経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「包装とは、『絆』そのものである」―大坪 清(レンゴー会長兼社長)

住友商事に入社当時、できたばかりの紙・パルプ部門への配属を自ら希望し、段ボールを中心とする包装資材の事業に長年にわたり取り組んできた大坪清氏。ともすれば軽く見られがちな「包装」の存在価値を大きく向上させた功労者である。創業者の時代からレンゴーに息づく哲学と大坪氏の信念に、神田昌典氏が迫る。 構成=吉田 浩 Photo=森モーリー鷹博

大坪 清・レンゴー会長兼社長氏プロフィール

大坪清

おおつぼ・きよし 1939年生まれ、大阪府出身。62年神戸大学卒業後、住友商事入社。紙パルプ部門を中心に歩み、99年欧州住友商事会長兼社長。2000年レンゴー社長に就任。14年会長兼社長就任。全国段ボール工業組合連合会理事長、関西生産性本部会長など、多くの役職を務める。

段ボールという名前を生み出したレンゴー

神田 レンゴーは段ボール、紙を中心とした包装資材では業界を代表する企業です。ただ、ある意味当たり前に存在するものでもあり、ビジネスとして意識したことがありませんでした。

大坪 そこが悩みの種の1つです。段ボールをはじめとする紙による包装は、物流、ひいては経済活動を支える大切な資材です。しかし、やはり包装する中身の商品の方に注目が集まり、包装材は副資材などと呼ばれてしまう。それではいけないと、長い時間をかけて取引先の皆様にもご理解いただけるように努力してきました。業界内部でも自虐的に考える向きが多いのですが、業界そのものの価値を高めなければいけないと考えています。

神田 大坪社長は、石器時代、土器の時代、青銅器、鉄器があって、今は「紙器」の時代だとおっしゃっていますね。

大坪 「木器」も間に入ります。特に包装では、木枠でのパッキングが中心だった時代がある。それが今は、紙で包装する時代となりました。段ボールのポイントは、軽くて丈夫というだけではなく、リサイクルが可能だということ。これはあまり知られていません。

神田 段ボールという名前も、レンゴーが生み出したものですよね。

大坪 創業者である井上貞治郎が名づけたものです。私が住友商事に入社したのが1962年で、井上が亡くなったのは63年。たった2回ですが、井上と会うことができました。

神田 大坪社長は大学を出て、まず住友商事に入社されているんですね。

大坪 当時の住友商事は、鉄鋼に強いと評判の商社でした。そこに入社してすぐに、「会社の中で一番弱い部門に配属してくれ」と言ったんです。それができたばかりの紙・パルプ部門でした。当時の上司たちには、「なんて生意気なヤツだ」と思ったと後で言われましたね。でも、できあがったところには既に実績を挙げている人もいるし、外部からの横槍も多そうだと感じたものですから。

レンゴー大坪社長がすすめる全経営者の必読書

神田 学生時代はバレーボールに夢中だったとか。

大坪 高校時代は大阪で弱小だった大手前高校バレーボール部を、3年で大阪2位まで強くしました。神戸大学進学後も、大学の4部リーグだったバレーボール部を、卒業時には1部に引き上げました。10分間の休憩時間でもボールを打っていましたし、それだけの努力をしましたね。

神田 後の仕事に通じるのかもしれませんが、その頃から努力で組織の力を向上させるということをされていたんですね。

大坪 努力すれば成果が出るということを体感していたんでしょうね。今では当たり前のフローターサーブ、つまりボールを回転させずに不規則に落ちるサーブですが、これを開発したのはわれわれだという自負があります。当時、サーブはファーストサーブは強く打つけれど、セカンドサーブはミスしないようにアンダーハンドで打っていた。それだと、やはり体格に恵まれたチームが圧倒的に有利になります。セカンドサーブでもミスが少なく、かつ攻撃的なサーブが必要でした。そこで編みだしたのが、フローターサーブでした。

神田 常識を変えていったということですね。

大坪 授業の合間のわずかな時間でも、バレーのことだけ考えていたからこそ、できたのだと思います。

神田 バレーのことしか考えていなかったという話ですが、大学時代にアダム・スミスの『国富論』を原書で読まれたと聞いています。

大坪 それはゼミの先生に読まされたんです。体育会の部活をする学生は、ゼミに入ってもなかなか勉強しない。そこで、教授が「これだけは読め」と原書で国富論を渡してきました。辞書を片手に読みすすめたのですが、読破するのに1年半かかりました。

神田 それでも読み切ったのですね。

大坪 国富論の原題は『An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations』、日本語に訳すと「諸国民の富の性質と原因の研究」といいます。タイトルの意味が分かると、「この本はどうやら国の富を作る性質と原因を調べてあるんだな」と理解できました。内容は、分業論なども含まれている。生産性を上げるためには、1人の人間でやるには限界がある。だから分業するんだと。さらに読み進めていくと「ナチュラルプライス」「マーケットプライス」なんていう言葉が出てくる。自然価格と市場価格ですね。さらに有名な「インビジブルハンド」、つまり神の見えざる手の話が出て来る。すごい本だなと圧倒されていくのです。

神田 それを、辞書片手に読み進めていったこともすごいと思います。

大坪 そこで、1700年代のあの時代に、アダム・スミスが国富論を書いた理由について考えました。当時は重商主義の時代で、世界中の農業国で生産が行われ、そこに軍事力を持った国が現れて、「取引」という名目で産物を根こそぎさらっていく。これを批判する本だったんだと分かってくるんですね。工夫して生み出された価値を力によって覆すべきではない、需要と供給の原則に従うべきだと。これが、さらにケインズの有効需要の法則につながり、後にフリードマンの自由主義が台頭しますが、現在はまたケインズに立ち帰っていると感じます。そのケインズの基本思想は、アダム・スミスです。これは経営者、ビジネスマンであれば必読の書だと思います。

神田 今、活躍するビジネスマンこそ、読むべき本かもしれませんね。

大坪 需要と供給の曲線が交わるところがマーケットプライス、ですが、これは「価格を決めるのは、需要=市場でもなく、供給=サプライヤーでもない。そのつながりだ」と言っています。インビジブルハンドとは、この需要と供給の関係を指すことが多いのですが、実は、このつながりのことだと思います。

包装とは繋ぐ、絆そのもの

神田昌典

神田 つながり、絆という言葉からは、御社の哲学である「きんとま」にも通じるものを感じますね。

大坪 「きんとま」とはgold and timing、つまりお金と金鉄の意志の「金」、真心の「真」と「間」の4つを握ったら死んでも離すなという商売の鉄則です。もっと簡単にいうとお金と間を大事にする考えです。特にこの「間」が大切で、「間」は上に時がつくと時間、空がつくと空間、人が付くと人間になります。当社の包装は商品と商品の間を埋めるものですし、運ぶ間の時間を埋めるものです。包装とは繋ぐ、絆そのものなんです。

神田 その包装の事業ですが、御社では今、6つのコア事業を展開していると聞いています。

大坪 製紙、段ボール、紙器、軟包装、重包装、海外の6つのコア事業を中心に展開しています。創業者である井上は段ボール一筋でしたが、段ボールによる包装は、一番外側の包装です。しかし、お客さまの多くはもっと多様な包装を求めています。ならば当社でできることは、どんどんやっていこうということです。

神田 マネジメントではどのような点を意識していますか。

大坪 一般的に、生産要素は土地と労働と資本ですが、これをいかに活用するかに尽きると思います。生産性の向上や効率の追求を目指す場合、資本の増強、労働力の増強、土地の拡大とやっていっても簡単には成功しません。すべての要素を複合的に変えていかないとうまくいかないのです。例えば、段ボールの生産で15%の廃棄があるとして、これを10%にできれば大きなインパクトがあります。しかし、実現するには、全要素生産性、トータルファクタープロダクティビティで考えていかないと実現できません。そうしていくと、生産性が上がる、ロスも減る、結果として労働時間も減っていくということが起きる。今話題の働き方改革も、全要素生産性で考えないとうまくいかないでしょうね。

神田 大坪社長は工場にもよく足を運ばれるそうですが、実際に工場ではどんなところに気を配っているのでしょうか。

大坪 実は工場の外を見ています。社長、会長が工場に来ると言えば、みんな工場内は奇麗にしますが、いくら工場内を奇麗にしても、外にある段ボールの断裁くずを処理する機械に不備があれば、工場は止まってしまいます。受電設備がちゃんと整備されていないと工場が動かなくなるし、排水だってきちんとしていないといけない。こういったところに工場の価値があります。

人と紙が密接に関わっている理由

神田昌典と大坪清

神田 私自身、何冊も本を出してきただけに、紙にはある種の思い入れがあります。なぜ、人間はこれほど紙と密接にかかわっていると思われますか。

大坪 紙の原材料は木です。その木は、光と水、二酸化炭素からエネルギーを生み出す光合成で育ちます。この地球上にある資源のなかで、光合成で産まれている資源は木材だけです。だから、木材から生まれる紙は、ある意味、地球上で最大の資源とも思っているんです。デジタル化が進んで紙が要らなくなると言う人もいますが、例えば、紙に字を書くということは1つの文化であって、簡単にはなくならないと思います。

神田 最後に、この対談でみなさんにお聞きしているのですが、子ども時代の自分に、あるいは今の子どもたちにプレゼントするなら、どんな本を選ばれますか?

大坪 内田百閒の『阿房列車』です。これは内田百閒が鉄道で旅行した際のエピソードを書き綴った紀行ですが、さまざまな示唆に富んでいます。

例えば、内田たちは3人で旅していて、ある旅館に泊まったとき、女中に宿の支払いを頼んだ。3人はそれぞれ、女中に1千円ずつ渡した。旅館が500円おまけしてくれたのですが、女中はそのうち200円を懐に入れて、内田たちに100円ずつお釣りを返しました。900円が3人分で2700円、そこに女中がごまかした200円を足しても2900円にしかならず、最初に女中に渡した3千円にならない。おかしいじゃないかという話がある。実は、これは経営と同じで、財務諸表と貸借対照表に関係してくる話なんですね。

神田 よく聞くパラドックスの問題ですが、財務諸表と貸借対照表の話に解釈できるのですね。

大坪 これを会計の話として語ると面白くもなんともないのですが、エピソードとして頭に入ると血が通った知恵になるということですね。

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