少子高齢化、人口減少が本格化し、先の見えない不安感が漂うわが国日本。混沌とした時代を生きる指標はどこにあるのか。本企画では神田昌典氏を橋渡し役に、激動の時代をくぐり抜けてきた企業経営者たちの「知」を、次世代を担うビジネスパーソンに伝えていく。前回に引き続きクレディセゾンの林野宏氏を迎え、独自の発想を生むバックボーンとなった子ども時代の読書体験などについて語ってもらった。構成=本誌/吉田 浩 写真=森モーリー鷹博
スマホの普及と無限の可能性
神田 前回、クレジットカードはシステムのかたまりだという言葉がありました。今でいうフィンテックの走りともとらえられそうです。それを踏まえて、今これだけフィンテックが話題になっているホットな時代に、もしも林野社長が30代のバリバリの働き盛りだったらどんなことをされているでしょうか。
林野 おっしゃるとおり、フィンテックには無限の可能性があるでしょうね。例えばスマホは、東南アジアでものすごい勢いで普及が進んでいます。こうなると、これまでのように電話線を張る必要がない。さらに言うと銀行が要らない。スマホがあれば、そこでマイクロクレジットは成立します。実は、ベトナムやインドネシアでは、銀行口座を持っている層は人口の20%程度なんです。大多数の人は銀行口座を持っていないので、従来の考え方だとクレジットカードも持てませんが、スマホ1つで状況が一変します。今ベトナムでは、地元の銀行と一緒にHD SAISON Financeという会社を立ち上げて、オートバイや家電などをショッピングクレジットで販売しているんです。シンガポールではバーチャルプリカの会社に出資し、経営にも参画しています。
神田 ショッピングクレジットやバーチャルプリカというものは、クレジットカードの進化形になるのでしょうか。
林野 むしろ古い形なんです。ショッピングクレジットは日本では古くからあったやり方です。それを今、東南アジアに持ちこんでいる。東南アジアでは銀行への信頼感が思った以上に低いのです。口座にお金を置いておくことに抵抗感がある人が多い。ならば銀行引き落しを介さない方法が親しみやすく浸透するだろうと考えています。
神田 スマホという新しいものが普及する中で、あえて古いやり方を導入するわけですね。林野さんからは、今まさに働き盛りのようなエネルギーを感じます。
日本のノウハウと現地の慣習の融合
神田 東南アジアだけでなく、例えば、アフリカなどの市場に興味はないのでしょうか。
林野 当然、アフリカもあり得ます。確かに今は東南アジアに力を入れていますが、どこに力を入れるかはあまり意識していません。私は現地法人を作るにしても、株式の過半数を持つことは意識しません。従業員も経営もできるだけ現地の人に任せたい。ベトナムの会社は今、従業員が5千人以上ですが、日本から送りこんでいるのはたった3人です。日本のノウハウを現地に持ちこむことが目的だとも言えます。それができたら、3人の日本人も引き上げていい。
神田 東南アジアなどでは、日本企業が進出して苦戦しているという話をよく聞きます。
林野 恐らく、日本人が現地で一所懸命働いて、日本のやり方を押しつけるからではないでしょうか。グローバル化だと言っても、日本のやり方を押しつけていては何にもなりません。日本のノウハウは持ちこみますが、できるだけ現地のやり方、国状、ビジネスの慣習などを踏襲する必要があります。日本で培ったノウハウと現地のやり方が融合しなければなりません。
神田 それと同時に、よほどの信頼関係ができていないと難しいですよね。
林野 それは実績で示すしかありません。ベトナムで信頼関係ができているのも、うまくいっているからこそです。ベトナムでの成功が周辺国にも伝わることで、ほかの国でもやりやすくなるものと期待しています。
小学生のころから東証の銘柄を覚えていた
神田 現地の人に任せたり、ショピングクレジットを導入したりという発想の根本には、人を信用するという考え方が根本にあるように思えます。
林野 基本的に人は善人だと思っています。何かの事情で悪いことをしてしまうことはあるかもしれませんが、最初から悪人はいないと思っています。
神田 その考えの基礎になるような経験があるのでしょうか。
林野 小学生の頃から、いろんな人と触れ合ってきましたが、基本的に善人ばかりでしたね。例えば仕方なくカードの支払いを滞納してしまうこともあるでしょう。どんな人でも苦しいときがあって、好き好んで悪いことをするような人は少数派ではないでしょうか。
神田 きっと子どもの頃からの人との触れ合いや得られた知識が積みかさなってそういうお考えになっているのでしょうね。そこで今、人に薦めたい、あるいはお孫さんに薦めているような本はありますか。
林野 まずは世界文学全集のようなものですね。私の父親は非常に読書好きで、小さい頃から家にたくさんの本があったんです。たくさん読書をしましたが、ワクワクする本がたくさんありました。例えば『ファーブル昆虫記』。フンコロガシのエピソードがあるのですが、たかが虫のことでも、極めれば人類史に残るような業績になる。虫の生態にワクワクすると同時に、そのことに感銘を受けました。ほかにも『十五少年漂流記』『シートン動物記』『トムソーヤの冒険』なども印象深かった。
神田 そういった本は、お父さまの書庫にあったのですか。
林野 そういう本もありましたし、当時、地元の書店が月刊誌を届けてくれていて、シリーズものの本を一緒に届けてくれることもありました。読みたい本が手が届くところにあったという環境には感謝しています。
神田 林野社長は子どもの頃から東証の銘柄を覚えておられたという話があるのですが、本当でしょうか。
林野 家に四季報があって、読書感覚で目を通していたんです。大体の上場企業の社長の名前くらいは覚えていましたね。当時、カタカナ社名の電機系の会社が増えていて面白かったことを覚えています。野球選手の名前をほとんど覚えているという子どももいるのと同じようなものです。それがたまたま上場企業だっただけです。
夢中になれることを見付けさせるのが教育
神田 私は読書会を開催していて、いろんな経営者に聞いたお薦めの本を図書館に寄贈したいと考えています。そこで、林野社長のお薦め一冊を教えていただきたいと思うのですが。
林野 男の子なら『十五少年漂流記』、女の子なら『赤毛のアン』ですね。どちらもワクワクして読みました。中学生くらいにはコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』や『アルセーヌ・ルパン』といった推理小説にも夢中になりました。松本清張を片っ端から読んだりもしました。
神田 ビジネス書はあまり読まれないのですか。
林野 学生の頃ですから、あまりビジネス書は読みませんでした。中学生の頃は伝記ものも読みました。キュリー夫人だったり、エジソンだったり、モーツァルトだったり。そういった伝記ものを通して「天才はいない」と感じました。例えばモーツァルトだって、父親の友人にハイドンがいて、その影響を大きく受けている。ピカソだって、先人の影響を受けてそれを極めていってオリジナリティーが生まれている。初めから天賦の才でやった人はごく少数しかいないでしょう。環境や周囲の人の影響は大きい。そして努力が大事だと感じました。
神田 物事を見聞したときに、どこに着眼するかは大事ですよね。『ファーブル昆虫記』でもフンコロガシの面白さだけではなく、「それを極めればトップになれる」ということだったり、そうした視点が興味深いです。先ほどの海外事業展開の話にしても、国状を踏まえて、日本では古いものを持ちだしてくるのは、まさに着眼点だと思います。
林野 私は最新のフィンテックには詳しくないんです。そういうことは、若い人のほうがずっと詳しくて専門性が高い。新しいことをするには若い人のほうが向いています。だから私がやるなら、「古いことをアレンジする」というか、自分でできることでうまくいく方法を見付けだすことだと思います。一方で、これからの時代にフィンテックでビジネスを変えていく人を輩出していくのも私の仕事の一つです。
神田 次の世代を育てるために、特に林野社長が子どもを教育するなら、何をされますか。
林野 ひと言で言うと、「夢中になれることを見付けさせる」ですね。ほかの人と自分は何が違うのか、何が得意で、夢中になれるものは何か。それを見付けるのが小学校であり、磨いていくのが中学校です。野球のイチロー選手やサッカーの本田圭佑選手にしても、小学校の頃に「一流のプロ野球選手になる」「ワールドカップに出る」と作文に書いている。小学校で自分が夢中になれるものを見付けたらそれを書いておけば忘れないし、続けていける。そういうことをきちんと伝えていきたいですね。
(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。
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