【連載】刑法学者・園田 寿の企業と犯罪
企業の犯罪の事例の論点を法的な視点から掘り下げる本連載、今回は「コインハイブ事件」を取り上げます。先日、最高裁がこの事件について逆転無罪の判決を言い渡しました。最高裁(第一小)令和4年1月20日判決。本稿では、この無罪判決の持つ意味と、今後の企業活動などへの影響を考えていきます。(文=園田 寿)
園田寿氏のプロフィール
コインハイブ事件とはどのような事件だったのか
仮想通貨(仮想資産)はデジタルの情報ですが、改ざんしづらい仕組みの中で初めて「お金」としての信用が付与されています。簡単にご説明します。
まず、誰かが仮想通貨の取引記録を一方向で元に戻せない文字列に変換する作業(計算)を行います。それをネットワークで確認し、その情報を全員で分散共有することで改ざんが防止されます。その作業に成功すれば仮想通貨が報酬として与えられることから、鉱山の採掘に例えてマイニングと呼ばれ、ネットの新たな収益手段として注目されています。
ただ、マイニングにはPCの強力なパワーが必要なことと、今では競争が激化し、個人の非力なPCではとても太刀打ちできない状況があるので、不特定多数の他人のPCを使ってはどうだろというアイデアが生まれました。その一つが「コインハイブ」というプログラムでした。
音楽サイトを立ち上げた被告人は、その維持のためにサイトにコインハイブを埋め込み、サイトを訪れた人のPCで自動的に計算が行われるようにしました。同意を得ていれば何も問題はなかったのですが、無断でマイニングを行っていたため、「金銭的動機で他人のPCを無断で使うのは違法ではないか」と問題になったのでした。
そして、コインハイブが〈他人の意図に反して動作する、不正なプログラム〉(刑法168条の2の「不正指令電磁的記録」)だとされ、被告人はそれを自己のサイトに保管したとして起訴されたのでした(刑法168条の3)。
一審の横浜地裁(平成31年3月27日判決)は無罪、二審の東京高裁(令和2年2月7日判決)は有罪、そして、最高裁は逆転無罪の判決を下しました。この無罪判決は、今後の企業活動にとっても大きな影響があることでしょう。
無罪とした最高裁の「反意図性」と「不正性」の考え方
一般にコンピュータ・ウイルスとは、自己増殖して宿主のPCに損害を与えるプログラムですが、刑法はより広く、一定の動作だけをさせるようなものも、①反意図性と②不正性(反社会性)が認められるプログラムを「不正指令電磁的記録」としています。コインハイブについて、最高裁は次のように判断しました。
まず反意図性について次のように述べています。「反意図性は、当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」(太字筆者)
次に不正性については次のように述べています。
「不正性は、電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」(太字筆者)
そして、結論として、①マイニングについての同意がなく、その表示もないし、②マイニングじたいが一般に認知されていなかったので反意図性は肯定できるが、マイニング自体は仮想通貨の信頼性を確保するための仕組みであるし、社会的に許容されている広告表示プログラムと比較しても閲覧者のPCに与える影響は有意な差ではないので、他人のPCの同意のないマイニングのための利用方法は社会的に許容できる範囲内にあり、不正性は認められないから、不正指令電磁的記録とは認められないとしました。
結論としては、一審の横浜地裁の考え方に近く、反意図性を規範的に判断し不正性を肯定した東京高裁とは逆の結論になりました。
最高裁の無罪判決の影響と2つの問題点
この最高裁の無罪判決の今後の企業活動への影響は決して小さくはないでしょう。いくつか問題点を指摘しておきたいと思います。
1. 道徳的に「良い包丁」と「悪い包丁」があるのではなく、その使い方が問題となるように、そもそも科学技術は価値的に中立で、それをどう使うかが問題です。新しい技術の場合はいきなり警察が介入するよりも、その社会的なメリットとデメリットを冷静に見極める態度が重要になります。コインハイブ事件では、その点が妥当であったのかどうかが問われるべきでしょう。
2. 私も無罪という結論自体に反対するものではありません。本件は、例えば他人のトラックの荷台に無断で乗り込みヒッチハイクをするような場合と似ています。これは、エネルギーの窃用として議論される事例ですが、窃盗罪の客体は「物」なので可罰性は否定されます。しかし、これらが広い意味で違法であることには変わりありません。本件は、被告人に故意がなかったという観点から無罪にする論理もあり得たのではないかと思います。
というのも、マイニングの不正性について、横浜地裁は社会状況から評価する可能性を留保していますが、最高裁はこの点明確ではないからです。
判例からは、企業や団体などが大々的にマイニングを行うことも合法だとされるのでしょうか。さらに、暴力団やテロリストがマイニングを資金源にした場合、合法なのかは微妙です。不正性の要件に、目的の反倫理性が影響するものなのかは、最高裁の判決文からは明確ではありません。
このように考えると、本件判決は、被告人のこのケースと同じような事実には援用できますが、利用方法が重要だとしていますので、最高裁が全てのマイニングが合法だと判断したと理解することには慎重であるべきだと思います。