力が会社にあるのは素晴らしい。

ただ、私も新卒で入社した最初の会社を退職した時がそうでしたが、低賃金の会社はいくら仕事が面白くても、辞めるかどうかの際に最後の踏ん張りが利きません。

野崎 それは仕方ないことです。私も劣悪な環境で耐えられないのであれば辞めたほうが良いと思います。そういう環境でも自分の腕が磨けるであればきつくても頑張れるかもしれませんが、でなければ難しいですよね。

ただ、待遇が悪くて社員が辞めてしまう会社はまだわかりますが、待遇が良いのに社員が辞めてしまう会社の問題は根深い。そんな経営者に限って、「社員には高い給与を払っているのに、なぜ辞めてしまうのかわからない」と言います。

―― そういう経営者には私もよく会います。一方、まともな評価体系や報酬がないのに、「最近の若者のモチベーションは給与ではない」と問題をすり替える経営者もいますね。塾業界や飲食業界では以前、「やりがい搾取」(「世のため、人のため、お客さま満足のために、自らの生活や心を犠牲にしてでも仕事をやれ」という状況で仕事をさせること)が横行しており社会問題になりました。

しかし、それでは会社に愛着を持って長く働いてもらう前に社員は疲弊して辞めてしまう。会社に愛着を持ってもらうには、経営者はどうしたらいいのでしょうか?

野崎 逆説的ですが、まず会社に合わない問題社員に辞めてもらうこと。周りに悪影響を及ぼす空気がありますから。その後は経営者が「社員が働きやすい職場をつくる」という意識をお題目ではなく、社員に伝わるまで態度で示し続けること。

経営者が社員の思いを真摯に聞いたり、問題を吸い上げて改善策を導入することで、社員は「社長は職場環境の改善に本気なんだ」とわかり、「会社のために協力しよう。もっと提案していこう」という気持ちが芽生えるものです。

経営者は社員が辞めない組織をどう作ればよいのか

人材育成における管理者側の盲点

―― これは私が見かける実例ですが、若手社員が辞めてしまうのは、社内の雰囲気が厳しかったり、プレッシャーに負けてしまうこともあると思います。

適応障害もこの一種ですよね。新卒も中途社員も新しい職場では「自分はここにいていいのか」と疑心暗鬼になりがちですし。だから入社直後ほど周りの手厚いサポートが必要にもなる。

また自分が直接叱られていなくても、同僚や直属の上司がさらに上の立場の管理職からプレッシャーをかけられているのを見たり、直属の上司が経営者や役員に叱責されているのを目の当たりにして、そういう雰囲気が嫌で辞めてしまう人も多い。これは叱る立場の人が気づかない盲点だったりしますよね。

野崎 それはありますね。あとは元トップセールスマンなど、仕事が出来過ぎる経営者の下で働く社員は会社を辞めがちです。これは経営者が社員の頑張りを認めないから。

過去に起きた同じようなケースでの経営者の共通点として、社員が着実に良くなってきているのに、「あいつは使えないままで、全然良くならないですね」と言う。これは経営者の評価基準があまりにも高く、そこに到達するまで一切認める気持ちがないから出る言葉です。これでは成果を実感している社員自身がやる気をなくします。

その経営者はプレイヤーとしては一流かもしれませんが、経営者としては二流。社員に「使えない」と言うのは、自分を際立たせたいから。そればかりか、「使えない」と言われた人が本当に使えなくなってしまうことに気づかない。結局、他人に優しくないんですよ。

―― 似たような例で、際限なく負荷を与え続けることが人材育成になると信じ込んでいる経営者もいますね。社員が小さな目標を達成すると褒めますが、息つく島もなく次は倍以上の高い目標を与える。有能な社員はそれをクリアできても、それが続けばどこかで躓きますし、燃え尽き症候群になるかもしれない。

それを見て経営者が手のひらを返したかのように「できないならクビ」と。これが当該社員以外の社員にもプレッシャーになり、「あの先輩はあんなに頑張っていたのに」という居たたまれない気持ちになる。尊敬する先輩が辞めたから自分も、と考えるのはこのパターンが多い気がします。

野崎 それも盲点ですね。仕事のできる経営者は、社員がプレッシャーに打ち勝って頑張った分のお金を払う用意もあり、実際きちんと払うのでしょう。

でも、その経営者が欲していたそのままの形を今の若い人たちが欲するとは限らない。最近よく言われますが、昔とは価値観も行動も違うので高級時計や高級車も若い人のモチベーションにはなりません。それよりも、自分の時間がちゃんとあって、仕事後にその時間を使う余力があるというのが望ましいんです。

社員が辞めない会社には「愛」がある

―― 業績の良い会社も悪い会社も、社員が呆れて辞めるケースに、経営者や経営層だけが私腹を肥やしているケースも見受けられます。社員の立場からすれば、「自分たちが頑張って稼いだお金で何を」という思いが生まれますし。ただ売り上げの大半を稼ぐような経営者やトップセールスは頑張った成果としてその権利があって当然です。

これを社員に置き換えても、全社員一律の評価では仕事をしない「サボり得」な人が出てきますし、差を付けるべきかと。「サボり得」な人がいる職場は、頑張っている社員がやる気をなくします。

野崎 そうですね。経営者自身がお金を稼いでいて、リッチな自分の姿を意図的に見せて、社員に夢を見させるというのはアリです。

しかし、中小企業で稼ぎもせず偉そうにお題目だけ並べる経営者は問題外。自分が遊ぶために、「社員が働かない」「無能だ」と話す経営者は、鏡を見て無能なのは自分だと気づくべきです。

―― 経営者に限らず、「あいつは全然動かない」という上司もそうですね。人に命令するか助けを求めるばかりで、自分ではまったく動かない。

野崎 怠慢なんですよ。自分が最高だと考える経営者や上司は痛い目に遭わないと。有能な社員が辞めたときに初めて、「自分が悪かったのか」と気づくのかもしれません。逆に「自分は悪くない。正しいことをやっている」と思う経営者ほど社員は付いていきません。

―― そうですね。あとは、社員の退職に無頓着な経営者もいますね。辞めても代わりの人はいくらでも採用できると考えるのは危険で、そういう会社は採用も難しいものですし。

野崎 そういう職場は末期ですね。社員が定着しなければ、仕事の質も会社の総合力も上がりません。まず経営者は職場づくりや人材育成のために本気で行動する。その愛情や思いの強さが社員に伝われば、誰も辞めない強固な会社ができますよ。

―― 愛のあるアドバイスです。まさに「愛の社労士」ですね。

野崎 愛、愛、言い過ぎですよ。そんなに愛に飢えてるんですか(笑)?

社労士・野崎大輔氏

(のざき・だいすけ)。日本労働教育総合研究所所長、グラウンドワーク・パートナーズ株式会社代表取締役、社会保険労務士。上場企業の人事部でメンタルヘルス対策、問題社員対応など数多の労働問題の解決に従事し、社労士事務所を開業。著書『「ハラ・ハラ社員」が会社を潰す』(講談社+α新書)など

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